第222話 総回診
結局、『お前から対戦を申し込んで来たんだから逃げるなよ!』と言う捨て台詞を残して二年の二人は立ち去った。
俺が上級生の二人と揉めたせいで、楽しく学園祭の話をしていた雰囲気は一気に崩れてしまった。
特に、茅野さんと松戸さんは、メイド執事喫茶(男装&女装)の所で自分たちが興奮して声を上げたせいでこんな事になってしまったと今にも泣きそうな声でごめんねと何度も俺に謝って来ていた。
猪瀬さんが、『声を上げたのは女子全員だから気にするなし。それより、あおっちがどうやって倒すのか楽しみ~』とか言って、ワクワクした声色で話した言葉は見事にスルーされて『私たちがもう一度謝れば許してくれるかな』なんて言っている。
それだと俺が困るんだよなぁ。許してないし。
てか猪瀬さんがスルーされているのを見ると親近感がわいてくる。
茅野さんと松戸さんとは逆に、水戸君は俺のどうしてやろうかと言う黒い笑みをみて顔が引きつり、小声で『怒りに任せてドン引きするスプラッターはしない方が良いと思う』と俺を宥め、七海さんと葉月さんもやり過ぎないでねと俺を心配そうに見つめていた。
俺は報復の仕方がイマイチ思いつかなかったので、もし今宵が同じ事を言われたらどうやって倒すだろう? と想像してみる。
その瞬間、俺の脳裏には対戦開始の合図とともに、四肢を切断し首を落としている今宵のイメージが浮かんだ。
そんなことを教室に戻って考えていると、水戸君と七海さん、葉月さんが温厚な蒼月(君)がこんなに怒るなんてとやたら構ってくるので参ってしまう。
「四肢切断の後に首チョンパは止めておくか……」
水戸君のスプラッターはしない方が良いという言葉を思い出して、授業中についボソリと俺は呟く。
俺はしまった! と周りを確認すると、隣の七海さんが口をあんぐりと開けてこちらを見ていた。
俺はアハハと誤魔化し七海さん以外にも意識を向けるが、どうやら他の人には聞こえていなかったようでセーフ! と安堵した。
昼食後の4限目の授業を丸々使ってどうするかを考えた俺は、自分では完璧だと思えることを思いついたので、10分休憩の間に二年の二人に端末で対戦を申し込んだ。
そしてその了承は驚くほどの早さで罵倒の文面と共に俺に届く。
通常であれば闘技場の予約や審判の予定もあるので、対戦は一週間~二週間後と相場が決まっているようなのだが、俺が出来るだけ早く対戦したいと書いていたお陰で今日の放課後に決まった。
どうやら総合ランカーは優先的に場所の使用ができるらしく、俺を含めて三人分ということですぐに実現した形だ。
ちなみに対戦の申し込みをする時に、彼ら二人の名前を知らないままだったことを思いだして、俺の席周りの攻略道の皆に聞いてみたのだが、誰も彼らの名前を知らなかった。
鏡君なら知ってるだろうと思ったが、今度はあの二人を鏡君は見ていない。
だから顔を見ればわかるとしても、俺から見て特に特徴もなかったのでどう説明をするかと悩んでいると、茅野さんと松戸さんが俺のことを心配して俺の席までやってきた。
そこであの二人の名前を知っている? と聞いた所、ランカーだから知っていると言うことで事なきを得たのだ。
と言うか、1-5の攻略道の七人中五人が知らないって有名じゃなくない!?
むしろ今なら東三条さんのアナウンス効果で俺の方が知られているんじゃなかろうか。
放課後になり、俺は闘技場へと向かう。
応援をするために攻略道だけでなく、九条君や椿、他のクラスのみんなも移動しているのだが、俺が対戦をする本人なので誰も俺より先に進もうとしない。
水戸君は俺と並んで話しながら行ってくれると思っていたのに、猪瀬さんに捕まって俺の横ではなく後ろで猪瀬さんと話しながらやって来ていた。
途中で東三条さん、鏡君、小烏丸さんと合流するも、三人は食堂での出来事の詳細を聞くために俺の後ろの皆の所へと向かった。
さらに闘技場が近づくと、食堂の隣の大机にいた二年の恐らく5クラスの人たちが頑張ってくれ! と声をかけてくれて俺たちの後ろへ並ぶ。
俺を先頭にぞろぞろと大人数を引き連れて歩いていると、闘技場に入る直前で冴木先生と出くわした。
最初は桃井先生に審判を頼んでいたのだが、俺の部活の顧問だということで対戦相手の二人からクレームが入った。
それならそちらで決めて良いと言ったのだが、教員や生徒会、風紀委員の予定を取り付けることが出来ず、結局は桃井先生と俺の願いを聞いて冴木先生がしてくれることになったのだ。
「蒼月……、お前それ、医療ドラマの財前教授の総回診です! の真似でもしてるのか?」
ってか、何度もリメイクされたドラマの大名行列に例えられた!?
