第223話 針治療(鍼灸)


 「これより潮田武志しおだたけし西町博之にしまちひろゆき VS 蒼月矜一の総合ランク戦を始める! 勝負……はじめ!」


 冴木先生のあげていた腕が下がるのと同時に発せられた はじめ! の掛け声を皮切りに対戦が始まる。

 彼らはすぐに俺に飛び掛かるようなこともなく、両手にダガーを構えた一人(名前を呼ばれた時に反応をしていたので恐らく西町)が俺の背後に回ろうとじわじわと時計回りにこちらを見ながら移動する。

 もう片方潮田は剣にスモールシールドとでも言うのだろうか? 左腕に付けられる少し小さな盾を装備したオーソドックスなスタイルでその場から動かずこちらを注視していた。


 恐らく俺が二人同時に視認できなくなる位置に移動すると、タイミングを合わせてかかってくるつもりなのだろう。

 まあ、俺は気配察知も魔力感知も持っているので……あまり意味はないが、こちらの対応のしにくさを考えればやはりセオリーと言える攻撃方法だと思う。


 俺は二人の行動を確認しながら、自分の持っている剣を会場の地面に突き刺した。

 実際は地面と言っても土ではなく闘技場の床は、体重をかけても沈むことはないが、固いマットのような少しだけ弾力のある物質で出来ていて、多少の傷であれば時間がたつと修復する優れものだ。


 武器を手放した俺は、右手の手のひらを上に向けて床と平行に伸ばすと手をクイクイッと動かす。


 「二人相手に剣は必要がなかった。来いよ」


 俺はいつもなら言わないような言葉で相手の感情を刺激する。

 本当は対戦前に素手で戦うという挑発をするつもりだったのだが、猪瀬さんと東三条さんの声でやる機会を失ってしまっていたのだ。


 「ふざ……けるな!」


 その俺の挑発行為に煽られて、正面の潮田が俺へと突っ込んでくる。

 ……これは!?

 俺はその一瞬に、潮田が西町に視線を向けたことを見逃さない。

 潮田は挑発に乗ったと見せかけて、西町と協力して動いている。

 現に西町は俺の挑発を受けても変わらず、潮田の動きを見た後で俺の後方へと周り潮田と同時に攻撃をしてくるつもりでタイミングを計っている。


 「ランカーって言うだけのことはあるのか」


 俺は潮田が振った剣を躱す。

 それと同時に、俺が攻撃を躱し俺の位置が変わっているのにもかかわらず、西町はこちらの背後をとって攻撃を仕掛けてきた。

 両手にダガーと言うことはシーフ系か? しかも思っていた以上にスピードが速い。

 俺は後ろに振り向いたと同時に、西町の手首を掴むと引き寄せて連続で攻撃を仕掛けてこようとする潮田に向かって投げつけた。

 潮田はそれに対応するため、攻撃の動作をやめて西町を受け止める。


 それによって俺たちの行動が止まり……闘技場が一瞬の攻防を目にして『うおー!』とか『おもしれー!』と言った歓声で包まれた。


 「まさか二人同時攻撃に対応してくるとは」


 「センパイ、怖気づいたのなら降参してもいいですよ」


 「ぬかせ! お前の挑発にはもうのらん!」


 俺と会話をしているのは潮田で、西町は俺たちが会話をしている間に移動している。

 西町は俺の視界から外れるか外れないかというところで、急に気配があやふやとなった。

 これはスキルか!?

 気配が消えたわけではない。

 いや、もしかしたら俺の気配察知の方がレベルが高いために、あやふやになった程度で抑えられているだけで、気配察知を持っていないかレベルが低いと気配がわからなくなっている可能性もあるのかもしれない。

 俺が思考を巡らせていると、そこを狙って潮田が攻撃を仕掛けてくる。


 俺はそれを何度も躱しながら、その合間を狙って背後から攻撃をしてきた西町の対応を――


 「……ッ」


 少しではあるが、俺の思っていたダガーの位置と違っていたことで、俺の制服にダガーが当たり切り裂かれた。

 まさに紙一重。これが対人戦か!

