第207話 エンゲージ(軍事用語の方で交戦するという意味)

 桃井先生から近々鏡君から対戦の申請が来ると言われてから2日後。

 俺は学校の授業が終わった放課後に、鏡君と対戦をするために闘技場にやって来ていた。


 「逃げずによく来たな! 天音の時のようにラッキーで勝てると思っていたら大間違いだぞ」


 「俺たちの対戦を鏡君は見てもないのに決めつけていたら、俺に足をすくわれるかもしれないよ?」


 「ハッ、お前が多少強いことは認めるが、既に2年1位や3年上位を倒している天音が実力で負けてる訳がねぇ。天音はああいう性格だから、お前がどういう形で勝っていたとしても認める発言はするだろうしな」


 「お前たち五月蠅いぞ! これから対戦をすると言うのに口論をして何になる。強さなど、対戦をすればわかること」


 鏡君のせいで、俺まで今回の対戦で審判をしてくれる風紀委員の人におこられてしまった。


 「まあ……、前回に見た時よりもこの短期間で大幅にレベルを上げているようだから俺も蒼月の強さは気になるが」


 そう、今回の対戦を裁いてくれる2年の風紀委員の先輩は、俺が1-4クラスと対戦をした時に審判をしてくれた人なのであの時の俺の強さを知っている人なのだ。

 そして今現在の偽装している俺のステータスはと言うと、


 <名前>:蒼月 矜一

<job> :剣士

<ステータス>

 LV  : 16

 力  :C

 魔力 :D

 耐久 :D

 敏捷 :D

 知力 :D

 運  :D

 魔法 :なし

 スキル:身体強化 剣術3 敏捷性上昇


 となっている。

 ジョブが剣士だからスラッシュは剣術がなくても使えるので、剣術を入れるかどうかで迷ったのだが、防御でパリィを使う機会も多いかもしれないと思い剣術にした。

 また、敏捷性上昇は実際には覚えていないスキルなのだが、動きが早くともスキルのせいだと思われるようにした形だ。


 

 俺たちが控室から隣の闘技場へ姿を現すと歓声が聞こえる。

 どうやら結構な観客が俺たちの対戦を見に来ているようだった。

 

 「これより、1-1クラス鏡真一と1-5クラス蒼月矜一の総合ランク戦を始める。両者中央へ!」


 俺たちその声で闘技場の中央へと移動する。

 それを確認した審判員が対戦の開始を告げようとした瞬間、鏡君が審判に向かって手をあげて発言した。


 「審判員の方。俺はこの対戦で蒼月と一つ賭けをしたい。過去、ランカーの上位同士で行われていたこともあると聞いている。良いだろうか?」


 ん? 賭け?


 「お前たちは総合ランカーの上位でもないし……最近は行われていないことではあるが、対戦相手の蒼月がお前の賭けに乗るなら認めよう」


 鏡君は審判員の言葉を聞いて俺に向かって叫んだ。


 「俺は天音がダンジョン攻略道に所属することを認めない! 蒼月、俺がお前に勝てば天音には列強に戻ってもらう!」


 ……いや、言いたいことはわかるよ。

 でも東三条さんの話は俺に言われても困る。

 たしか鏡君は東三条さんと付き合っているような発言をしていたけど、東三条さんからは知人って言われてたし。

 そもそも対戦で賭けをするなら、鏡君が東三条さんと対戦をして同じ事を言えば良いのでは?


 「天音? それは東三条のことか? それなら蒼月に関係が――」

 

 「良いですわ! 蒼月君が負けましたら、私様は攻略道を辞めますわ!」


 風紀委員の先輩が賭けの対象が東三条さんの話だと気が付いて、訂正を求めようとしていると、東三条さん本人から了承すると観客席から立ち上がって大きな声でこちらへ声をあげた。

 それを見た風紀委員の審判は、それならばと鏡君の宣言を了承するという態度をとった。


 ……は?

 いや、これ俺の試合だよね!?

 しかも俺が勝った時の条件は?

