第192話 絶対に…負けない!!(三人称)

 ☆☆☆☆☆



 

 星野 真ほしの まことは自分たちに矜一から『援護をしてくれ!』という声を聞いて、心の中で喝采をあげていた。

 これまで何度も矜一には命を助けられてきたマコトではあったが、頼られるということはなかった。

 12階層で矜一が瀕死の状態になり、それを見て咄嗟に抱き着いて回復をしても、それは矜一から頼られてしたわけではなかった。


 でも先ほどの言葉は東三条と自分を含めてではあるが、明確に援護をしてくれと頼られていた。

 矜一がいなければ既にないはずの自分の命は、全て矜一のために使うものだとマコトは決めている。

 だから、マコトは常に助けてもらう自分をどうにかしたくて日々の努力をしていた。

 それがほんの少しだけでも報われたかと思うとマコトは嬉しかったのだ。


 マコトは矜一の声を聞いてすぐに駆け付けようとしたのだが、自分の行く手を阻む邪魔ものが現れた。

 なんで、このオークジェネラルは私の邪魔をするのだろう?

 吹き飛ばされたダメージをポーションで回復しながらも、マコトは痛みを感じるよりもせっかく矜一に頼られた直後に水を差す、この敵対者に静かに憤怒した。


 だけど……、明らかに自分一人では倒せない相手ということを理解してしまう。

 なぜなら、先ほど自分が攻撃を受けた相手は、あの矜一が苦労しているのと同じオークジェネラルなのだ。


 ただ、過去に矜一に聞いた死ぬかもしれなかったヴリトラという大蛇おろちやそれこそ見た目は普通にふるまっていたのにマコトが見た時には、明らかに命の灯が消えてしまいそうだったカルラという敵と戦った後の話に比べて……、矜一の話だけでなく他の今宵や東三条の話からもこのオークジェネラルは何段も落ちるのでは? と思うのだ。

 

 その理由としてヴリトラであれば、今は隣で戦っている気高き東三条が自分であればすぐに死んでいたという話であったし、今宵や椿から聞いたカルラであれば……マコトなら睨まれただけで動けてないのでは? というレベルだったのだ。

 事実、カルラに威圧されて椿は動くことすらできなかったという話を本人から聞いている。


 それらの矜一が過去に戦った敵と比べて、このオークジェネラルはどうだろうか?

 マコトは矜一から聞いた話は全て覚えていると自負している。

 その中でこの敵に当てはまるのはミノタウロスでは?

 矜一は基本的に人のことを悪く言わず、良い所を見つけて称賛する。

 それは魔物相手でも同じで、たしかミノタウロスでも死ぬかと思ったと言っていたのだ。


 ただ、話を聞いている限りでは圧勝と言える内容であった。

 もちろん、矜一が言う話のように耐久戦でもっと長い時間戦っていたらだとか、自分の攻撃に威力がなくてという話は事実だろう。

 それでもマコトはギルドや世間の話を聞いて矜一には言いたいことがあった。

 ミノタウロスって一人で倒すものじゃないんだよ。

 もっと言えば、20階層以降の魔物にしても一人で倒すというような話はギルドでは聞いたこともなかった。

 それなのに矜一や恭也の方針では、基本的にボス部屋以外の魔物は一対一で倒せるものという方針に従って、マコト達は訓練を続けてきた。

 一対一で戦って勝てるということで、次の階層のOKがでるのが矜一&恭也の方針のようなものなのだ。


 「ふふふ。私を一撃で倒せない時点でこの敵は……」


 「マコトちゃん? どうなさいましたの? こんな時に気が触れられては困りますわ!」


 「ああ、ごめんなさい。東三条さんから見てこのオークジェネラルはヴリトラと比べてどうですか? 私はこの敵なら、私たちでもがんばれば勝てるんじゃないかと思って」


 マコトは自分が恭也に連れられて初めてミノタウロスと対戦した時のことを思い出し、そのときはミノタウロスの咆哮に体が硬直をして何もできなかったことを思い出していた。

 それがこのオークジェネラルでは攻撃を受けてダメージを受けたとはいえ、東三条との二人であれば追撃を受けることさえなかった。

 もちろんそれは自分の力ではなく、東三条がいたお陰である。

 それでも、動けている。


 ミノタウロスの咆哮で体が動かなくなった時は、レベルを上げた後にも関わらず体が硬直してしまっていた。

 なによりマコトはトワイライトの三人に絡まれた時に本当の絶望を知っている。

 力がなかったせいで、自分たちが矜一に無理を言ったせいで、矜一の妹である今宵まで命の危険に晒してしまったあの時を思い出し、そして目の前のオークジェネラルを見比べる。

 

 「うん。あの時の絶望は感じない。やれるはず!」


 マコトは、パンッという音を立てて自分の頬を両手で叩くと気合を入れてまっすぐにオークジェネラルを見据えるのだった。





 東三条 天音ひがしさんじょう あまねはダンジョン攻略道に加入して夏休みに入ってから、学校がある時には部活でしか絡めない仲間たちと多く接することができて、そのような状態で夏休みを過ごすことは初めての経験だった。

 仲良くなった全員が向上心も高く、過去に東三条がクラスメイトたちに提言をして、東三条さんだからできるんだよと言われて断られていたようなことであっても、今の仲間たちは普通に話を聞いてくれて出来ないとは言わない。

 だから、ついつい知っていることを説明してしまうことに楽しみを覚えていた。


 それになにより、今までは色のついてなかった自分の世界に色がつき、色とりどりの色彩を放つようになって、毎日が楽しかった。

 それまでは自分がミスをすれば、周りに迷惑がかかったりするために何でも自分でこなし、問題が起きないように努力をしてきた。

 

