第224話 萌え萌えキュン

  二年のランカー二人と対戦をした翌日の下校前のホームルーム。

 クラスの学園祭での出し物の候補の中からやりたい人が多かった二候補でどちらにするかの話し合いが行われていた。

 

 その二つのうちの片方は、俺たちが前日に話し合っていた『メイド執事あべこべコスプレ喫茶』で、もう片方は九条君たち……と言うか、椿と一ノ瀬さんが推している『ヒーローショー』だ。


 「よし、じゃあ折角だからクラスでする上でどういう所が魅力的なことなのか教えてもらおうか。まずはそうだな、少しだが投票の一番多かった七海と葉月が推している『メイド執事あべこべ喫茶』のプレゼンテーションをしてもらう。七海と葉月は前へ!」


 「はーい(はい!)」


 冴木先生は七海さんと葉月さんの二人の名前を呼ぶと前でプレゼンをするように指示を出す。

 どうやら残った二つの候補それぞれの意見を戦わせて最終的にクラスの出し物を決めるようだ。

 ていうか、冴木先生がムチャクチャ先生っぽいことをしていることに驚く。

 一応、国立高校だから臨時とは言え教員免許を持っていたのかな?

 それに……七海さんも葉月さんも急に先生に話をふられたのに堂々とみんなの前に出て教壇に立つようだ。


 凄くね? 俺がもしそんなことをやれといきなり言われたら緊張してどもっちゃいそう。

 ダースベイタ―卿のマスクさえあれば余裕なんだけどね。

 俺はそんなことを考えながら二人に応援を送る。


 「七海さん、葉月さん頑張って!」


 「任せてー(任せて!)」


 俺の声に二人は反応するとこちらを見て手を挙げて答えてくれた。

 正直、男はメイドの恰好をして接客をすることになるので、メイド執事あべこべ喫茶自体はしたい訳ではない。

 でも俺自身に何かクラスの出し物の考えがあった訳でもなく、コスプレは別として攻略道のみんなと何かを一緒にすることは絶対に楽しいので5クラス攻略道の総意としてメイド執事あべこべ喫茶は議題に挙げられている。

 女装は嫌だけど!

 水戸君も俺と同じく女装に反対していたが、猪瀬さんに押し切られていた。


 「それでは、私たちがどうしてクラスの出し物でメイド執事あべこべ喫茶を推すのかその理由をプレゼンしたいと思いますー」


 七海さんはそう言って隣をチラリと見ると、今度は葉月さんが話し始める。

 

 「みんなは蒼月君のメイド姿を見たくない? 私は見たいからメイド執事あべこべ喫茶をしたいと思っています!」


 えぇ……。

 それプレゼンか?

 しかも葉月さんは言い切ってやったぜ! みたいなスッキリとした顔をした後で、クラスのみんなの反応がほとんどなくて戸惑っている。

 これ、俺がくっそ恥ずかしいやつ!


 全く反応がないと言う訳ではなくて殆どないと言ったのは、少し後ろで椿が「きょ、矜一のメイド姿!? み、見てみたいかも」と呟いて、それを一ノ瀬さんに「ちょっと椿、私たちはヒーローショーでしょ。こういう小さなことで内心点が上がって二年で上のクラスに行けるかもしれないし、だいたいヒーローショーでヒーローしてもらえばいいじゃない」と言う声が聞こえたからだ。

 

 椿は最近なぜか俺に優しくなったが、これアレだろ? 

 幼馴染のコスプレを見たいよねと紹介されたのに、クラスの反応が微妙で援護してあげないと! みたいなお姉さんかぜをふかせたやつ。

 小6で俺がステータスを得る前までは何かと俺を構ってくれていたし、最近はあの頃の雰囲気を椿から感じることもある。

 でもさ、もう小学生の子供じゃなくて高校生なんだよ。

 俺は恥ずかしくいたたまれなくなって、席が一番前でクラスメイトに顔を見られることもないのに両手で顔を隠した。


 「陽菜、蒼月君の良さは顔よりも性格だからー……(小声」


 「お、おかしいな。一発でみんなが同意して勝ち確だと思ってたのに(小声」


 と言う声も前から聞こえて俺はさらにうな垂れた。


 「く、九条君や水戸君の女装姿も見られるよ!」


 「「ぼ、僕!?」」


 九条君と水戸君が声を一致させて驚いてる。

 そう言えば二人は自分のことを僕呼びだった。

 俺ではダメだと悟った葉月さんが、九条君と水戸君の二人のメイド姿が見られるという声を上げた。

 今度は俺の時とは違って、クラスの女子から見たいという声が結構あがっているようだ。

 イケメン税の導入はまだかな?


 「それにー、喫茶店をすることは接客で言葉遣いやクラスのチームワーク、臨機応変な対応力と言った東校の生徒として恥じないスキルを学ぶことができると思います」


 葉月さんの意見だけでは押しが弱いと感じたのか、七海さんが攻略道の部長らしく凄くまともな意見を言っていた。

 しかも今、気が付いたけど言葉遣いが学べるって、それってメイド喫茶や執事喫茶で当てはめると、「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」とか「おいしくな~れ♪」とか「萌え萌えキュン」だよね!?

