第166話 決意とは

 ☆☆☆



 

 矜一が椿の元へ駆けつけたちょうどその頃、矜一の両親はマコト達と共に18階層にバイソンの肉やサーバルキャットの毛皮を求めてやって来ていた。

 マコトも空間魔法を覚えたことで、容量はまだ少ないながらも今まで以上に量が持ち帰れるようになっている。

 さらにマコトと桃香、聡の三人は矜一の両親に解体と剥ぎ取りを覚えさせられていて、矜一の仲間の中で一番探索者としての活動をしているのではないか? と思える状態になっていた。


 (そこのマコトを連れて12階層の出口の魔法陣で待機しろ。その女は魔力と魂の損壊を修復できる)


 「ん? なんだ今の声は?」


 「恭也きょうやさんにも聞こえました? マコトを連れて12階層の出口へ行け? しかし誰でしょう……」


 「咲江さきえさんにも? 一度矜一の親ということで話したことがある……あの人の声に似てはいたが……」


 「二人ともどうかしたんですか?」


 マコトは自分の名前が矜一の母親から出たために二人に話しかける。

 そして矜一の両親が受けたテレパシーとでもいう話を聞いて、すぐに移動するべきだと主張して五人は移動を開始するのだった。





 「ん? お兄ちゃんがダンジョンに来たかも?」

 

 今宵は兄の矜一が学校の登校日でいないことで、綾瀬 季依あやせ きい琴坂 佐知ことさか さちを誘って20階層のボスであるヴァンパイアを倒しに来ていた。

 そして三人でヴァンパイアを即殺した後で急に独り言を呟く。


 「ちょっと今宵ちゃん? さすがに今、その呟きとかドン引きだよ?」


 「うんうん、大体矜お兄さんが登校日で暇だから、宝箱でも取りに行こうって誘って来たのは今宵ちゃんだよー」


 「ええ!? 違う、違うよ! トワイライトに襲われた後くらいからかな? お兄ちゃんの居場所とか状況が何となくわかるようになっただけだから!」


 さすがに登校日でいるはずのない矜一が、ダンジョンに来たなどという妄言を聞いて、親友の二人は処置なしと白い目を今宵に向ける。


 「……これは12階層かな? 行かないと! 二人ともすぐに着替えて!」


 「「今宵ちゃん!?」」


 今宵の呟きからしばらくはヴァンパイアの魔石を拾ったりしていた綾瀬季依と琴坂 佐知は、今宵がアステル・・・・変身チェンジしたかと思うと自分たちにもシン綾瀬季依ファーナ琴坂佐知に着替えるように言われて目を丸くしながらも、その圧の強さに負けてアイテムボックスから着替えを取り出した。