 多少気配があやふやになったとしてもダンジョン12階層のガラドク蛇と大差がない程度だと思っていた。

 俺は俺の気配察知が上回っているから、気配がわからなくならずにあやふやになったと判断をした。

 だけど、もしかするとこのあやふやになることこそが、このスキルの神髄なのかもしれない。


 俺は母さんの弁当を馬鹿にされたことを許したわけではないが、どうやって報復してやろうかと言うことに意識が行き過ぎていたことを反省する。

 舐めているように見えても、要所要所ではしっかり対応しているつもりだったのだ。

 具体的に言えば、二人相手に同時攻撃をされているようで、実は同時に攻撃されるのを避けていて一人目を対応してほぼ変わらない時間ではあるのだが、二人目を対処できるようにしていた。


 これは箱庭での訓練で矜侍さんに多数を相手にする場合の鉄則として、できるだけ一対一もしくは少ない人数との連戦をする形で多数を相手にしろと訓練中に何度も言われていたためだ。

 だからそれ自体は出来ていた。

 だけどスキルに対する効果の思い込みによって俺は失敗しかけてしまった。

 もし、皮一枚でも切り裂かれていてそれに毒がぬってあればどうだっただろう?

 たしかに、今回の対戦であれば対戦相手の実力や闘技場の特性で問題はないだろう。

 でもダンジョン内であれば一つの失敗が死に直結してしまう。


 「ありがとう。勉強になったよ」


 俺は二人のどちらにいうでもなくそう呟き、俺から距離をとろうとしていた西町に一気につめ寄り蹴りを入れると西町はそのダメージでふらつく。

 そこへ俺は追撃で顔面にパンチを放った。

 一気に畳みかけようとしたところで、潮田が西町の助けに入る。

 俺は潮田の剣を躱すと、西町を殴る。

 西町はもうそこから動ける状態ではないので、潮田の剣を躱すと西町を殴るという動作を俺は何度も繰り返した。

 西町の顔は腫れあがり、見るも無残な状態になっている。


 何発か殴った時に、既に西町の戦意は失われていたのだが、全力で殴り退場させようとした瞬間に西町の戦意が一瞬戻り、懐から何かを取り出すと俺に投げつけてきた。

 殴る態勢になっていたのでその行動をキャンセルしてそれを躱す。

 針……暗器か!?

 

 「クソっ……、東三条戦への奥の手だったのに……」


 西町はそう言いながら崩れ落ちる。

 西町の意識はすでにないようだが、まさか暗器まで用意しているとは思っていなかったので、回復されては困ると俺は斬りかかってくる潮田の剣を躱すと同時に打撃を加えて軌道をずらした。

 軌道をずらされ態勢も崩れてしまった潮田はそのまま俺の狙い通りに西町を切りつけ、西町は死亡したのか消えていった。


 「西町!」


 味方を切りつけて動揺を隠せない潮田に対して俺は容赦なく攻撃する。

 俺に殴られ蹴られて、戦意を喪失しはじめたことを確認すると、俺は潮田を腰車で投げ飛ばした。

 そしてそのまま腕をとり右手で潮田の首を抱えると、袈裟固の連携技へと移行する。


 「あ、アレですわ! 私様も、ああやって強く抱きしめられましたの!」


 ゴキリッ


 俺は観客席の声でビクリとしてしまい、必要以上に力を入れて潮田の首を絞めて首の骨を折ってしまった。

 いや、こんな風に首の骨が折れてしまうくらいの威力なんだから、あの時は抱きしめられたって表現はおかしいだろ……。


 「勝者、蒼月!」


 俺が袈裟固めの威力あるよね? と考えていると、冴木先生は決着がついたと見たのか俺の名乗りをあげた。

 俺が立ち上がると、潮田が消えていく。

 首の骨を折っちゃったしそりゃ死んじゃうよね。


 しかし今回の対戦は勉強になったと思う。

 暗器にしても奥の手として最後の最後まで取っておいたせいで、相手がボロボロの状態で使ってきたから何とかなったが、もし気配があいまいになって最初の攻撃の時に使われていたらどうなっていたかわからない。

 七海さんと葉月さんが対人戦で苦労したようにこういう経験は大切かもしれない。

 俺はそう思いながらも闘技場の大歓声へ手を挙げて答えるのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ○○「なあ今宵、もし母さんの弁当を馬鹿にされたらお前ならどうする? やっぱり四肢切断の上に首チョンパか?」

 ○○「そんな頭がおかしいことするわけないでしょ、お兄ちゃん!」

 

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