第228話 約束できずにマジブルー

 学園祭の練習を体育館で始めてから二週間が経過し、暦の上では霜月……朝霜の降り始める季節へと突入した。

 本番まで残り二日と迫り、俺たちは舞台稽古ぶたいげいこ(舞台上で、衣装・大道具・小道具・照明・効果などを公演と同じ状態にして行う稽古)を行っている。


 「レン! 剣戟けんげきに迫力がなさすぎる! 全力は無理だとしても剣同士が当たるのを避けてどうするんだ」


 「いや、椿はそう言うけど、これ割れちゃわないか? ガラスっぽいし」


 「打ち合うには問題ないと聞いたが……」


 レンの言葉に椿は小道具係の責任者に目線を向ける。

 そしてその小道具係のクラスメイトはそのまま俺をチラ見した。

 俺はその目線を受けて力強く頷く。


 「ある程度の強さまでなら問題ありません。キャスト出演者の全力は無理ですが、強度的に言えばレベル6の壁を超えて身体強化のスキルを取得する前……レベル5の全力での打ち合いでも耐えられる強度はあります」


 「だそうだ。じゃあもう一度、先ほどの場面から練習再開!」


 小道具係の返答を受けて、椿は戦闘シーンの練習を再開させる。

 本番直前でどうして九条君が剣での打ち合いに躊躇したのかと言えば、もちろんそれには理由があった。


 俺たちは最初、木刀で練習をしていたのだが、練習を始めて一週間が経った頃、小道具係がなんとセイバーサーベル型ペンライトを自作していたのだ。


 俺がたまたま練習の合間に教室1-5を訪れたところ、その剣型ペンライトができた瞬間に出くわし、赤色に光るサーベルを見せてもらった。

 そのライトサーベルは、それぞれの役者に合った色で光るようになっていて、かなり出来が良かった。

 通常の舞台では基本的に剣で打ち合うことはなく、凝った作りの武器は壊れてしまうため、打ち合うことはない。


 そのため、どうせなら俺たちを驚かせてやろうと、裏方のメンバー(大道具・小道具・衣装・音響など)が割り当てられている予算以外に自費でカンパし合って、このライトサーベルを作ったそうだ。


 椿が書いた台本でも当然、その辺りの明確な戦闘シーンの動作は書かれてはいない。

 明確な戦闘シーンの動作とは、例えば、


 レッド:八相はっそうの構えをとると迫りくる悪の構成員を袈裟斬けさぎりにした。


 くらいまでなら台本に書かれていても、

 

 レッドは八相の構えをとると、悪の構成員を袈裟斬りにした。

 そしてすぐに次の敵に対応するため一歩前に出ると、振り下ろした剣を脇に水平になるように戻す。

 レッドはそこから流れるように正眼の構えをとると、次に迫りくる敵に突きを放つ。


 というような、詳細な殺陣の動作までは書かれない。

 これはレッドの動作の例であるが、俺一人の動きだけでも文字にするとここまで多くなってしまう。

 その上、次々に襲い掛かる悪の構成員の動作まで書くとなると、それはもう台本ではなく小説だ。


 出演メンバー以外にも、台本は小道具係に1つ、大道具係に1つというように配られている。

 そのため、裏方の人たちも台本に目を通してはいるのだが、実際の戦闘シーンではその場面場面で戦闘をしている俺たちが殺陣を考えていた。


 そして俺たちはというと、これまでに演劇の経験がなく、見たことがあるのは時代劇や映画の殺陣シーンだけであったので、当然のように戦闘シーンでは木刀を打ち合っていた。

 なんなら小道具でライトサーベルが作られるなんて知らなかったので、木刀のままか実際にダンジョンで使っている剣で本番は戦闘をするとさえ思っていた。


 だから、小道具係が作ったライトサーベルを使う場合は、これまで考えていた俺たちの殺陣シーンを変更する必要があったし、逆に使用をしない場合には、せっかく俺たちを驚かせようとカンパで作ったライトサーベルが無意味になってしまうことになる。


 俺はすぐにその事実に気が付き、考えた末に自費でそのライトサーベルを強化することに決めた。

 初期攻略道のメンバーである水戸君たちなら、ダンジョンで稼げているので、俺だけがお金を出さなくてもライトサーベルの強化費用を割り勘してくれることは間違いない。

 ないのだが……、貧乏だった俺も、空間魔法を覚えてからは小金持ちになってしまっている。


 だから、デートで食事が終わりかけた頃合いに、「お手洗いに行ってきますね」と席を立ち食事代を支払い、退店の際に女性から支払うと言われても、「また今度お茶でも奢って下さい」と言って、次のデートに繋げるスマート男子のように自費でライトサーベルの強化をすることに決めたのだ。

 まあ、一番の問題はそんな相手が俺にはいないことだけどね!