 観客席を見ると攻略道のみんなが鏡君の言葉に興奮して立ち上がった東三条さんを必死でなだめている。


 そしてその攻略道のメンバーの近くには、九条君のパーティ……椿もいたようで俺の視線に気が付いて、椿が俺に向かって「矜一、頑張って!」と声は歓声で聞こえないが口の動きで応援してくれていることがわかった。


 俺にではなく鏡君は東三条さんと対戦をしてその賭けをするべきだという不満が、東三条さんや椿、攻略道のメンバーが俺以上にこの対戦に熱くなっていることで一気に薄れた。

 賭けが成立していないとかはもう俺には関係がない。

 むしろ逆になんだろう、みんなの声援で……心が震える。

 そう、難しく考える必要なんて何もないのだ。

 元々負けるつもりなんて一切ないし、勝てば良いだけ。


 九条君たちは俺が1-4クラスと対戦をした時には、自分たちの訓練を優先して見学さえもきていなかった。

 それが今日は見学に来ていて、俺を応援してくれている。

 東三条さんにしても、自分が賭けの対象になったにもかかわらず、俺にその運命を委ねるらしい。


 そうか、これがこの学校のランキング戦なのか。

 意地と意地のぶつかり合い。

 鏡君だってこの一戦に全てを賭けているのだろう。

 俺はただ、1クラスへ上がる最短の方法だとしか思っていなかったこの戦いへの意気込みを考え直す。


 指輪を壊した時に知った事ではあったけど、椿は俺が誰かに負けるとは初めは一切思っていなかった。

 そうであるのに俺はレベルがあがらず、ダンジョンマスターの呪いのせいだったとしても、中学の俺は負けることも多くなって椿を何度も失望させてしまった。

 

 恐らく東三条さんにしても今の俺を知っているから、自分を賭けの対象にされても俺のことを信用してくれているのだろう。

 観客席を見ていると、水戸君や七海さん、葉月さんや猪瀬さんも俺の視線に気が付いて声援を送ってくれている。

 

 「ははは。中学からは考えられないほど楽しいこの時間を……失うわけにはいかないな」


 俺の独り言を審判が訝しがりながら聞いているが、鏡君の賭けを俺が了承したと判断したのだろう風紀委員の先輩は無言で頷いた。

 それを受けて鏡君は、


 「俺こと鏡真一は、この戦いの勝敗において異議を唱えることなし。

ただ、勝者だけが正義!」


 と、急に決闘前のような口上を述べると俺に対して構えをとった。

 鏡君は戦闘態勢をとりながら、目線でなにか俺も発言をすることを望んでいるようだ。

 審判員もその空気を感じて俺をみる。

 はぁ……。

 こういうのは今宵なら意気揚々と口上を述べるんだろうなとため息をつきながらも、俺もこういうのは嫌いではなかったなと思い直す。

 俺の心は仲間の応援や一連の流れですでに熱くなってしまっている。


 「月は自ら輝けない。ただ、光を反射するだけ。それでも俺は――仲間を奪うものを許さない。東三条さんは渡さないし、勝利も手に入れる。俺は蒼月矜一、君の罪咎ざいきゅうに赦しを」


 俺は心に浮かんだ口上を述べると剣を構えて戦闘態勢をとった。


 その瞬間、闘技場の観客席からは黄色い悲鳴や1-1クラスの人たちからなのか、鏡君への応援が会場一体に響き渡る。

 そして審判が手をあげて対戦の開始を宣言するのだった。


 「それでは、初め!」






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――  

 (観客席)

 葉月「ね、ねぇ……今の蒼月君の言葉ってこくは……」

 猪瀬「あ、あまちー!? どうしたの? しっかりして!」

 七海「蒼月君の口上を聞いて東三条さんは放心状態みたいだねー」

 1-5女子「ちょっと水戸君! 男ならもっとガツンと蒼月君に言ってやらないと!」

 水戸「え、えぇ……?」

 椿「矜一はそういう意味で言っていない。エンゲージ婚約の約束じゃないから。もしそうだったとしても……ランキング戦で取り戻せることもわかった」

 東三条「(放心状態から復活)……そう言えば、私様は十六夜椿さんと対戦をするつもりでしたわ。そうですわね、3年で――賭けて戦いましょうか」

 椿「いいだろう、受けて立つ!」

 七海&葉月&猪瀬&水戸「(3年生になったら決着をつけるって……その時にはもう入学している今宵ちゃんが二人を許さないんじゃ)」

 クリぼっちのじゃ女子先輩「おそらく勝ちたいと強く思う方が最後に立っておるじゃろう。じゃが……蒼月、お主はぜろ!」



      1年校内ランキング

 

 1位 1-1 東三条 天音 18戦17勝1敗 730P(総合ランキング1位)

 2位 1-1 鏡 真一   12戦7勝5敗   210P(総合ランキング47位)

 3位 1-1 豊崎 亜希  10戦10勝0敗 185P(総合ランキング48位)

 3位 1-1 佐々木 亮  11戦8勝3敗   185P(総合ランキング49位)

 5位 1-5 蒼月 矜一  44戦44勝0敗 183P

 6位 1-1 皆川 春斗  14戦10勝4敗 160P

 7位 1-1 青山 佳乃  9戦8勝1敗  150P(総合ランキング50位)

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