第164話 死兆星



 「アルコル? 急にどうしたの?」


 アルコルの唸り声に一同は反応をして上空を確認するが、特に変わったものはなかった。


 「ん? 涼子、そのワンワンが見て唸っている所へ矢を放ってみてくれ」


 「わかったわ。ショットアロー!」


 明らかに何もないはずの上空を警戒するアルコルとそこへ矢を放てという朧。

 佐藤は信頼をしている朧からの指示に、矢にスキルをのせて答えた。


 ガキンッ


 「「「!?!?」」」


 「ふむ。何かの気配に呼ばれた気がして下界に降りて来てみたというのに、随分なご挨拶じゃないか」


 佐藤の放った矢が弾かれた場所から声が聞こえたかと思うと、何もなかった空間が歪む。

 距離と見える大きさから恐らく3メートルほどであると思われる、鳥の頭部と人間の体に真っ赤な羽の生えた姿をした何かが現れた。

 

 朧は構えを取りながら、この敵について考える。

 普段、このフィールドにいるガルーダは体長10mほどの……セスナ機軽飛行機のような大きな怪鳥である。

 しかしながら、今見えるそれは大きさは普段の3分の1程しかない筈でありながら圧倒的存在感を出している。

 そして何より、A級の佐藤の放ったスキルを込めた矢はB級の魔物であれば倒すことは出来ずとも無傷というのはそうあるものではない。

 しかも今回は佐藤が得意とする上空の敵である。


 刹那の思考のうちに朧は考えをまとめた。


 「総員撤退する。生人いくとと涼子は悪いが、俺と共に殿しんがりだ。安城あんじょう本波ほんなみ丹場たんばの三人はレンたちを連れて先に帰還しろ!」


 「「了解」」


 「朧さん? 全員でかかれば問題ないのでは?」


 即座に了解と言った不死川と佐藤以外は、反論の声をあげた丹場と同じように全員でかかれば倒せるのではないかと困惑気味な表情で朧を見ていた。


 「チッ いいから黙って――」


 「オン・ガルダヤ・ソワカ」


 朧が説明すらせずに、撤退をさせようと声をあげた瞬間。

 圧倒的存在感を放っていたその敵は、その真言とともにそれまで隠されていた力の波動を解放する。

 それはまさに神の波動。


 「グッ、朧さん……」


 安城は片膝をつきながら、畏怖とすら言える波動を受けてクランリーダーの名前を呼んだ。

 そして周りを見渡せば、近くで立っているものはA級パーティの三人だけだった。


 「我が名はカルラ迦楼羅。神を前にして不敬であろう。消えろ」


 カルラはそう言うと、腕を一振りする。

 たったそれだけ、その動作一つで風が巻き起こると、それは風のやいばとなって朧たちへと降り注ぐ。


 「プロテクティブ ウォール!防護壁


 朧たちの近くまでその風の刃が到達するかという時、不死川がスキルを唱えそれを防いだ。


 「ほう? ただの通常攻撃とはいえ防ぐことができるとはな。んん? 前回下界に降りた時と同じ服装のやつらがいるな? それは流行っているのか?」


 どうやらカルラは椿たちが着ている東校の制服を見たことがあるようだった。


 「パワーアロー! 安城! 貴方がまとめて幽全に言われたように、ここから直ぐに撤退なさい!」


 「あ、あねさん。でもこいつ等……、俺を除いて恐怖で立ち上がれてすら……」


 安城の声を聞いた不死川は無言でありながらもどこか人を安心させるような魔力を動けない者たちへ放つと、椿たちは優しい魔力に包まれた。


 「う、うごける」


 「安城! 早く連れて行きなさい!」


 不死川の魔力で動けるようになった者たちを佐藤が叱咤する。


 「我がまだ話していたというのになんと無粋な」


 佐藤の矢を防いだカルラは、自分がまだ話している最中に攻撃を受けたことに怒り……良く聞こえなかったが何かを唱えて消えたかと思うと……、


 「グフッ……」


