第174話 忍ばない悪女再び
次の日の朝。
昨日の夜になぜかウチに泊まって行ったキィちゃんとさっちゃんを含めた六人で朝食を食べ終えて、それぞれがコーヒーや紅茶で一息ついていると、今宵が何やら二人を『作戦会議をするから集合!』などと言いながら呼び寄せてコソコソと会話をしはじめた。
いや、蒼月家のリビングで俺も父さんと母さんもいるのに感じ悪くない?
でも父さんたちは全く気にしている様子がなかった。
堂々と作戦会議とか言って招集したから問題がないのか?
何の会議かはしらないけど、お宅のお嬢さんリビングで黒い笑顔してますよ!
今日は俺たちは野営をするためにダンジョンに行くことになっているけど、父さんたちは普通に今日も仕事でダンジョンの18階層に行くらしい。
だから、どうせなら出発する時は一緒に行こうという話になったのだ。
「ピンポーン」
家のチャイムがなって母さんが、対応する。
「あ、椿ちゃんおはよう。少しだけ待ってね」
「おはようございます。はい」
玄関から声が聞こえる。
父さんたちと18階層へ行くためにどうやら椿がやって来たようだった。
「よし、じゃあ行くか」
父さんはそう言うと、皆を促す。
朝食を食べる前からすでに全員が出発の用意は整えてあったので、俺はコーヒーを飲んでいたカップを台所に持って行くと玄関に向かった。
「椿、おはよう」
「きょ、矜一。お、おはよう」
バイブレーション椿は今日もなおっていなかった。故障かな?
俺は椿に挨拶をすると、玄関から外に出る。
これからみんな出てくるから玄関にいると邪魔だからね。
俺が外に出たと同時に椿も付いて来ようとするが……、
「あ、椿ちゃんおはよう」
「今宵ちゃんおはよう」
どうやら今宵がやって来たので今宵を待ってから一緒に出るようだった。
数分後に母さんが家の鍵を閉めて、全員が玄関前に集まると父さんが号令をかける。
「よし、行くか」
その号令を元に俺たち七人はダンジョンへと歩き始めた。
「きょ矜一。も、もしかして今日は私たちと一緒にダンジョンに行けるの?」
「え? いや、俺たちはダンジョンでやえ――」
「椿ちゃん、私たちはダンジョン
「え? 18階層でキャンプ? 危なく……二人がいれば問題ないか。そうか、一緒に探索できるんじゃないんだ……。でも18階層なら一緒に狩りをしても……」
「そうそう、よゆー! 椿ちゃんはお仕事を頑張ってね!」
移動と同時に俺の隣に来た椿が今日の予定を聞いてくるが、俺たちは父さんたちとは残念ながら行かないんだよなぁ。
そう思って野営の話をしようとすると、椿とは逆側の俺の隣にいた今宵が俺たちの予定を話した。
そしてその後になぜか今宵は黒い笑みを浮かべて、キィちゃんとさっちゃんを見て頷いた。
「椿先輩ってレベル幾つになったんですかぁ~?」
「良いなー東校! 私たちも来年目指してるんですよぉ」
キィちゃんとさっちゃんは椿を挟んで俺からジリジリと離すと、仲良くおしゃべりを始めた。
いや、お前らいつもそんな甘ったるいしゃべり方じゃないよね?
「レベルは16になったんだ! こんなにも早く壁を超えられるなんて本当に嬉しい。恭也さんと咲江さんのお陰だな」
「「ええ~ それって低くないですかぁ~? クスクス」」
ん? キィちゃんとさっちゃんが椿に対してなんだかあまり感じが良くないことを言い始めたぞ。
この二人は俺にもそうだけどチョイチョイ毒舌になる。
俺に対してなら仲がいいから良いけど、椿とはまだキィちゃんとさっちゃんはあまり話したことがないはずだから注意をしておくか?
