第168話 破壊
椿の近くには恐らくA級と思われる男も立っているが、特に怪我をしているような感じでもない。
彼が援護をしてくれたならカルラともっと上手く戦えたのに……と思うが、チラリと横目で今宵を見ながら俺たちの連携について来れたかな? と思い直す。
もしかしたら、彼は俺たちの連携を乱さないことを選択していたのかもしれない。
椿まであと数歩というところで彼女から声がかかる。
「矜一! 本当に無事でよかった。助けてくれてありがとう!」
そう言って必死に立ち上がりこちらに駆けてこようとするが、上手く歩けないのかすぐに躓いて態勢を崩した。
これは!? 椿が倒れそうなのを抱きかかえて見つめながら、「大丈夫だったか?」ができるのでは? 俺へのご褒美かな?
俺はそう思って今宵から離れて手を広げハグをする体制を整えたその時、
「はい、椿ちゃんお疲れ様。とりあえずあっちにいこっか~」
と今宵が言うと、そのまま椿が倒れるのを防いで元居た位置まで連れて行く。
……いや、今宵よ空気よもっ!?
椿はさっき俺の名前を呼んだのだから、今宵が今している事をするのは俺の役目じゃないの?
そんなことを思いながら、まあ妹も幼馴染も美少女なのでそれが抱き合っている姿を見るのもこれはこれでご褒美かな? と思い……何となく違和感を感じる。
それはなんだろうと考えると、近くにいた男がいないなということがわかった。
力を本当に使い果たしていて、スキルを使う気にもなれなかったので俺の後ろにでもいるのかなと振り返ろうとしたその瞬間、俺の腹から
「は? ……グハッ」
まさかカルラか?
完全に気を抜いていた俺は吐血しながら、後ろを振り返りながらエルボーを放つ。
「お兄ちゃん!」
「矜一!? 朧さんなんで!」
コイツが朧? トワイライトのクランマスターか!
だめだ、カルラとの戦いで力を使い果たし一度脱力したせいか上手く力が入らない。
「影残!」
「絶影!」
今宵が瞬時に朧に切りかかるが、朧は俺から剣を引き抜くと今宵のスピードに対応して今宵の攻撃を防いでいる。
剣を引き抜かれた俺は地面を大量の血で染めながら、アイテムボックスからポーションを取り出して傷につけようとするが、手に力が入らずに落として割れてしまう。
二本目を取り出すと、手に力が入らないと理解した椿が俺の手からポーションをとって俺にふりかけた。
「何でもっと早く来てくれなかった! どうしてお前らだけが特別なんだ? お前は椿の幼馴染だろう! それがシュテルン? 俺は楓も! 涼子も! 生人も! 誰一人として守れなかったというのに! その力があれば俺だって失うことなく守れたんだ!」
朧は叫びながら剣を振るう。
それを小太刀で受け流す今宵だが、俺が刺されたせいなのか完全にガチ切れしていらっしゃる。
目のハイライトがないんだよね。
しかしA級はやはり強いんだなぁ。
ずっと朧はスピード系のスキルを使ってはいるようだが、今宵とほぼ互角のスピードなのだ。
そもそも、もっと早く来てくれたらってなんだよ。
俺は高一だし、今宵なんて中学生だぞ。
朧のあの叫びは俺に対して話しかけているのか? でも戦っているのは今宵だし……。
刺された時は、カルラに月輪を放って『やったか?』を言ってしまったことで、フラグの回収をしてしまったのではと思ったが、今宵の動きを見る限り負けることはなさそうだった。
「もういい。消えて。Ninpō 奈落!」
「朧月夜!」
今宵が決めようと奈落を放つと、朧は攻守一体のようなスキルを使った。
どうやら朧月夜は自分の存在を不明瞭にしながら相手の攻撃を躱し、そのまま攻撃をすることで反撃を受けにくく相手を仕留め易くする技のようだった。
だけど、俺の魔力感知によってその特性はかなり削がれている。
俺でこの状態なら気配察知よりも魔力感知の方が得意な今宵には、そのスキルは悪手ではないだろうか?
