第169話 後始末

 ☆☆☆


 矜一たちが朧の元を離れてしばらくしてから、朧は目を覚ます。

 今宵に両手両足だけでなく鼻やあばら骨などあらゆるところを破壊された朧は、まともに動かない腕を動かして帯剣ベルトに付けられているポーション入れをまさぐると、そこからポーションを取り出そうとして落とし割ってしまう。

 朧はその割れて零れたポーションに腕を当てて片側の腕を動くようにすると、もう一度ポーション入れからポーションを取り出し摂取した。


 「ふぅ。もしもの時のために買ってて良かった上級ポーション」


 朧は高級車が買えるほど高価な上級ポーションを使って完全回復することに成功し一息つくと悪態をいた。


 「くそっ! 俺があんな子供に一方的にやられるなんて! だがまあ良い。ある程度はアステルが相手でも戦えるということはわかった。それに……蒼月矜一だったか? まさか東校の外部生がシュテルンだったとは。涼子も生人もいない今、俺に失うものなんて何もない。バラして脅すか……、それともクランの総力を挙げて始末をするか……。俺が悪いんじゃない! アイツらがわざと遅く助けにきたせいだ!」


 「いや、させねーよ?」


 朧が一方的に矜一に恨みを抱き、どこぞの元タレントのような事務所総出トワイライト宣言をした後で、誰もいないはずの朧の後方から声がかかる。

 朧は振り返り話した相手を見るとそこに天城矜侍がとこからともなく現れてやる気の無さそうな態度で立っていた。


 「……天城あまぎ……矜侍きょうじィィ!」


 「朧幽全おぼろゆうぜん。お前が過去に恋人を失った件については不幸だったと思う。恋人がカルラに遭遇して殺されたことは天災と言えるだろう。だがバタフライ効果……、お前がもっと恋人に協力をしていたら、積極的に行動をしていたならばその行動の結果、カルラとお前の恋人は出会っていなかったかもしれないことを理解しているか? そしてその場合は別の誰かがカルラの犠牲になっていたかもしれない。もし、1-5クラス生だけがカルラに遭遇して死んでいたならお前はそれほどまでに気にしていたか?」


 「楓と外部生の命が同等のわけなんてないだろう!」


 「そう、それだ。お前は先ほど、矜一たちが早く助けに来なかったことで報復をすると言った。矜一たちからすれば、お前の仲間は知り合いでも何でもないただの他人。幼馴染椿の命と等価な訳がないだろう? お前が自分で言ったことじゃないか」


 朧は矜侍に自分の仲間に価値がないと言われたことで、矜侍に対し剣を向けようと動こうとしたまさにその時、矜侍からのプレッシャーが朧を襲い身動きが取れなくなった。


 「クッ……」


 「人は過去を美化するが……現在に満足をしていなければ、過去に戻ってやり直したいと思うだろう。お前にとっては恋人を失う前の高校時代が一番か? 今、失うものは何もないと叫んだお前だが、もしも1日前に戻れるとしたら? 苦楽を共にした仲間とやり直すこともできるだろう。だがそれは現在を大切にしていたなら、防げたことだと思わないか? 今を足掻けないやつに未来なんてないんだよ」


 「それはお前が何でも持っているから言えることだ!」

 

 「だから? お前だってトワイライトを使えば矜一たちをどうにかできる力があるんだろう? まあ、そのトワイライトも今日で終了だ」


 「トワイライトが終わる? 俺が人を刺したことを通報でもするつもりか? 俺がいなくともトワイライトにはまだ九頭だって残っている!」


 「九頭だって? ハハハッ。お前は九頭が裏でどれだけトワイライトのメンバーを使って犯罪を犯していたかも知らないだろう? そもそもアイツはトワイライトの副マスターではなく、axisアクシズのクランマスターだしな」


 「嘘をつくな! そんなはずがない!」


 「ではお前は常に顔を隠しているアクシズのクランマスターの素顔を見たことがあるのか? お前たちはアクシズを筆頭に幾つかのクランで勢力を作り、axis forceアクシズフォースと名乗っているが、お前はその筆頭を狙っていた。だからアクシズのマスター自らが二足の草鞋わらじでお前のクランに入り込み……世間での影響力を下げるために犯罪行為を繰り返していたわけだ。独断専行など思い当たるはずなんだがな」


 「何を根拠に……。ウチはたしかにヤンチャな奴らは多いが、俺の指示に従っていたはずだ」


 「そうだな。指示をすれば従ってはいても、いない時には勝手に魔物寄せ器を持ち出され犯罪を犯す程度には、九頭にクランを好き勝手にされていたな。それ以外にもお前は矜一を刺したことを犯罪であると認識していたが、お前のパーティメンバー以外のやつらは殺しもしていたがな」


 「なぜそれを……。いや、殺しだと? そんな馬鹿なことがある訳がない! 俺は裏切られてなんかいない!!」

 

 「ふっ、そう思うならそれでいい。無駄なことを話し過ぎた。お前は矜一たちが来るのが遅いと言ったが、お前のパーティメンバーはお前を生かすために時間を稼いだとも言える。お前が生きていることこそが、間に合った証だというのに。そうであるのに、お前は俺のペッ……弟子を傷つけ、あまつさえ見逃してもらっておいてクランで襲撃をかけようとした。朧、お前は超えてはいけない一線を超えてしまった。情けとしてお前の会いたい者たちに会わせてから逝かせてやろう」


 矜侍はそう言うと、朧に使っていた威圧を解いた。

 動けるようになった朧は矜侍を殺そうと先に動くが、矜侍は一歩も動くことなく朧を上下に切断する。


 「グハッ……、ここで俺は死ぬのか……。楓? 涼子……生人……迎えに来てくれたのか」


 朧は切断され地面に落ちる間際に、確かに恋人だった楓やパーティメンバーの佐藤涼子、不死川生人が『馬鹿なんだから』と死に逝く自分に優しく微笑み、許してくれたことに涙した。


 「来世でまた会えることを願っておけ」


 矜侍がそう言うと同時に、朧はドサリと地面を血で染める。



 「しかしまさか矜一が指輪を壊すとは。『今日、この日のためにこの指輪はあったのだと思う』じゃねーよ! まあ……矜一に呪いをかけたダンジョンマスターの影響で、マイナスの感情まで指輪が増幅したのは想定外だったか。十六夜いざよいとは少しだけ月が欠けた状態だから、矜一の一を足せば……指輪をそのままにしていれば……月は満ちたというのに。まあ、あの二人の未来が未確定になったこともまた一つの選択か」


 矜侍は散らばった幾つかの遺体がダンジョンに吸収されないように保護魔法を掛けながら、救援のために現場に来るであろうギルド職員に説明をするために一人でそこに残るのだった。


 しばらくして東校の校長や教員を含むギルドの一団が現れると、矜侍は今回の出来事が他の探索者には影響がないことと、九条レンや矜一の両親の報告と食い違いがないように想定をしながら起きた出来事を説明する。


 そして自らが朧を手に掛けたことやトワイライトの悪事を報告すると、ギルド職員に任意同行を求められるがそれを拒否した。


 「どうせ九頭には逃げられるだろうが……、俺のお節介はここまでだ。じゃあな」


 矜侍はそう言って、姿をくらませるのだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

本文外。

axisには中心となる軸という意味があり、axis powerで枢軸国となります。

本作では、axis(クラン名)を筆頭に幾つかのクランが集まって axis force……能力のあるクランが集まった勢力として使っています。

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