「まあそれはいい。しかしお前が原因じゃないとはわかってはいても、こうも何度もトラブルを持ち込まれるとな。お前は知らないかもしれないが、教員に残業手当は出ない――いや、その話もしなくて良いか。トラブルが起きること自体は学校側の問題だしそれは俺たちのせいでもあるからな」
冴木先生は俺に愚痴をぶつけるとさっさと闘技場の中へと入って行く。
俺はまだ17時になっていないので、所定労働時間内では? と思ったが口答えをしても何も良いことはないだろう。
てかトラブルを持ち込まれた側もそれを裁定する側から見ると、トラブルを持ち込んで来たことに変わりはないので、喧嘩両成敗みたいになることも多く理不尽だよね。
まあ、冴木先生の立場に立てば、わからなくもないような気がしないでもないし、俺のせいではないと言ってくれているのだが、つい愚痴を言ってしまったという所だろうか。
ただし、学校という狭い社会の中では被害者に犯罪行為を行い自殺に追い込んだとしても、イジメと言う言葉で濁しながら『加害者にも未来があるんだ!』なんて言う教員すらいるこの世の中だ。
たしかに加害者にも未来があるだろう。
でも、死んでしまった被害者の未来は永遠に失われている。
イジメというあいまいな言葉はなくすか、イジメ罪という法律が必要ではないのだろうか?
トラブルが面倒ごとだと思うなら、そのトラブルが起きないように未然に対処すべきだし、それでも起こってしまったらしっかりと対処することこそがその後の面倒ごとを無くすはずだ。
そう言った面から見れば、冴木先生はしっかりと問題はどちらが起こしたかと言う判断ができていて、今日のように手を貸してくれている時点で信頼できるのかもしれない。
と考えたところで、『一番初めに審判をする予定だったのは私でしょぉ? 私も
昨日の精神的な疲れが抜けていないせいかな?
俺はこんな事では対戦に支障をきたすかもしれないと両頬を叩いて闘技場内へと入る。
後ろから、私たちは観客席で応援するからね! という皆の声を聞いて、俺は振り向かずに手を挙げて答えるのだった。
試合会場に入ると、既に二年生の二人も来ていたようだ。
俺も授業が終わって早めに移動をしたのだが、俺の煽りが効いて一刻も早く対戦がしたくて移動してきているなら面白い。
「蒼月ィ! テメー、俺たち二人を同時に相手にするだと!? 煽るための行為だろうが、そこまで舐めた態度をとったんだ。覚悟しておけよ!」
「ハハッ、お前もまさか俺たちがその申し出を受けるとは思わなかっただろう? だが、申し込んだのはお前だ! 遠慮なく二対一でやらせてもらう! 後悔をしながら死んでいけ!」
闘技場全体に響く大声で対戦相手の二人が俺に向かって叫ぶ。
そう、俺の完璧な作戦とは、二人同時に対戦を申し込むことで二人がかりでも俺は負けないという煽りと同時に、対戦の時間すら短縮できるというものだった。
その日に対戦できるのが一人で、もう一人は一週間後とか提案される可能性もあったしね。
まあ、この言い方だと連戦でも舐めやがって! と受けてくれそうではあるけど、その場合は闘技場の予約の方がどうなってたかわからないし。
「えぇ!? 激ヤバッ。遠慮なくやらせてもらうって言っているけど、年上のランカーが
「り、里香さん、蒼月君の方が強いのですから、煽られたふりをして二人がかりで対戦をするということは何も恥じるようなことではありませんわ! プライドを捨てたというより、弱者が頑張って蒼月君の申し出だから受けてやったと言うことで、プライドまでも守っているおつもりのはず。私様は弱いなりに策を
おかしいな? 猪瀬さんは食堂の時から俺の気持ちを考えて、あえてあの二人を煽っている節があったし、観客席から聞こえる言葉もその一環だと思う。
でも、東三条さんのはどうだろう? 俺からすると、とんでもなく煽ってる気がするけど、もしかして本気で感銘を受けている!?
俺は猪瀬さんと東三条さんの声を聞いてプルプルと震える二人を見ながら、東三条さんは本気で言っているのか煽っているのかがわからなくて困惑する。
「……な、舐めやがって!」
「こいつを倒したら、東三条! 次はお前だ!」
「よーし試合を始めるぞー。こういう対戦の仕方はイレギュラーでどうなるかと思ったが、どうやら場も温まったようだな。お前ら中央で相対して距離をとれ」
怒りに打ち震える二人を傍目に俺や観客席を確認して、冴木先生が試合を始めるぞと俺たちに声を掛ける。
俺たちはその声を聞いて言われたとおりに相対した。
冴木先生がそれを見てすっと上に腕をあげると、ざわついていた会場は静かになった。
「これより
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