 それが仲間たち……特に矜一がいれば、今までのように肩ひじを張る必要もなく、ミスをしても矜一や仲間が補ってくれるのだ。

 いや、今までも周りに頼っていたら、補ってくれたのかもしれない。

 現に自分を優先的に護衛してくれている五人は何かミスをしても補ってくれることだろう。

 

 でもそれは護衛や使用人だからであって、結局のところ東三条のミスが自分のせいにはならず、護衛や使用人のせいになるのであれば、幼かったころと同じで何も変わらない日常の一つではないだろうか。

 

 ところが矜一やその妹である今宵は、しっかりと自分の意見を言って来てくれるし、それに伴って綾瀬季依や琴坂佐知も垣根なく会話をしてくるようになった。

 そしてそれを見た攻略道のメンバーやマコト達もまた自分と対等に話すようになっていた。


 矜一と出会ってから自分の世界……輪が広がっていく。

 ダンジョン探索では命を懸けた戦いも仲間と経験し、強い絆も生まれた。

 自分で全てをする必要がなく、指示を出さないと動かないということもない。

 それまでに自分にあった重圧を、半分肩代わりしてくれるかのような矜一は信頼できるし任せることができる。


 24階層のオークにしても、オークジェネラルを頂点としてそのオークジェネラルのスキルによって大幅に他のオークたちも強化されているのだが、仲間たちはそれを気にする必要もないほどに強かった。

 矜一がボスのオークジェネラルと戦い始めて、それまでの敵のように一刀で倒すことはできてはいないが、何も心配する必要がないような動きなのだ。


 だから、東三条は周りのオークを倒して矜一の傍には行かせないように立ち回っていたのだが、突如として別のオークジェネラルに急襲を受ける。

 東三条はスキルの警鐘はなかったが、それは直感スキルのレベルが上がる前であればそんな警鐘が鳴ることもなかったし、矜一がいることで安心をしてはいても警戒を怠っているわけでもない。


 まあ……完全に出し抜かれ、仲間のマコトが攻撃を受けてしまったが、その後はすぐに対処をすることができた。

 ただ、ボスは矜一が倒すものと思っていたし、矜一には倒すことができても自分には無理かもしれないという敵を前にして、今回のダンジョン探索で東三条は初めて焦りを感じていた。


 マコトが防御をしたにもかかわらず吹き飛ばされたことから、それまでのマコトの戦闘とオークジェネラルの攻撃力を考えた場合に、自分でも剣で受けることはできても吹き飛ばされる可能性があった。

 だから東三条は汚れを気にすることなく、相手の攻撃は避けて対応することにした。


 マコトと二人で攻撃を避けながら、連携をしてオークジェネラルの対処をしていると、普段自己主張をしないマコトがやれると言って気合を入れる。

 確かにマコトに先ほど聞かれた、矜一が戦ったヴリトラとこのオークジェネラルをくらべればこちらのオークジェネラルの方が明らかに弱いだろう。


 それに最悪でも避けることに徹して時間を稼げば、ヴリトラを倒した矜一がオークジェネラルに負けることは考えられず、必ず駆けつけてくれる。

 そう思った矢先で……、矜一の方から大きな衝撃音が聞こえたためにそちらを見ると、オークジェネラルより二回りほど大きなヴリトラと同格に思える敵が現れていた。

 これはまずいかもしれない。

 東三条がそう考えた瞬間――


 「二人ともごめん。そっちに援護はすぐにはいけないみたいだ。悪いけどジェネラル1体は任せて良いかな?」


 その声を聞いて、東三条はすぐさま逆に自分が矜一の援護に行くと告げた。

 マコトもまたその声を聞いて、負けないと気合を入れている。

 少し前には矜一に援護をしてくれと言われていたのに、東三条たちにもオークジェネラルが急襲をしてきたら、矜一はこちらに援護に来るつもりになっていた事を知り、結局のところ東三条は矜一に任せていただけだと気が付く。


 それは……それまで東三条が周りから向けられていた目と同じだと理解する。

 そのせいで過去の自分のように、色彩のない世界に矜一がなってしまったらと考えて矜一に甘えてしまっていた自分の心を叱責する。


 「うふふ。任せるってことはこれって矜一さんに、私たちがオークジェネラルに勝てると思われているってことだよね? 目の前の敵を倒して矜一さんの援護に駆けつけられたらやっと……」


 東三条はマコトの呟きを聞いて、先ほど自分が咄嗟に矜一に返した言葉もあってマコトと一緒にこの目の前のオークジェネラルを倒して矜一の所へと駆けつけられるなら、それは確かに助け合う仲間の証のように思えて……。


 「頼るだけの人生はもう嫌だ。私は受けた恩は返したい。だから私は――」


 「蒼月君だけに負担を強いるような関係は仲間とは言えませんわ。それは一人の色のない世界と同じ。だから私様は――」


 「「絶対に……負けない!!」」


 目の前のオークジェネラルを倒すことを決意した二人が、そのオークジェネラルを倒すと言わずに負けないと言ったことは、周りが聞けばそれは守備的な発言で助けを待っているようにも受け取られるものかもしれない。

 でも、その発言は二人には意味が違って、目の前のオークジェネラル戦だけではなく……、オークロードそしてその先、みずからに負けなければ、それはおのずと全てに勝利もしくは不敗であることを意味していた。

 二人の言葉は守備的ではなくもっと先のそんな決意の表れであった。


 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る