第205話 ……料理?

 25階層での狩りを終えてギルドで時間をかけて納品をした俺たちは、東三条さんと今宵の手料理を食べに東三条家へと向かう。

 ちなみに、水戸君がバトルベアを狩って手に入れた熊胆の数量はやはり少なくて、俺が一人で全体の数を調整するべく倒しておいた。


 ただ、桃井先生は今回は殆ど倒していないのに、「いくらになるのかしらぁ。次はなにを買おうかしらぁ」と言っていたことには少しだけイラっとした。

 でもまあ……水戸君をマンツーマンで指導していたと考えれば、桃井先生の分も俺が狩っておくのもギリギリアリかな? とは思ったので狩りはしておいた。

でもなぁ、「蒼月君は有望すぎて倍率が高すぎるから、水戸君を育てて~」とか小声でブツブツと言ってたのが冗談なのか本気なのか。

 俺のことを有望と思ってくれること自体は嬉しいんだけどね。

 

 大量に持ち込んだのが2回目ということもあって、前回よりギルド側の対応は早かったのだが、査定自体は量も多いのですぐにはできずに、前回と同様に少し時間がかかるようだった。

 俺はマジックバッグを買う場合には、ギルドランクもD以上が必要だったことを思い出して皆にそのことを尋ねると、D級には既になっていて俺と同じく試験を受ければC級にも上がることのできる状態となっていた。


 C級の試験は12階層までの敵と戦えるかどうかだと父さんが言っていたので、俺たちは何時でもC級に上がることができたことにはなるんだけど、時間拘束をされるのが全員勿体なく感じたようで、俺を含めてどうやらまだ誰も受けていないようだった。

 夏休みの時間がある時に昇格すればよかったのだけど、半日くらいとは言え勉強に遊びにダンジョンにと、……つい後回しにしてしまっていた。



 「今宵ちゃんたちがデパートで待っているみたいですから、私様はそちらに行きますわ。皆さんは家の方へ移動していてくださいまし。コンシェルジュには伝えてありますから」


 東三条さんはそう言うと、俺たちと別れて今宵と待ち合わせているデパートに向かう。

 俺たちは家主がいないまま、東三条家へお邪魔することになるが……、夏休みに入り浸っていたせいかあの豪邸に俺たちだけで向かうことに誰も困っている様子はない。


 「お腹が空いてるから楽しみー。どんなメニューになるんだろう。東三条さんが考えるなら凄そうだよねー」


 「豪華なことだけは間違いがないと思う!」


 七海さんと葉月さんが東三条家へ向かいながら、今日の晩ご飯を楽しみだと話している。

 東三条さんはわからないけど、俺は今宵がまともな料理を作れるとは思えないんだよなぁ。

 俺がテレビを見てメモをしたりしている時でも『私、料理に興味ありません』って感じだったし。


 興味がなかったけど、俺が料理を作って振る舞った時に持ち上げられているのを見て、作りたくなっただけだろう。

 俺が料理の練習をしている時にも、母さんに今宵は練習しないの? と言われてもリビングでだらけてポテチを食べていた。

 お菓子でお腹をいっぱいにして、俺の料理を食べてダメ出しをしたことを俺は忘れてないから、今回は厳しく味を見てやろうと心に誓う。


 しばらくみんなで歩いて東三条家に着くとチャイムを鳴らす前にコンシェルジュがドアを開けてこちらへと向かってくる。

 どうやら、このコンシェルジュさんはしっかりとしているようだ。


 「皆様、お疲れ様です。話は聞いております。お嬢様からいつも集まっていた大部屋でとのことですので、ご案内をさせていただきます」


 いつも集まっていた部屋なので勝手知ったる我が家のようなものなのだが、俺たちはコンシェルジュの後について部屋へと入った。

 部屋にはいくつかの机が並べられていて、そこには電気コンロが置かれている。

 これは作るところからこの部屋でするってことなのか?