朧の剣が今宵に届く瞬間に、今宵は短距離転移を使って朧の真後ろに転移した。
しっかりと朧の存在を認識できているようだ。
空間魔法に対応できなかった朧は今宵に膝蹴りを受けると、サンドバッグのように殴られ始める。
朧が自信をもって使ったスキルが悪手だったために、拮抗していた戦闘は一気に一方的な展開へと変貌する。
時折、ボキッとかグギャッと骨の折れる音がしている。
そして一方的に朧に打撃を加えた今宵は少し距離をとると、稲光を使うような姿勢に……。
「まて今宵! もう決着はついてる!」
稲光を放つ前に俺は大きな声で今宵に叫び、始末する気満々の今宵を止めた。
どうやら今宵は、お兄ちゃん どいて! そいつ殺せない! みたいな状態になることもなく思いとどまってくれたようだ。
あれ? 目からハイライトは消えているけど実は余裕あった?
ちなみに朧の今の状態はヤム〇ャみたいにボコボコにされて倒れている。
「お兄ちゃん、お腹の刺し傷は大丈夫なの?」
「お、おお。魔力切れは回復してないけど動くのには問題がない」
破けて血に染まった俺の服を見ながら今宵が大丈夫なのかと問いかけるので、俺は今の自分の状態を答えるのだった。
「矜一。改めて本当に来てくれてありがとう。アステル……今宵ちゃんもありがとう」
「うん。指輪が危機を教えてくれたんだ」
椿の危機を感じた時には指輪はアイテムボックスにしまってはいたが、なぜか指輪のお陰という感覚が俺にはあったので、自分の指にはめた婚約契約指輪を見ながら俺は椿に答える。
「指輪が……」
椿が自分の指にはまった指輪を大事そうに撫でているのをみて、俺はこの指輪はもう役目を終えたのでは? と考えた。
恐らく今回の危機のためにこの指輪はあったのだと思う。
もしそうであるなら、指輪は役目を果たしたことになる。
そうであるのに、このまま指輪を残しておけば椿の行動を縛ってしまうことになるだろう。
「椿。今日この時のために俺はこの指輪があったと思う。でもこのまま残しておいたら一部の契約は残ったままになってしまう。椿の行動を制限するつもりは俺には一切ないんだ。だから壊すよ」
俺はそう言って指から指輪を外すと、力を入れて破壊した。
それと同時に、椿が大事そうにしていた指輪も割れて砕け散る。
お互いの指輪が割れたその瞬間、俺の脳裏にはこの指輪を椿が俺の家へと持って来て契約をし交わした時から……今日までの
ああ……椿から俺を見たらそんな風に見えていたのか。
そりゃあ、期待して応援をしてもらっていたのにレベルも上がらず太り始めたら裏切られた気持ちにもなってしまうか。
走馬灯のように流れる過去の椿の気持ちを含めたその光景を見ながら、椿が俺に取り始めた態度がこういう理由からだったのだと理解する。
「そんな……呪いのせいだったの? それなのに私は何て酷い……。あれ? でもどうして私はこんな風に思うようになったのだろう」
俺が椿の出来事を見ているように椿も俺のこれまでを見ているような独り言を呟く。
いや、この俺が見えているのと似たようなものであれば、ムチャクチャ恥ずかしいんだが?
中学の頃なんてレベルを上げるためにネットで色々調べたりしてそれを実行したし、学校以外では体を動かすか机に座って勉強をするかのどちらかがほとんどだった。
それがバレるとか恥ずかしすぎでしょ!?
「ね、お兄ちゃん。椿ちゃんの本性がわかったでしょ」
えっ? 今宵さんにも見えているの? まさかまだ俺と意識共有をしてる感じ?
俺の方は今宵さんのことはもうわからないんだけど!? それ共有じゃないよね!?
てか、なんでまだそのハイライトを消した目のままなんだよ。
お兄ちゃん怖くて
それにしても……と思う。
俺的に多少心を
それはまあ悲しいけど、異性って言うか人なんてこんなものでは? という気持ちの方が強い。
こちらが思うから相手も同じだけ思えというのは怠慢だろう。
そりゃあ椿が俺を好きでいてくれれば嬉しいが、俺のことを好きだから俺は椿が気になるわけではない。
家族のような付き合いだったから……美少女だから……という下衆な思いからだし。
と言うか、椿が感情的になる所でこの指輪……何か……椿に影響を与えているように思うのだけど?
椿の記憶を見る限りでは、俺に対する感情をこの指輪が増幅しているように感じる。
もしかしたら、俺に良い印象を抱けばそれが増幅されていた? 逆に今回は俺が呪いでレベルが上がらなかったせいで悪い感情が増幅されていたり?