 この二人も先日に空間魔法を覚えてはいるが、まだレベルが上がっておらずアイテムボックスは使えるがチェンジは使えるようにはなっていなかった。


 今宵は二人が着替え終わったのを確認すると、すぐに呼び寄せてボス部屋にある魔法陣から12階層出口の魔法陣へと転移した。

 そしてビッグロックをハーピーを倒しながら下ると、一直線に移動し始める。

 シンとファーナは既にアステル今宵が尋常ではない真剣な表情や雰囲気を持ってほぼ全力移動していることからチャチャを入れることなく遅れないようについて行く。

 むしろ移動について行くことがギリギリの状態で、言葉をかける余裕がないと言って良いかもしれない。


 数分間そんな状態で移動をしていると、前方に四人の集団が大急ぎで移動しているのを発見する。

 今宵はその集団を確認すると、その集団へ接触するべく方向を変えた。


 「ア、アステル!! お願いだ、助けてくれ! 椿が……パーティメンバーの一人が動けない状態で残っていて僕たちは助けを呼びに……」


 アステルはその声を聞いて確かに椿がいないことを確認すると、兄がダンジョンに来た理由を察知する。

 彼らは全力で移動していたのか、ゼイゼイと息をしながら全員が「椿を助けて」ということを繰り返す。

 ファーナはその状況を見て、自分の作ったスタミナポーションを渡すとそれを飲んだ四人は落ち着きを少しだけ取り戻し、自分たちの状況をアステルたちに話すのだった。


 レンたちからある程度の状況を聞いたアステルは、敵がかなりの強さであると理解する。

 A級が三人いるという話ではあるが、もしそれで問題がないのであれば、矜一は恐らくここに来ていない。

 実際にA級の本気がどの程度であるかはアステルにはわからない。

 わかりはしないが……、弱いはずがなく、今のアステルや矜一で勝てるかどうかすらわからない。

 何もわからない状態なのに、A級が救難信号を送るほどヤバイ・・・状況だということは確認できた。


 「シンとファーナはダンジョンを出るまでこの四人を送ってあげてね。あの人……椿ちゃん・・・・を助けるのは私が行くから」


 「アステル、椿の居場所は――」


 レンが椿の居場所を教えようとする前に、アステルは短距離転移を使って矜一の元へと向かう。


 「はぁ。私たちも行きたいけど、アステルがこっちを任せるってことは足手まといと判断されちゃったかー」


 「そうだね。でもこっちの任務も重大だよ。……じゃあ四人は私たちが送るからついて来て」


 シンの自分たちは足手まといと判断されたという言葉に同意をしたファーナはレンたちを引き連れて魔法陣へと向かうことに決めるのだった。

 今宵からすれば、A級が三人もいてそこに矜一が駆けつける必要があるような強敵であることは間違いがなく、レンたちの状況を踏まえて彼ら四人で12階層を移動することは時間がかかる。

 そのため、彼らの警護と魔法陣転移を使えるようになった二人に、もしもの時のためにレンたちを送ってもらうつもりではあったのだが……。



 ☆



 俺はカルラと対峙しながら、思考加速を使って状況を確認する。

 カドゥルーと遭遇した時は絶望しか感じなかった。

 だけど、あの後で自分は既に超常の者と何度も出会っていたことに気が付いたのだ。

 そう、今宵が幼い頃に不審者に遭遇しそれがダンジョンマスターであったこともそうであるし、矜侍さんはさらにその上のDungeon Rulerダンジョンルーラーだった。


 そう言う視点で見れば、カドゥルーは三人目の超常と言える。

 カドゥルーをどちらに分類するかは直接敵対をしたわけではないので難しい所ではあるが、敵側とした場合に3分の2で超常なる者と俺は対峙していたことになる。

 過去、運よく生き延びて来られはしたが、ずっとそうだとは限らない。

 そう気づいた時から俺はどうすればこれらの厄災から逃れることができるか、戦うことは出来るのか? ということを考えて来た。


 ヴリトラから得たこの剣もそうだ。

 超常なる者を傷つけることができるのではないかと考えていた。

 そしてそれはという小さな破壊であったが、確認することも出来た。

 ただ、名乗りを上げはしたが、力差は歴然だ。

 俺はチラリと惨劇があったであろう場所を見ると、そこでしゃがみ込み絶望している男を確認する。

 恐らくA級の一人で生き残っていることから戦える戦力があると思われる。

 彼が椿を連れて逃げてくれるのが一番なのだが……。


 「カドゥルーの加護を受けている訳でもなさそうだが……、その剣……。爪など幾らでも元に戻せはするが、不愉快だ。神具でもって蹂躙してやろう」


 刹那の間に思考を繰り返していると、先にカルラから俺へと声がかかる。

 そして破壊した爪を元に戻したかと思うと、フルートのような笛をその手に出現させた。


 「カルラ! お前はどうしてこんな事をする!」


 俺は何人もの死体を横目にカルラへと問いかける。


 「ふ、ふはは。実に……実に人間らしい問いかけだ。では逆に問おう。貴様は子供の頃に虫取りをした経験は? 魚を釣ったり捕まえたりした経験は?」


 「……何が言いたい?」


 「知れたこと。貴様は虫がキィキィと鳴いたり、魚が必死で暴れたら逃がしたか? それらの音や暴れは、助けを求めていたのに? 我からすれば人なぞ所詮その程度。では理解したら死ね! オン・ハキシャ・ソワカ」