 ライトサーベルは、防弾材にも使用される高い透明性と耐衝撃性を持つ樹脂であるポリカーボネートで補強したのだが、その加工に時間がかかり手元に届いたのが昨日の夕方だった。

 俺は今日の朝にコッソリと小道具係の人たちにライトサーベルを渡し、その時に強度の説明もしている。


 そして、小道具係から俺たち出演者にこのライトサーベルが渡された際には、「多少の打ち合いなら問題ない」という感じで彼らは渡していた。

 しかし、九条君はその「多少」が具体的にどの程度かわからず、及び腰でライトサーベルを振ることに繋がってしまっていたのだ。




 「よし、ミスもなかったし今日はここまでにしようか」


 何度目かの通し稽古の後で、椿の声が響き渡る。


 「お疲れ。台本だけでなく、監督やナレーションまで担当してるから大変だね。通し稽古も上手くいったと思うし、椿はやることも多いけど無理しすぎないように」


 「心配してくれてありがとう。そうだな、今日は帰ったらゆっくりすることにするよ。そ、それで矜一、学園祭のことなんだが……い、一緒に回らないか?」


 「もちろん! 俺たちも椿たちと今回の練習で今まで以上に仲良くなれているし、みんなも嬉しがると思う」


 「あ、いや、そうじゃなくてだな……。私とふ、ふた――」


 「なぁ椿! ここでワイがられる場面なんやけど、吹き飛ばされる時に後方二回宙返りしてさらに捻りを加えるのはどうやろか!」


 「後方二回宙返りに捻りを加える!? いや、それより榎本、その話は……あとで良いか? 私はいま矜一と話している所で――」


 「遊びの話なんかあとにしいや。それよりも本番まであと二日やで」


 「あ、ああ。それはそうなんだが……」


 「ちょっと榎本君、いま椿に話しかけたのわざとでしょ」


 「ちゃうて。ワイは真剣に――」


 俺と椿が会話をしていると、榎本君が戦闘シーンの演技で気になる所があるらしく椿に話しかけた。

 そしてそこに一ノ瀬さんも加わる。

 しかし、悪の構成員の下っ端が、やられるときに後方二回宙返りなんてしていたら、戦闘をしているヒーローより目立ってしまうのではないだろうか?

 俺は監督も大変だなと思いながら、椿に一言かけると着替えるために移動する。

 学園祭を回る予定を立てるのは当日でもできるしね。


 「あ、蒼月君。私の衣装はどうかなー?」


 「私も! おかしくないかな!?」


 衣装は少し前には出来上がっていたのだが、それぞれで確認をしていただけで、実際に揃って衣装合わせをするのは今日が初めてだった。

 そのため、自分たちがどう見えるか気になるようで、七海さんと葉月さんが俺に意見を求めてきたようだ。

 というか、この場合には似合っているかどうかの選択肢は一つだけだと思う。

 まあ、二人は本当に似合っているから、誤魔化す必要もなくてありがたいけど。


 「二人とも似合ってる……っていうか、さまになってるよ。七海さんは戦隊シリーズの敵女幹部にしか見えないし、葉月さんは本気マジブルーって感じ」


 「あはは、なにそれー」


 七海さんの衣装は実際には黒を基調として、お色気を演出しながら、魅惑的で一目見ただけでモブキャラではない存在感を放っている。

 葉月さんは、グローブやブーツもしっかりとしていて、まさに戦隊ヒーローのブルーそのものに見えた。


 「街中でセリフを言っていたら、撮影してると勘違いされそうな感じ?」


 「おー! それは最高の誉め言葉だね!」


 「選択肢はただひとつ、私の前にひれ伏すか、滅びるか。さぁ、あなたはどちらを選ぶのかしら?」


 葉月さんが俺の言葉に最高の誉め言葉だと返し、七海さんは悪の女幹部らしいセリフを口にしてポーズをとった。


 そんな俺たちの所に、堂島君と打ち合わせをしていた水戸君が合流する。

 俺たちはそれぞれの登場シーンのセリフとその場面のポーズをとりながら笑い合うのだった。

 

 


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