 安城の腹からカルラの腕が生えたのだった。


 「「う、うわぁああ!」」


 自分たちのパーティのリーダーが簡単に致死のダメージを受けたのをみた本波と丹場は、椿たちのことなど無視をして逃げ始める。


 安城の目から既に光が失われていることに気づいた朧は、安城の腹から出ているカルラの腕を見ながら魔法を放った。


 「ウインドカッター!」


 「ふむ。その判断や良し。今までで一番我に攻撃が当たる可能性があったぞ」


 朧のウインドカッターは既に死亡している安城を真っ二つにしたが、カルラは既に上空へと移動していた。

 そして腕を二振り。


 「ガハッ……」


 「どうして……」


 逃げる本波と丹場はカルラの腕から放たれた衝撃波によって崩れ落ちる。


 「ああ……嫌だ。痛てぇ、痛てぇよ。死にたく――」


 本波は即死であったが、丹場への攻撃は少しだけズレていて腹を引き裂き内臓が飛び出して少しの間もがき苦しみ息絶えた。


 「ぐっ……」


 丹場のすぐ後ろにいた椿は、丹場を狙った衝撃波の余波を受けて片足が大きく切り裂かれ血しぶきをあげる。


 「椿! ヒール! ヒール!」


 大きく切り裂かれた傷の状態から一ノ瀬は一度では足りないと二度ヒールを唱えるが、それでも完全に治癒することはなく血が流れ出ていた。

 それを見たレンと堂島は同時に自分のポーションを使い、流れ出る血を止めることには成功するが……。


 「うっ……」


 本来ならばヒール二回、低級ポーション二本という過剰な回復を受けたにも関わらず、何らかの攻撃の効果なのか椿は歩くことができなかった。


 「レン……。置いて行ってくれ。私がいては足手まといになってしまう」


 「何を馬鹿なことを! 仲間を置いていけるわけがないだろう!」


 「そうよ椿! 何を言っているの!」




 椿だって一緒に逃げたい。

 でも、一度目の野営のあの状況がお遊びと思えるだけの絶望が、たった一体の敵によって引き起こされてしまっている。

 心が勝てないと叫んでいるのだ。

 絶対に敵対してはならない、アレはそういうモノだと心が理解してしまう。

 自分たちより実力があったはずの安城・本波・丹場は既にいない。

 椿は実際に人が目の前で死ぬのを見ることが初めてにもかかわらず、それに対して何かを思うことをこの状況が許さない。

 ただ、絶望の中で幸いと言って良いかはわからないが、トワイライトのクランリーダーの朧や不死川、佐藤はカルラの攻撃を防いだり、逆に攻撃を仕掛けることができている。


 朧たち次第で、レンたちは逃げられる可能性がある。

 椿だって命は惜しい。

 でも……昨日の夜に葵に言われた「蒼月君だって努力していたんだよ」という言葉。

 それによって、客観的に見られていると信じていた自分の心はそうではなかったことに気が付けた。

 敵の強さは全く違っていても、矜一がゴブリンによって死にかけたということを聞いた時に、椿は矜一を心配するよりもこれで彼から離れられるかもしれないと思ってしまった。

 幼い頃、自分をずっと……ずっと守ってくれていた矜一だったのに!

 これは自分に対する罰なんだろうと椿は思う。

 自分に対する罰であるならば、気の許した仲間たちには関係がないはずだ。


 「葵……。話を聞いて。わかっているだろう? レン、皆を連れて逃げてくれ!」


 逃げなければ死ぬだけだということがわかっているはずだと椿は葵の目をみて話し、レンに逃げるように声をあげる。


 「だめだ! 仲間を見捨てることはできない!」


 椿がレンの言葉に反応してそちらを見ると、レンは震えながらも自分を見捨てることは出来ないと言っている。

 中学の時……、椿も矜一が悪口を言われていたことに対してもっと周りに反論をしていたら、もっと寄り添っていたならば、矜一は自分のした努力を椿に話してくれていたのだろうか?

