第191話 絶対に…負けない!(三人称回)

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 綾瀬 季依あやせ きい琴坂 佐知ことさか さちは今宵が吹き飛ばされたことを目撃して、今宵が大丈夫かどうかなのかさえ確認をすることなく走り出していた。

 理屈ではなく反射的な行動。


 綾瀬季依キィちゃんは今までの彼女たちの日常……、今宵たちと三人で放課後に笑い合って遊びに行く、そんな平凡な日常から一気にかけ離れてしまったダンジョン探索において、たしかに少し注意散漫な行動や発言が見受けられることも多かった。

 それはダンジョン探索という非日常でありながら、何かの物語のような世界に迷い込んでしまったかのような感覚。


 それまでは今宵や琴坂佐知のことを親友だと、信頼をしているのだと思っていても証明をする手段がなかったが、今は違う。

 ダンジョンで背中を任せ任される。

 そう言ったお互いの行動は信頼の証明であったし、何よりも親友たちのそれを担えることが嬉しかった。


 それなのに少しだけ先に探索者になった今宵とは差がついてしまっていて、本当に命を懸けた戦いでは隣に立つことさえできなかった。

 今宵は私たちだから、助けを求めているパーティの助力を任せたのだと言っているし、事実そうだったのかもしれないが、自分にもっと力があれば別の選択を今宵がしたことは間違いがないだろう。


 皆の前では少しおちゃらけてしまっている行動は、その今宵について行けていないという焦燥感から、自分が! と前に出てしまっていることに綾瀬季依は気が付けない。

 また、今宵が吹き飛ばされた瞬間に動いてしまった要因の一つに、口では揶揄いながらも信頼をしている今宵の兄である矜一が、一度は考えて取り入れなかった同じ作戦を今宵が提言をしてそれが認められたことが気になっていた。


 よく、今宵や矜一の周りの連中が矜一が決めたことなら問題がないだとか正しい選択だという話をしていることがあるが、その矜一が一度は考えて止めたという所に綾瀬季依は潜在意識化で何か問題が起きるのでは? と考えていたのだ。

 実際には矜一はミスをするし正しくない選択をすることもあるのだが、絶対的な信頼が盲目的に作用する典型と言えるだろう。


 それらの状況が複合的に重なって、今宵が吹き飛ばされた瞬間に綾瀬季依の身体は動いてしまっていた。

 信頼をしている矜一に止められても、今宵なら多少の問題であっても大丈夫だとわかっていても、自分が助けに行っても足手まといになるかもしれないとしても……

 それでも動かずにはいられなかったのだった。



 琴坂佐知さっちゃんは矜一と今宵がボスであるオークジェネラルと戦い始めてから、周りのオークに対処をしながら逐一今宵側の確認をしていた。

 いくら今宵が強いからと言っても、自分たちと同じ年齢であることにはかわりがない。


 基本的に今宵が発言をすれば、その多くが実現をするし感覚的な発言であっても最終的には納得をさせる何かが今宵にはあった。

 それでも、自分たちが仲間と一緒に戦っている相手に一人で挑むということにリスクがゼロというわけがない。

 兄である矜一はオークの集団を倒すことに今宵なら問題がないと許可を出したが、今宵だって小さな石に躓くことだってあるだろう。

 もし、信頼をしているからと言って、その躓きに気が付かず手遅れになってしまったなら琴坂佐知は自分を許せはしないと思うのだ。

 そこにオークジェネラルという簡単に倒せない魔物まで現れている。

 

 自分もオークの集団と戦いながらも今宵の状況を確認していると、オークたちは明らかに組織立って今宵に攻撃をしていた。

 自分が気が付くようなことに矜一が気が付いてないはずもないし、今宵との距離はそれなりに離れていてすぐに向かうことも出来ない。

 何かあれば矜一が転移をして今宵に問題が起こることはないのだと信じてはいても早くこちらの片をつけて今宵の隣で戦いたかった。

 

 そして琴坂佐知が気にしていた通り、もう一体のオークジェネラルが今宵側に現れると、今宵はダメージを受けて吹き飛ばされてしまった。

 それを見て琴坂佐知は即座に今宵を助けに向かうのだった。



 矜一の声を無視し、近くのオークを斬り伏せて今宵の援護に向かう途中で、今までより大きな影が二人を襲う。

 現れたその敵対者の攻撃をなんとか避けた二人はその襲撃者を見て……。


 「「オークジェネラル……!」」


 「グガァ」


 二人を襲ったオークジェネラルは攻撃をかわされたにもかかわらず、表情をいやらしく歪めると声をあげた。

 そして、その直後に矜一にもマコトと東三条にも新たな敵が現れたことを確認する。


 「あー、これって私たちは豚さん程度に釣られちゃった? 矜一お兄さんに止められたのにさすがに後で怒られるかな?」


 「もう、キィちゃん。良い方に考えようよ。距離的にちょうど間の場所で襲われているから、この三体目が今宵ちゃんを襲撃予定だったのかもしれないよ? それなら釣り出されたのはこの豚足だよ!」


 二人はここで死ぬ可能性を自覚して背中に冷や汗をかきながらも、軽口かるくちを言い合う。

 今この階層で戦っているメンバーそれぞれが強敵と戦っているために援護はまずないと思って良いだろう。

 だから矜一や今宵がすぐに倒しきれない敵であったとしても、最低でも時間を稼ぐ必要があるし、援護がないなら倒さなければ自分たちは生き残れない。

 それにこの矜一や今宵でもすぐに決着が付けられない敵を倒すことができるならそれは――


 綾瀬季依と琴坂佐知はお互いを見やってニコリと無理やりに笑顔を作った。


 「今宵ちゃんでもすぐに倒しきれない敵だから、これを倒せれば少しは近づけるね」


 「丸焼きにして足手まとい卒業だよ!」



 自分たちの策略が成功をしたはずのオークジェネラルは、二人の小さな侵略者の絶望する表情が見られるものだと思っていたが、二人は笑顔で笑い合っている。

 オークジェネラルはそれを見てそれまで愉悦を浮かべていた表情を歪めると、二人へと襲いかかった。


 「ブヒィィィィ!」


 「襲ってくるときにその大声ってバカ丸出し!」


 ゴンッという鈍い音とともに、オークジェネラルの剣と綾瀬季依のハルバードがぶつかり合う。


 「ファイヤーボール!」


 そこへ属性魔法を覚えた琴坂佐知が魔法を放った。


 オークジェネラルのハイパワーに、華奢ではあっても剛力スキルを所持している綾瀬季依は負けておらず、剣とハルバードで鍔迫り合いつばぜりあいを続けていた。

 そこへ琴坂佐知の魔法の急襲を察知したオークジェネラルは、左手の掌底で綾瀬季依を吹き飛ばしさらには剣で魔法を掻き消す。


 「……ウインドカッター! ロックブレット!」


 いきなりそれをされていたなら、驚きで体の動きを止めていたかもしれないが、東三条の氷結魔法を掻き消した別の個体の動きを見ていた琴坂佐知は、その可能性を踏まえて立ち止まらずに隙を見せないように立ち回りながら連続で魔法を放つ。

 

 オークジェネラルは同じ魔法を使って来ない敵に苛立ち、さらに連続で火、風、土の魔法を使われて対応をさせられたことで3発目のロックブレットでダメージを受ける。


 「グガァ!」


 「雑魚は邪魔ぁ! それにオークが声をあげても何を言っているのか分かんないのよ!」


 掌底でダメージを負わされた綾瀬季依は、それをチャンスと見て近寄って来るオークの集団をハルバードを振り回して一掃する。

 実の所、この階層のオークやハイオークは指揮官に統率をされ、さらに7階層あたりのオークや15階層のハイオークよりも強くなっている。

 そうであっても、そんなことはお構いなしと綾瀬季依はハルバードの特性を活かし迫りくるオークを倒すと、声をあげたオークジェネラルにお返しとばかりにハルバードを振り下ろす。


 その攻撃は残念ながらオークジェネラルの剣によって防がれたが、パワー押しの攻撃にも剛力スキルとハルバードで対抗できる綾瀬季依と離れた位置からその拮抗している状態の戦いの中で、片方を正確に狙うことのできる琴坂佐知の二人のコンビはオークジェネラルの天敵と言えるのかもしれない。


 ただし、ハブVSマングースは実際に戦うと五分五分と言われているように絶対に勝てる訳でもない。

 まして今回は相性としてはいいから互角に戦えているという状況であるために、一つのミスが命にかかわってしまうことにはかわりがなかった。


 お互いにダメージを与えたり与えられたりしている中で琴坂佐知は魔法を使ったり、綾瀬季依と切り結んでいるオークジェネラルに切りかかったりと様々な攻撃方法を試していたのだが、同じような威力だとしても他の魔法より少し小さなロックブレットへの対処が遅いことに気が付いた。


 「ロックブレットへの対処が遅れてる! キィちゃん魔法を当てる隙を作って!」


 「わかった!」


 オークジェネラルの攻略法を見つけたとばかりに声をあげた琴坂佐知にオークジェネラルと切り結んでいた綾瀬季依が答える。


 「ブヒィィ!」


 そのやり取りを不快とでもいうかのように声をあげたオークジェネラルは、力任せに綾瀬季依を後ろへと下がらせるとさらに殴りつけて大きく後退させる。

 そして、オークジェネラルの声に呼応して今宵側にいたはずの投石オークの集団が少しではあるが、こちらにやって来ていて琴坂佐知へ投石を開始した。


 オークジェネラルや周りのオークの集団から少し離れていた琴坂佐知はその投石にさらされて大きなダメージを受けてしまった。


 大きく後退をさせられ、口から流れ出る血を腕で拭った綾瀬季依と投石に曝されてダメージを受けた琴坂佐知はポーションを飲み、投石を剣で弾きながらも当然のように諦めはしない。


 「「絶対に……負けない!」」




 


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