そう考えると、俺の場合は椿を悪く思っていなかったために、むしろ椿に執着するように指輪が動作していたようにすら思えてくる。
ま、まあ矜侍さんが作ってるはずだから、呪いなんて事はまさかないだろう。
壊したし、もう指輪のことは気にしなくて良いよね!
「んー、だからと言って過去がなくなる訳じゃないだろ?」
俺は今宵に自分の気持ちを伝える。
「矜一。ごめんなさい」
椿が俺に対して謝罪する。
それは何に対して? まあ、俺を邪険に思っていたことだろうとは思うが、その場合は世の中の反抗期を終えた子供は親に同じく謝らないといけないことになってしまうのでは?
「過去は変えることはできないけど、未来はそうじゃない。言うまでもない言葉だけど、今の俺たちには必要なんじゃないかと思う。ここからまた未来を創って行こう」
「矜一……」
「はぁ。まあ、甘いお兄ちゃんならそうなるかー」
俺はそう言うと、いまだまともに歩くことのできない椿に近づいた。
そして少ししゃがんで椿の膝裏と背中を持って横向きに抱え上げる。
カルラからの攻撃は今思えば、生命値を削っていたように思う。
明らかに生命値で言えば俺の方が減ってる気がしないでもないが、俺は歩けるしここは俺が連れて行くべき所だろう。
「ちょ、矜一!? 急にどうしたの?」
横向きに抱き上げた椿が頬を染めながら俺を見上げる。
つい、吸い込まれそうになる椿の瞳を見て俺は顔を近づけて――
バスッ
「グエッ」
……俺を見上げていた椿の首に今宵が手刀し、椿は出してはいけない声をあげて気絶する。
「仕方ないなー。今宵が椿ちゃんを運ぶよ。お兄ちゃん疲れてるでしょ」
今宵はそう言うと俺から椿を奪い取り、まるで荷物を抱えるように華奢なその肩に抱えて歩き始めた。
ズリズリズリ
いやいやまてーい!
椿の方が今宵より背が高いので、今宵は椿の足を地面に引き摺りながら進む。
「いやいや、今宵さん!? 引き摺ってる、引き摺ってますから!」
俺は渋る今宵から椿を奪い返すと、横向きに抱え上げて12階層出口の魔法陣へと向かうのだった。
「結局、お兄ちゃんのプリンセスホールドを許すなんて」
プリンセスホールドとなぜかブツブツ連呼する今宵を俺は無視しつつ、いやお姫様抱っこは英語でそう言わないからな!? と心の中で叫ぶのだった。
今宵に魔獣を倒してもらいながらビッグロックを登り、魔法陣へ到着するとそこには両親とマコト達、そしてシンとファーナの恰好をしたキィちゃん達がいた。
「矜一さん!」
俺のボロボロな姿をみたマコトは椿を抱えている俺に突撃し、そのまま抱き着く。
マコトが俺に抱き着くと、マコトは光り始め……。
「……これは生命力も回復している?」
神話で
俺が倒れたせいで椿も倒れてしまったが、どうやらマコトの足が椿にも触れているようなのでこれならば椿の歩けない症状も治るだろう。
しばらくマコトの治療を受けた俺は回復し、椿も目覚めた。
「しかし矜一が気持ちよさそうに回復をしているのを見るのは問題ないが、少女に俺がこれをされていたと思うと犯罪臭が凄いな」
「恭也さん、やっと気が付いたんですか?(ニッコリ」
俺がマコトに回復をされている所を心配そうに見ていた両親が、マコトの回復方法を巡って……母さんのニッコリから寒気を感じるのは何故だろう。
というか、気持ちよさそうに回復とか言い方! 正直マコトに回復をされるまでは動きに問題はなくても、長く生きられないんじゃないかという何かが俺の中にずっとしこりのように残っていた。
だから、回復をしてもらってそれが無くなって行くのを感じて……そのくらいのだらしない顔は許してほしい!
その後、キィちゃんとさっちゃんから九条君たちをダンジョンの出口まで送ったという報告を聞いた俺は、今日の出来事を両親に話して入念に打ち合わせをすると、椿を連れてギルドへ報告へ行くことを任せる。
そして、俺を含めたアステリズムのメンバーは一足先に帰路へとついたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます