第213話 パンにあう飲み物

 鏡君たちがダンジョン攻略道に入ってから十日。

 1-5クラスの二人は初めから問題はないと思っていたが、プライドの高い鏡君と小烏丸さんも何か問題を起こすこともなく、攻略道のメンバーと仲良くなっていた。


 桃井先生曰く、「鼻っ柱を折られて丸くなったのよぉ」と言って自分の手柄だと主張をしていたが、それなら対戦をしていなくとも、ダンジョン攻略で七海さんたちの強さはわかるので、どの道認められていたんじゃないだろうか?

 

 というか、鏡君と小烏丸さんは問題を起こすどころか、その行動力を発揮して、対戦のことや第一東校の謎ルール(食堂で上位クラスが座る位置だとか、廊下で出会うと下位クラスが避けるといった)まで、トラブルが起きないように茅野さんと松戸さんに自分たちの持つ知識をあますところなく教えてくれているようだった。


 ちなみに、食堂の話や廊下の話を東三条さんに聞いた所、食堂は使わないし廊下はいつも自分が歩くときには空いているから避けたことがないらしく、俺たち初期メンバーは何一つ謎ルールについて知識を得ることができなかった。

 鏡君はアニキ、アニキと五月蠅いから、茅野さんと松戸さんに聞いて俺たちもトラブルが起きないように一応は謎ルールを知っていようと思う。




 「ちょっと蒼月君、ちゃんと聞いてる~? 鏡君と小烏丸さんは問題はないけれどぉ、茅野さんと松戸さんはレベルをもっと上げた方が良いと思うのよぉ。だから今宵ちゃんが作った魔道具を使ってもいいかしらぁ?」


 「先生、わざわざ昼休みに七海さんと俺を呼び出したと思ったら、またその話ですか」


 桃井先生には、鏡君たち新入部員は四人しかいないので、顧問としてダンジョン探索について行って五人パーティとして活動をしてもらうことが多くなっている。

 最初は、残業は嫌よぉと言っていたんだが、指導をしてくれないなら、俺たちとダンジョン探索をした時の分け前を先生だけ成果報酬にしますよ! と言うと、しぶしぶ受け入れてくれた。


 そして四人の仮入部期間が終わった直後から、俺に階層移動の魔道具が使いたい、使いたいと駄々をこねてきていたのだ。

 今日はついに七海さんを部長ということで巻き込んで、俺を落としにきたようだ。


 「先生、部活内格差は良くないと思うのよぉ。彼女たちだけ頑張っても、二年生になった時に5クラスのままだったらどうかしらぁ? ねぇ、七海さん。部長としてどう思うかしらぁ?」


 「そ、それはみんなで上位クラスに行けたらと思いますけどー……」


 「そうでしょう、そうでしょうとも! でもねぇ、普通にやっていたらゴブリンやウルフしか学校終わりじゃ倒せないのよぉ! そんな階層じゃぁ、お金……強くなれないでしょぉ?」

 

 いや、低階層ではお金が稼げないって言いそうになってなかった?

 でもまあ、俺も鏡君や小烏丸さんの話を聞いて驚いたのだが、休みの日以外は基本的に時間がないので良くて9階層までしか行かないらしかった。

 7階層からはオークが出るので、先生の言うお金も稼げるが……。

 でも確かにそんな階層では、俺たち以外……と言うか攻略道や父さんたち以外のレベルの上がり方が遅いわけだ。


 「でもあの魔道具を説明できなくないですかー?」


 七海さんは俺たちではなく、先生としゃべる時は、少し言葉遣いが丁寧になるのが面白い。


 「そ、そこはほらぁ、今宵ちゃんの先天スキルが付与ってことにしてぇ、蒼月君から付与がかかった魔道具を譲り受けた私が、校長先生にテレポートを使ってもらって階層移動の魔道具を作ったみたいなぁ?」


 この人、ほんとちょいちょい自分の手柄にしようとするな。

 

 「それって、もしも校長先生に話が伝わったら懲罰ものでは?」


 「そ、その時は蒼月家の会社に転職……むしろ今からでもしたいんだけどぉ、貴方のお母さまが怖いのよねぇ」


 この人ほんと何言ってんだ?

 いや、でもよくよく考えれば、元東校の教員で実力もある人が社員……。

 会社が大きくなるなら、優秀な人材は必要でしかも秘密を既に知っている。

 これはかなりアリなのでは?


