第173話 タマ

 夏休みも後半、世間ではお盆であっても俺たちには関係のない8月15日。

 東三条家で座学を終え昼食を食べ終えた後に、今宵が急に席を立って俺たちに向かって発言する。


 「お兄ちゃんたちは座学の目標を達成したようだし、皆で海か山に遊びに行きたい!」


 「いや、海て。お前は散々プールで泳いでたじゃん。それにもうクラゲがいるだろ」


 「じゃあ山かな? 肝試しもついでに出来ないかなー」


 「ゴーストもレイスも散々倒したし、キイちゃんがやられてホラーしたじゃん」


 「……もーぅ。お兄ちゃんは向うに行って! 皆はどう思う?」


 今宵は俺の席まで来ると、俺を起たせてあっちに行ってと背中を押して離れた位置に移動をさせられた。


 「あたしはキャンプがしたいかも! キャンプファイヤーとかまたしたい!」


 「そう言えば蒼月君は料理も出来るんでしたわね。私たちとの野営時では披露してもらえませんでしたからアリですわね!」


 東三条さんから俺の名前が出たので、ヤレヤレ仕方がないなとみんなの会話に加わろうと近くに戻ろうとすると、俺たちの食べた後の食器を片付けてくれていたはずの沢城芽里さんがサッと現れて俺の行く手を無言で阻んだ。

 えぇ? 今宵のあっちに行って発言があったからか? いやお前らの主人は東三条さんだろ!

 その東三条さんが俺のことを話してるんだぞ! と声に出さず目線で語りながら俺は進もうとする。


 すると今度は、片づけを別の使用人の方に任せた花沢加奈さんもやってきて移動を止められた。


 「お嬢様の勝利のためには今宵様に忖度をする必要がありそうですので」


 いや、東三条さんの勝利ってなんだよ! なんでウチの妹に忖度をする必要があるの!?

 大体声優さんみたいな声で言われて、ちょっと耳が幸せだからって忖度は良くないと思いますよ!


 「蒼月様は食後の運動で俺たち五人と模擬戦でもしましょう。今日は熨斗さんにも参加してもらってボコボコにしてやるから」


 「楽しみだぜ!」


 さらには仙道さんと坐間さんも現れて五人で模擬戦をしようと提案してくる。

 いや、1対1じゃなくて1対5なんかいっ!

 ってか少し前に東三条さんから東三条家グループで働いている人が口調や態度が悪いと市井しせいで言われていると言って注意をされてたよね?

 6階層の事件の時に、犯人を捜そうとダンジョン前で威圧してたしその態度が悪い人って仙道さんが筆頭だと思うよ! 

 熨斗さんは既に訓練場へいるらしく、俺は護衛の四人に囲まれるとそのまま部屋を連れ出されるのだった。



 2時間後。


 「ハァハァ。なんで互角なんだよ!」


 「ん。タマをとれなくて残念」


 今宵たちがやってきたので1対5の模擬戦が終わり、仙道さんと芽里さんが残念がっている。

 いや、俺の股間を見ながらそういうの言うの止めてくれます?

 俺は前屈みになり、タマを守った。

 芽里さんは気配を隠すのが上手くてちょいちょい後ろから俺を蹴りあげようとしてきていた。怖い。


 「蒼月様は本当にレベルが15なのですか?」


 熨斗さんが俺のレベルを不審がって聞いてくる。

 負けないようにちょうど良い感じで戦っていたのが悪かったのか?

 ってか偽装レベルって幾つにしてたっけ?

 3回も壁を超えていたら、不自然に思われるかもと思って15にしてた気もする。


 「ええ……。両親に立ち回りを鍛えられてますからね」


 「なるほど。ギルドで伝説と言われているあの二人の育成なら……」


 なんか知らないけど、うちの両親を知っている人たちはやたら父さんと母さんを過大評価するんだよね。

 父親は尻に敷かれてますけどね!


 「あ、熨斗さん~ノシ!」


 「今宵様、こんにちは」


 !?!?

 熨斗さんがいつの間にか今宵の挨拶に対応している!?

 ってか午後の訓練をせずにキャンプの会話を2時間もしてたのか?


 「そうそうお兄ちゃん。キャンプなんだけど明日からになったから。薪の予備ってまだある? 後、その時の夜ごはんはお兄ちゃんが作ってね!」


 明日なの!?

 いや、アイテムボックス内には何かあった時のために保存食とか野営ができるようには常にしているけど、他の人の用意が間に合わないんじゃないか?

 後、キャンプ場の予約とかもいるだろうし……。

 まさか東三条家が経営してるとか?


 「キャンプ場の予約はどうするんだよ? 今からじゃさすがに夏休みだし無理じゃないか?」


 「予約? 18階層のサバンナ地方でキャンプだよ」

 

 それ野営じゃーん。

 しかもなんでわざわざ暑いサバンナなの? 涼しい所で避暑地に行こうよ。

 

 「いや、それただの野営じゃね? 避暑地に行こうよ」

 

 俺が願望を述べると、今宵が驚いた表情をする。

 驚くところとかあった?


 「何言ってるのお兄ちゃん。訓練もついでにするに決まってるでしょ!」


 「あ、ハイ」


 ただ遊ぶことだけを考えてたんじゃなかったんだね。


 「ねぇねぇ、あまちー。折角だから、あまちー込みの東三条家のパーティーとあたし達ダンジョン攻略道……プラス、マコちゃん、モモちゃん、さっ君の六人対七人で模擬戦しようよ!」


 猪瀬さんが東三条さんと護衛を含めたパーティとそれ以外の攻略道のメンバーとマコト達で模擬戦を申し込んでいる。

 ってかダンジョン攻略道って言った所で俺を見て目を逸らしたのはなんでなの?

 野営の話し合いもハブにされて模擬戦もハブにされちゃうの?

 まあ、熨斗さんたちとはさっきまで戦っていたから良いけどね!


 「それは面白そうですわ! 最近は熨斗たちとダンジョンに潜っていませんでしたから、さぼっていないかもわかりますわね」


 東三条さんはそういって模擬戦を承諾していた。

 これって結構面白い対決になるのでは?

 東三条さんが少し抜けているけど、攻略道のメンバーとマコト達は熨斗さんたちといい勝負をすると思う。

 

 「あ、じゃあ今宵たちは三人でパーティを組むから3つのパーティで総当たり戦をしようよ!」


 今宵がキィちゃんとさっちゃんと三人パーティを組んで、先の2パーティと模擬戦を提案していた。


 「じゃあお兄ちゃんは審判ね!」


 今宵はそう言うと、ルールや対戦方法を決めに東三条さんの所へと向かう。


 「結局、ハブじゃん!」


 俺はガクリとこうべれると、気持ちを変えて明日の野営で何を作ろうかなと料理のことを考えながら、審判をするために皆の所へと向かうのだった。


 

 

 

 

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