 え、待って。俺が両手でハートマークを作りながら、萌え萌えキュンとか言わないといけないってこと!?

 言葉遣い学べてないじゃん!


 「ふむ。男のメイド姿が見たいよねと言いだした時は俺も困惑したが、接客が学べるというのは先生の立場からすると悪くないな。では、次は十六夜と一ノ瀬の『ヒーローショー』のプレゼンテーションを頼む」


 「「はい!!」」


 先生違うんですよ、接客業が学べるって言うか萌え萌えキュンなんですよと俺は声を大にして言いたいが、椿と一ノ瀬さんが呼ばれて返事をしたことで言えずに終わった。

 いやでもどの道、俺が支持しないといけないのはコスプレ喫茶なのだから、不利になることは言ってはいけないのか!?


 「私たちがなぜ『ヒーローショー』をこの東校の学園祭でクラスの出し物として推薦したいかと言うと、それは私たちは一般の高校生ではなくダンジョンの事を学ぶ国立の高校生だからです。スキルや魔法を使える生徒も多く、身体機能的にもアクロバティックな動きが可能です。これらの力は世間では暴力装置として見られてしまうことも多々あって拒否感を示している方もまだまだいるのが現状です。ですから、この学校の特色を活かしながら、ヒーロ―ショーをすることで近隣の皆さまに見ていただいて、正しい力の使い方……魔物や悪党から守る力……を学んでいるんだ、正義の力なんだということを知ってもらう良い機会だと思い『ヒーローショー』をクラスの出し物として私たちは推薦したいと思います」


 椿は、自分たちがなぜヒーローショーをクラスの出し物でやりたいのかと言うことを教壇で話す。

 たしかに戦闘に慣れている俺たちなら、日曜朝の特撮のような動きができるので盛り上がるだろう。

 しかも接客が学べると言いながら、こちらが「美味しくなーれ♪」であるのに対して、椿は近隣のこの学校に対するイメージさえ緩和できるのではないかと言う提案をしている。


 「あ、後は九条君や水戸君……それと蒼月君がヒーローとして戦う所が見られるよ!」


 俺が椿のプレゼンに関心をしていると、一ノ瀬さんがクラスのみんなへ言葉を付け足した。

 いや、それとって申し訳程度にわざわざ俺の名前を出す必要あった!?



 「こっちも探索者という職業やこの高校に対する偏見の目まで考えた良いプレゼンテーションだったな。では決をとるからお前らは机に顔を伏せろー。まずは『メイド執事あべこべ喫茶』が良いと思う者は手を挙げろ。――よし、次は『ヒーローショー』が良いと思う者は手を挙げろー」


 俺たちは机に顔を伏せてどちらかしたい方の催し物に手を挙げることになった。

 冴木先生はそれぞれの出し物の決をとり、その後で黒板に手を挙げた人数を書き込んでいるのかカリカリという音が聞こえる。


 「よーし顔を上げろー。見ての通り『メイド執事あべこべ喫茶』が12票、『ヒーローショー』が18票で1-5クラスの学園祭での出し物は『ヒーローショー』とする。

残り期間が短いが……十六夜と一ノ瀬は中心となってショーのシナリオや教室ではなく闘技場か体育館を使う場合はその使用許可も得ておくように。まあ、生徒だけでは難しいことがあれば早めに俺に相談しろー」


 「「わかりました」」


 冴木先生が話している途中で、七海さんの「負けちゃったかー」とか一ノ瀬さんの「やったっ!」と言う声などで教室はザワザワとしていたが、学園祭までの期間が短いぞ、協力しろと言われてみんな真剣な表情になっている。

 催し物の候補が多かった時には、わずかながら『メイド執事あべこべ喫茶』が1位だったのだが、どうやら最終投票に残れなかった3位以下の票が『ヒーローショー』に流れたようだ。


 「シナリオはクラス1位の蒼月に任せればよいと思いまーす」


 みんなで協力しようという雰囲気の中、青木の声が響く。

 ダンジョンの6階層で魔物にやられかけて、俺たちが助けに入った後から静かにしていたはずなのに……。

 青木は自分が提案した『ダンジョンの魔物の素材展示』という意見が通らなくて気が立っているのかもしれない。

 

 「青木、うるさいぞ! たしかにシナリオは大勢で考えても収拾がつかなくなるかもしれないが、それも十六夜や一ノ瀬と話し合って決めることだ。誰かに押し付けようとするのではなく話し合った結果で決めろ! では、ホームルームはここまでとする。解散!」


 冴木先生の言葉でクラスはまたザワつきを取り戻す。

 椿は一度こちらを見たが、九条君たちがシナリオや配役、場所はどうする? と言う感じで椿の元へとやってきたので彼らと話し始めた。

 俺は隣の七海さんが落ち込んでいないかと確認しようとしてチラリと見ると目が合った。


 「蒼月君のメイド姿を見たかったのになー」


 「俺は七海さんの執事姿を見たかったよ」


 俺たちはそう言って笑い合うのだった。


 

 

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