 「それなら蒼月家の家宝を貸してもらっていることにするとかー?」


 七海さんも桃井先生にあてられてちょっとおかしくなってきたか?

 だいたい、うちは家宝なんてあるような家ではない。


 「古くから代々続いているような家系ではないはずだから、さすがに家宝はどうだろう」


 まあ、父さんに聞いたら実は名家でした! なんてことも……、いやないか。

 小さい頃、ABCの海岸で~♪ と共に、


 『ぽっぽっぽ 鳩ぽっぽ 豆が欲しいか そらやらない 人生そんなに甘くない』


 とか歌っていた。

 良いか矜一、『これは人生は甘くないってことなんだぞ』とか子供に言う親が名家出身な訳がないよね。

 俺がそんなことを考えていると、部室のドアがバァン! と開く。


 「話は聞かせていただきましたわ! それならば、私様わたくしさまの……東三条家の家宝ということにすれば良いのですわ!」


 実は今宵の魔道具の話になった時に周囲の気配察知をして、少し前から東三条さんが部室のドアの前にいることには気が付いていた。

 気づいてはいたんだが……、俺は東三条さんが手に持っているガラスのコップに視線を落としながら、まさかお嬢様がそんなことはしないよね? と思いつつも、気になったことを聞いてみる。


 「もしかして、そのコップをドアに当てて聞いていたとか?」


 「さすが蒼月君。このガラスのコップを使い、音響結合・・・・効果で音波の伝達を助けて全て聞いていましたわ!」


 なんて? 音響結合効果とはなんぞ?


 「音響結合……?」


 「ええ、糸電話の原理と似たようなものですわね。空気を振動させるより、個体を振動させる方がよく聞こえるようになるのです。糸電話なんてたしか100メートル先でも会話できるはずですから!」


 ちょっと何を言っているかわからない。

 盗み聞きをするために、知識の無駄遣いじゃないだろうか?

 そもそも東三条さんなんて攻略道に属さなければ、こんな知識の無駄遣いをする人にはなっていなかったのでは?

 みんな少しずつおかしくなる部活!?


 「う、うん。良く分からないけどわかったよ。ところでなんで部室の中に入らずに外にいたの?」


 何より一番気になったことが、部室のセキュリティは万全なのだが、部員か部員と一緒なら問題なく入れる部室に、なぜか東三条さんが入らずにいたことの方が俺は気になっていた。



 「そ、それは……七海さんと蒼月君が二人きりで部室に入るものですから……気になって後をつけてしまいましたわ……」


 盗聴したことは自信満々に暴露していたのに、急にしどろもどろになる東三条さん。

 正直意味がわからない。

 俺と七海さんが一緒に部室に入ったから気になったとして、なぜそこで東三条さんも入って来ないのだろうか?


 「はぁ。アナタたちは相変わらずお子様ねぇ。まあでも東三条さんの許可も下りたことだし、東三条家の家宝ということで階層転移の魔道具は使えるってことねぇ!」


 パンパンッと手を叩いてなぜか締めの言葉を言い放つ桃井先生を前にして、俺は水戸君に端末でメッセージを送る。


 蒼月:『悲報 攻略道に入るとみんなおかしくなる』

 水戸:『?』


 水戸君にはこのヤバさが伝わらなかったが、昼の休み時間もあと少しとなっていて、お昼ご飯を食べてない俺は、とりあえず16階層へ転移できる魔道具は使うことをOKした。


 「そんな顔をしないのぉ。ほら、アンパン、クリームパン、ジャムパンがあるから。これなら直ぐに食べられるでしょぉ?」


 昼食を食べる時間が無くなって困っていた俺たちに、桃井先生はパンを差し出す。

 俺はジャムパン、七海さんがクリームパン、東三条さんがアンパンを手に取ると、桃井先生はパンにはこれよ! となせか瓶の牛乳を俺たちに渡す。


 俺はパンには紅茶か珈琲だろと思いながらも、思った以上に牛乳がマッチしていて、攻略道は顧問もおかしくなるのか……と思いながら、ジャムパンをほおばるのだった。



 

 

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 作中の童謡は『鳩』で作詞作曲者不詳です。(著作権なし)

 似たもので『鳩ぽっぽ』とは違います。

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