 「矜一! その呪文は転移だと思う!」


 カルラが真言を唱えたと同時に椿から声がかかる。

 俺はカルラから一切目を離してはいなかったが、その姿を見失う。


 「パリィ」


 ガキンッ


 椿の叫びを受けて俺は咄嗟に防御スキルであるパリィを使った。

 覚えた当初は対面の攻撃しか弾くことができなかったパリィも、絶対的強者と戦う可能性を考えて今では360度をその防御はカバーしていた。

 俺は自分の背後から攻撃を受けたことをパリィの状態から理解する。


 (転移、ダブルスラッシュ)


 お返しとばかりにこちらも転移を使い、カルラの背後へまわるとスラッシュを放つ。

 しかしカルラは即座に反応をして向きを変えると腕を二回振るう。

 そしてその動作でこちらのダブルスラッシュを防いで見せた。


 「空間魔法か……。魔法もスキルも元を辿れば神の御業みわざだが、それ空間魔法は人が簡単に扱って良いものでもないのだがな」


 (まずい、影残!)


 俺の攻撃をいなし、空間魔法について語ったカルラの姿がブレた瞬間、危険を察知して俺は影残を使う。


 「グハッ」


 影残を使って回避をしたはずの俺に簡単に追いついたカルラは剣を横笛で弾くと、俺の顎を笛を持っている手とは逆の方で掌底突きしょうていずきし膝蹴りの合わせ技を放った。


 「矜一!」


 (転移)


 意識を失いそうになる攻撃を喰らい、俺は転移で距離をとる。

 強すぎる……。

 影残で移動速度は通常より何倍も上がっていたはずだ。

 それなのに簡単に追いつかれた。

 俺は行動の全てで転移を使うしかないなと思いながら、剣を弾かれて筋力でも打ちあうことができていなかったことに気が付く。

 

 幸いと言っていいのか、転移を使えばギリギリでカルラの攻撃を躱すことができた。

 だけど、このままでは体力か魔力が尽きた時点で負けてしまう。

 そう考えた俺は、身体強化アビリティライズと転移を使い剣で四方八方からカルラに攻撃を加える。


 アビリティライズによって身体能力が強化された俺は、全ての攻撃を笛で弾かれはしているが打ち負けはしていない。

 時折、攻撃魔法を使って攻撃が単調にならないように攻め続ける。

 

 「覚醒はしているようだが、差は歴然だ。まだお互いの実力が理解できてないわけではないだろう? 泣いて命乞いをするならお前だけは逃がしてもよい」


 「矜一! 私のことはもういいから!」


 全ての俺の攻撃を躱すか弾いていたカルラが俺へと話しかけて来る。

 そう、俺はカルラと対峙した時から……その少し前、椿が血を流しているのを見た瞬間から、既にヴリトラと戦った時のあの脳の中が弾けたような、全てが遅くなって見えるような状態になっていた。

 カルラの言う覚醒が不思議とそのことであるということを理解している。

 だけど、助けに来たのに勝てないから椿を見捨てるだって? それなら最初からここに俺は立っていないんだよ!

 

 カルラを見た瞬間に超常の者だということは理解してここに立ったんだ。

 俺がギシリと奥歯を噛みしめて自分の実力のなさを、相手に言われていることを受容する。

 だけど、差が歴然であったなら戦ってはいけないのか? 守りたいものでも見捨てなければならない? 

 力あるものから見ればそれは無駄な足掻きだと思うのだろう。

 それでも、最初から諦めるなら俺は……、椿にそんなことを言わせるためにここに来たんじゃないんだ!


 「何も言い返さないということは、どちらの選択も取れないということか? 逃げること、決意を翻すことを恥じとでも思っているのか? しかしその考えこそ間違いだ。それにもし我が約束を違えると思っているのなら……まあ、死にたいのならそれでよいか。迦楼――ん? なんだこのプレッシャーは!?」


 口から何かを吐き出して攻撃をしようとしていたカルラが急に上空を見てキョロキョロしている。

 なんだ? 何が起こった?

 今まで余裕のあったカルラが急に取り乱している。

 俺はカルラから目を離すことなく気配察知で周囲を確認するが、変わったものは……ん?

 この気配は!

 俺が気配を感じとった次の瞬間……、


 「Ninpō 奈落!」


 アステルの恰好をした今宵が、カルラの背後に短距離転移で現れて奈落を見舞う姿を見たのだった。


 

 

 



 

 

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