 それともキッチンで作ったものを持って来て冷めないようにするためなのだろうか。


 東三条さんたちがいつ帰って来るかわからないのでどうしようかと思っていると、桃井先生が今日の25階層の反省会を皆にし始めた。

 桃井先生は意外と全員のことをちゃんと見ているので、調子に乗った言動さえなければわかりやすく説明をしてくれるし良い先生なのは間違いない。


 「良いあなた達! 舐めプはダメ、絶対。特に二戦目が対戦相手の中で最弱で、勝てば突破確率が一番高くなるような時に舐めプはダメなのよぉ!」


 桃井先生は25階層のことを熱く語っていたかと思ったら、急に訳の分からないことを言い始めてみんなが混乱をしている。


 「ギャンブルと戦術は違うのよぉ! ギャンブルで勝つ、それは良いことだし凄いことよぉ。でも、勝てる時に奇策は必要ないのよ!」


 何かに乗り移られたの? とでもいうように熱く語る桃井先生。


 「せ、先生落ち着いて。まだ次がありますから。次に勝てば良いだけですから!」


 葉月さんが何かを理解したようで桃井先生を落ち着かせていた。



 「おまたせー。今宵の3分クッキング、はっじまるよー」


 「お待たせいたしましたわ」


 今宵たちがキィちゃんとさっちゃん、マコトに桃香、聡を引き連れて大部屋に入ってきたことで、注目が桃井先生から外れて今宵たちへと向かう。

 俺は念のため、桃井先生が何かにとり憑かれていてはいけないので、キュアに光属性を足してなんちゃって聖属性にすると、桃井先生にかけておく。悪霊退散!


 今宵と東三条さんは買ってきた商品を机に取り出しているが……、既に今宵の発言から3分以上が経過している気がするのは気のせいか?

 そう言えば、ギルドの訓練場で今宵は3分クッキングと言って放送時間が数時間~とか言うギャグを言っていたなと思いだす。


 まあ、有名な3分クッキングも料理の時間は7分だし、さらに生放送ではなく編集されたものなので実際には時間が結構かかっていたりする。

 ダンジョンで今宵が3分クッキングと言うと、魔物はその時間よりも早く料理されそうだけど。


 俺は何を作るのか気になって今宵と東三条さんへ近づくと、お肉に付いた値札が目に入った。

 松坂牛 ロースすき焼き用600g 36,720円


 「はっ? いやいや、高すぎ。お歳暮か何かなの? いや、お歳暮でもこんなに高くないでしょ?」


 「あ、お兄ちゃん。なんか今宵がおいしそーって言ったら、天音ちゃんが全部買いましょうって! ほら、まだそれ以外にもいっぱいあるよ!」


 それ以外もあるよと見せられてすぐ目に入ったものは、特選 米沢牛しゃぶしゃぶ用800g 23,272円……。

 いやいや、肉なんてスーパーで1,000円を超えてるだけでかなり高く思えちゃうのに何だこの値段。

 最近は値上がりが激しいからか?

 しかもすき焼きを作るのかと思ったら、しゃぶしゃぶ用? 


 「って今宵、ちゃんと払ったのか?」


 「あら蒼月君。これくらいなにも問題ありませんわ、むしろお金をとるなんて東三条家の名折れです」


 ……。

 ま、まあ俺も稼げるようになったから買えないことはもちろんないんだが、どうにも安いものに魅力を感じてしまう。

 だいたい、松坂牛と米沢牛の味の違いなんて俺には絶対わからない。

 オーストラリア産でも……すき焼きのような濃い味だとわからないと思う。

 というか、肉ならオーク肉がいくらでも家にあるのでは!?


 俺がそんなことを考えていると、どうやら準備ができたようでそれぞれの机の電気コンロの上へ今宵と東三条さんが鍋を持っておきに行く。

 そして火をつけて、全員が思い思いの場所に座り……お疲れ会が始まった。


 「おいしっ! あまちーおいしいよ!」


 「ふふふ。それは良かったです。私様も初めての料理が成功して嬉しいですわ」


 「今宵ちゃんもすごーい!」


 「へへーん。お兄ちゃんに出来ることは妹には出来るものなのだ!」


 うーん。

 美味しい。

 すごく美味しいんだけど……、これ料理か?

 この鍋の火をつける時に、今宵が「量が足りていなかった~」とか言いながら鍋に入れているものを見ると、それは鍋の素だった。

 しかも買ってくる量が少なくて、それぞれの大きな鍋に二人前の鍋の素を一つ入れただけ。

 一つの鍋を四人か五人でつつく感じで座っているから、買ってきた全ての鍋の素をどこか一つに入れて足りるかどうかでしたよ、今宵さん!?


 そして沸騰して出来上がると、恐らく例の松坂牛や米沢牛、鳥肉や野菜をポン酢につけて俺を含めて全員で食べている。

 ポン酢に付けず、そのまま食べてみると……、当然のように味はついていなくて肉の味そのままだった。

 これ、ただの水炊きになってるじゃねーか!!

 しかもこの長ネギ……長っ。

 さらに白菜は葉っぱの半分くらいがそのまま入っている。


 「この白菜……デカすぎない?」


 「あ、お野菜は私様が切りましたのよ。たくさん食べられる方が良いかと思いまして二分割ですわ」


 「そ、そうなんだ。うん、美味しい。素材・・の味が活きていておいしいよ」

 

 長ネギも、これもしかして二分割……半分に切っていれただけか?

 もう少し普通は短くしない!?

 え? ほぼ水だけに肉や半分に切った野菜やキノコを入れた鍋。

 それをポン酢や他の調味料をつけて食べるだけ。

 たしかに料理と言えば料理だと思うけど……。

 缶詰からで良いなら今宵も出来るよってこういうこと!?

 たしかに似たり寄ったりな気がしないでもないけど……なんか違うことないか!?


 俺はてっきり今宵ならオリーブオイルをふんだんに使って、KOYO’Sキッチンとかして来るのかと思ってたよ。

 でもまあ……肉や野菜の味はめちゃくちゃ美味しい。

 なんだこの敗北感。


 ひとしきりみんなで食べ終えた時に、猪瀬さんが「そろそろシメにいこうよー」と声を上げたのだが、東三条さんはシメの意味をわかってないようでポカンとしている。

 俺は今宵を見ると、今宵は忘れちゃってた! という表情をしていた。

 ほほう! これは俺の出番ですかな?

 俺は立ち上がると、東三条さんにコンロを使う許可をもらった。


 「東三条さん、シメに一品作りたいから料理をしていいかな?」


 「まあ! 私様と今宵ちゃん、そして蒼月君の合作ですわね!」


 合作ではない気もするが……、いや鍋はそのまま使うから合作か?

 俺はそう思いながら東三条さんに許可をもらうと、ボウルに手早く薄力粉、片栗粉、塩を少々混ぜて入れると、水を加えて耳たぶの硬さになるまでこねる。

 そして鍋用に残っていた大根と人参を半月に切ると、さらにそれを半分に切っていちょう切りにした。

 エノキも残っていたので、それも下の根の部分を切り取ると半分に切っておく。


 出汁と醤油、みりんを計量カップで混ぜ合わせ、みんなが待っている鍋に向い、それぞれの湯量を見ながらそれを加えた。

 そこに先ほど切っておいた大根と人参とエノキ、高級肉を加えて灰汁を取り除きながら一度煮立たせると、初めに作った薄力粉と片栗粉をこねたものを一口大にちぎり……みんなの鍋に加えていった。


 「浮き上がったらシメのすいとん おあがりよっ!」


 俺は今宵を見て、目だけでこれが料理だぞと語りドヤるのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 今話で第5章は終了です。

 今後の「成り上がれ」の予定ですが、週一くらいの更新になるかもしれません。

 もし、お気に入りにない場合は入れてもらって更新がわかるようにしてもらえると嬉しいです。


 また、新作を公開中です。

 「成り上がれ」はカクコンに参加しませんが新作はします。

 是非とも読んで少しでも先が読みたいと思われましたら、フォローと☆を頂けると泣いて喜びます↓

https://kakuyomu.jp/works/16817330648950104649



 


 


 

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