「そうだね。でも私にとっては本当に壁を超えるのは大きな一歩なんだ。私が弱かったばっかりに12階層では足手まといになってしまった。私がもっと強かったら、アルコルも死なず一緒に戦えていたのに! でも自分が弱いことを嘆いても仕方がない。今は少しでも強くなれることが嬉しいんだ。
そう言って、自分の弱さを自覚して一歩でも前に進むと決意をしたような瞳をした椿は、一度目を瞑りながら拳を握る。
揶揄ったはずの二人は、椿のその決意にも似た言葉を聞いて黙ってしまった。
「……私たちだって……次は今宵ちゃんに足手まといに思われないように強くなるもん……」
キィちゃんが俺にギリギリ聞こえるかどうかの声で歯を食いしばりながらポツリとこぼした。
「う、うう。。」
そしてその横ではさっちゃんがポロポロと涙を流して泣いていた。
ちょ ええ? 急にどうした!? 俺は揶揄った側の二人の変化にギョッとする。
「えっ 二人とも急にどうして」
二人の様子をみて椿も困惑している。
今宵も二人の様子に気が付いたようで、俺の隣からキィちゃんとさっちゃんを慰めるために移動する。
「ちょっと二人とも! 九条先輩たちの案内を任せたのはそういう意味じゃないって言ったでしょ! 二人だから信頼して任せたんだよ!」
「でも、もし私たちが矜一お兄さんと同等の強さだったなら、どちらか一人が案内でもう片方はついて行けたよね。矜一お兄さんがあんな状態になってたってことは今宵ちゃんも危なかったんだよね?」
今宵の二人は足手まといなんかじゃないよという話にもキィちゃんは反論する。
さっちゃんはそれを聞いてさらに号泣し始めた。
「そ、それは……」
今宵が言い淀んでいると、俺たちが止まっているのに気が付いた父さんが声をかけてくる。
「矜一? なんでさっちゃんは泣いているんだ? さっちゃん大丈夫かい?」
「は、はい。自分の弱さが許せなくて……」
お前がしっかりしなきゃダメだろう、そんな目で父さんは俺を見ながら話しかけてくる。
俺は一体どうすれば……と考えた末に、両手を合わせてパチンと音をさせた。
全員の意識がこちらに向いた事を確認して俺は、
「みんなで強くなろう」
そう言うのだった。
それからはぎこちなくも元に戻り、俺たちは皆と待ち合わせをしているダンジョン前広場へと到着したのだった。
残りのメンバーは七海さんと葉月さんだけらしく、それ以外は既に全員が集まっているようだった。
「ごきげんよう、蒼月君。あら? 十六夜さんもご一緒することになったのかしら?」
「ごきげんよう、東三条さん。ああ、いや椿は父さんたちと……」
「ふむ。椿ちゃん。そうするかい? 矜一は一人増えたくらいじゃ問題ないような用意をしているんだろう?」
父さんは椿に俺たちとキャンプをするか聞きながら、俺にももう一人増えたところで問題ないんだろ? と聞いてくる。
まあね、倍の人数でも大丈夫なくらいの用意はあるね。
「そ、それは……」
「椿ちゃん! さっき強くなろうって言ったばかりでしょ!」
「あ、ああそうだったな! 恭也さん私が強くなるためにもお手伝いさせてください!」
「お、おお……。椿ちゃんが良いなら良いんだけどな。じゃあ俺たちは先に行くよ」
「はい!」
父さんたちと椿はそう言うとダンジョンに潜って行った。
「いや、今宵よ。それなら俺たちも遊べないだろ」
「そ、それは勉強を頑張ったご褒美というか……ごにょごにょ」
「それにお前感じ悪いぞ。何で椿にあんな態度をとるんだ。キィちゃん達をけしかけたのもお前だろ。椿がどういうつもりだったかはもうあの時に分かったはずなのに今宵らしくもない」
「それは……そうだけど。椿ちゃんがお兄ちゃんにとってた態度のことは許したけど、それとこれは別なの! だって元に戻ったということはごにょごにょ」
いやさっきからその ごにょごにょ はなに?
ハキハキしゃべる今宵はどこに行っちゃったの?
というか、まだ幼かった時に今宵が言い訳をする時によくこんな感じだったような気もする。
そう言えば、俺と今宵と椿でおままごとをしていて俺は両サイドを二人にガッチリと固められて左右から泥団子を口の中に……。
うっ 思い出してはいけない記憶が。
あの泥と砂利を噛んだ時の味……二人の狂気を思い出して俺は身震いした。
「まぁまぁ蒼月君。今宵ちゃんも反省していることですし、せっかくのキャンプが台無しですわ! ほら、笑顔ですわよ!」
何も理解してないであろう東三条さんが、俺たち兄妹が不穏なのを見て仲裁してくれる。
「そ、そうだよね。うんうん。あ、せっかくだから最初は20階層の宝箱を取りに行こうよ!」
「良いですわね!」
「え? なになに? あまちーあたしも混ぜて」
はぁと俺がため息を吐いていると、七海さんと葉月さんが到着する。
「ごめーん、私たちが最後みたいだねー。おはよー」
「お待たせ。ごめんね!」
「ああ、いや時間は問題ないから大丈夫だよ」
俺が七海さんと葉月さんに時間は問題ないと告げると、二人は俺を挟んでどちらも俺の腕を取って……。
ちょ、あたってる、あったってます!
「「「あー!」」」
それを見た今宵と東三条さん、猪瀬さんは宝箱の話で盛り上がっていた会話を止めて声をあげて俺を批難した目で蔑むのだった。
その後ダンジョンに入った俺たちは、一度20階層のボスを倒すと18階層に移動してキャンプ地を求めて探索を開始する。
ちなみに20階層ボスから、宝箱はドロップせずに終わった。
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