 でも……もう全てが遅い。

 それならば自分がここで死んだとしても、親友の葵や仲間のレンたちだけでも助かってほしい。

 椿はそう願わずにはいられないのだった。


 「レ、レン。椿もこういうてることやし……」


 「榎本! お前!」


 逃げようという榎本にレンは反抗する。


 「レン! 見捨てるんじゃない。助けを呼んできてくれ。俺がここでその子を守って見せる。ギルドへは俺のギルドカードから救出を求めておくが、この異常事態だ。レン、お前がこの状況をギルドに伝えるんだ!」




 怪我をした椿を見捨てることができず、逃げることもしないレンたちを見て、朧はギルドへ助けを呼んできてほしいと伝えることでレンたちを逃がそうとしていた。

 A級のギルドカードから救出の連絡がギルドへ届くことなど普通はないだろう。

 朧は恥を承知でギルドカードに魔力を流し、ギルドへと救難信号を送るのだった。

 恥よりもプライド。

 朧の過去をクランメンバーが気にして勝手に起こした騒動であったとはいえ、それに巻き込んでしまった贖罪としてレンたちの野営に付き添ったのだ。

 そうであるのに、彼らを死なせることはA級のプライドが許さない。


 その声を聞いたレンたちは、椿に一言二言声をかけると、仲間を伴って長いこの12階層の道のりを戻っていくのだった。


 

 「ふむ。そろそろいいかな? しかし、その動けない者が着ている服の集団は面白いな? 切り捨てて囮にするか、助けを呼びに行くという名目の違いがあったとしても、一人だけ残して行く状況は前回と同じだ。前回は我がただ舞い降りて立っていただけで恐怖から一番強そうだった女を切りつけてな。必死で逃げて行きおったわ。不愉快だから消し炭にしてくれようかと思ったが、なぜか見捨てられた女が立ちはだかってなぁ。しかもその女は覚醒・・までしおって急に強くなりおった。人とは、げに面白きものよな。まあ……、その女も腕を無くし足を無くした頃には、ゆうちゃん助けて ゆうちゃん助けて と泣き叫んで五月蠅いから頭から喰ろうてやったが」

 

 椿とレン、朧のやり取りに干渉することなく上空で佇んでいたカルラは、前回ダンジョンに顕現した時に似たような状況であったことを思い出し、面白そうにそれを口にした。


 「ハハハ。お前か。お前がぁああ゙ー! かえでったのか! 絶影!」


 かつてこの東京ダンジョンの12階層で消息を絶った東校の女性徒がいた。

 彼女は朧の幼馴染であり、恋人でもあった。

 だから自分とずっと一緒に歩んでいくものだと朧はそう思っていた。

 しかし、それは唐突に終わりを告げる。

 10年以上前のことではあるが、このカルラの語る内容で『ゆうちゃん』と来れば、もはや疑いようもない。

 愛した女性の仇を前に、朧は激昂げきこうしカルラに迫った。


 瞬時に上空にいるカルラの下へと到達した朧は、カルラに剣を振るうがその剣は躱されて当たることがないまま、重力により落ち始めてしまい朧は無防備となった。


 「コンセントレーション! パワーアロー! 6連射!」


 朧の危機と見た佐藤は、自分が打てる最大の矢の数をスキルと共に放ち朧を援護する。


 それらの矢は『ガンッ』という音と共にカルラの爪によって全て弾かれはしたのだが、その援護のお陰で朧は地面へと降りることに成功する。


 「降りてこい! お前は楓もそうやって卑怯にも空から攻撃して倒したんだろう!」


 朧はただのイチャモンとわかっていても上空にカルラがいる以上、それに対してアドバンテージがある戦いができるのは佐藤だけであり、少しでも煽ることによって状況を打開できないかと考えたのだ。


 「ふむ。激昂しても冷静になれるその精神力はなかなかのものだ。お前たち三人はそれなりの経験を得て来ているようだが……、このカルラが降りて戦うなら、まずその女に消えてもらおうか。オン・キシハ・ソワカ」


 カルラが真言を唱えると真っ赤な羽が幾重にも佐藤に降り注いだ。


 「プロテクティブ ウォール!」


 その攻撃を不死川がスキルで防ぎ、移動してくるカルラに向かい佐藤は魔力を乗せた矢を放ち、朧も自身最大のスキルを使ってカルラに迫った。


 「マジックアロー!」

 

 「朧月夜」


 佐藤の矢を防ぐなら朧の攻撃が当り、朧の攻撃を防ぐなら、佐藤の矢がカルラを貫くことになる。

 これまで散々パーティとして連携をしてきた三人だ。

 阿吽の呼吸でそれぞれに合わせてカルラへと迫る。


 「オン・ハキシャ・ソワカ」


 二人の攻撃が届くその直前にカルラが真言を唱えると、その姿はかき消え佐藤の後ろに現れたかと思うと、腕を横に一閃する。


 「あっ……」


 「「涼子!!」」 「涼子さん!」


 朧と不死川、そして椿の目に映るのは上半身と下半身に両断されズレ落ちる佐藤の姿だった。


 「ゆうぜん……わたしは貴方のこと……」


 朧へ最後の声を発しながら、ドサリと両断された佐藤の上半身と下半身は落ちて、血で地面を真っ赤に染める。


 「あ゙、あぁああっ! 涼子、涼子ぉ!! シールドバッシュ!!」


 「迦楼羅焔かるらえん


 シールドを構え突撃してくる不死川を前に、カルラは口を開けて金の炎を吐いた。


 「ア、アアアァ……、熱い、あつ……」


 金の炎をシールドで受けた不死川は消えることのないその炎に包まれて黒焦げとなって生命活動を停止する。

 本来、シールドバッシュというスキルは盾で攻撃する手段の一つでもあるのだが、攻撃をするということは絶対に破られない防御力も備えていた。

 そうであるにもかかわらず、カルラの炎を防ぐことは出来ずに不死川は命を落とした。


 「あ、あぁ……涼子……生人……」


 朧はヨロヨロと佐藤と不死川の下へ向かう。


 「ふむ。いくら精神力が強くとも頼れるものをなくし戦意を喪失したか。ならば先にこの娘の方でも喰らって……」


 カルラは涙で泣きはらし、既に声をあげることも出来ない状態の椿に近寄ろうとするが……、


 「グルルルゥゥ!! ウォォーン!!」


 絶体絶命の椿の傍でずっと主人を守っていたアルコルが声をあげたかと思うと、その姿を一回りも二回りも大きくしてカルラの前に立ちはだかる!


 「ふ、ふはは! 神気に当てられてまさか犬畜生いぬちくしょうが進化を果たすとは! しかも覚醒までしている!」


 ガルルゥ!


 アルコルはカルラが話しているのもお構いなしに攻撃を仕掛ける。

 カルラはアルコルの噛みつきを躱したり、ひっかくとは言えないような強さの攻撃を爪で弾いたりと朧たち三人で戦っていた時と同じかそれ以上の戦いを繰り広げていた。

 


 

 椿は足を怪我して逃げられない状況になった時から、既に自分の罰であると死を受け入れていた。

 それなのに、綺麗で強く優しかった佐藤や全てを守ってくれそうだった不死川まで死んでしまった。

 さらにはアルコルまでもが自分のために戦っている。

 自分はもう動けないの、逃げてほしいと椿は一心腐乱にアルコルに向けて祈っているのにそうしてもらえない。

 椿とアルコルは精神的なパスで繋がっている。

 だから、椿がアルコルに対して逃げてほしいと思っていることは絶対に伝わっているはずなのだ。

 それなのに! アルコルから伝わってくる感情は、絶対に大丈夫だから、助かるから という感情だけが返ってくるのだ。


 「あぁ……お願い。逃げてよ……」


 椿の声も虚しく、アルコルはカルラと戦い続ける。

 10分ほどだろうか? カルラと戦い続け傷を負って圧倒されはじめていたアルコルはピクリと耳を動かすと、何かを気にした後に天に向かって大きく吠えた。


 「ウォォーン! ウォォーン!」


 アルコルは誰かを呼ぶように、自分はここにいるぞ! とでもいうような遠吠えを何度も何度も繰り返す。


 「ふむ。最期の遠吠えか。良いだろう。カルラ最大の技でもって仕留めてやろう。迦楼羅焔かるらえん!」


 カルラの口から放たれた金の炎はアルコルを包み体を黒焦げにして行くが、アルコルはそれでも遠吠えを続けそして魔石となった。


 「あ、あぁ……」


 うな垂れている椿に向かって、カルラはアルコルの魔石を放り投げる。


 「アルコル! アルコル!! どうして……どうして私なんかのために……」


 椿はカルラに投げられたアルコルの魔石を胸に抱くと、アルコルの名を呼び続けるのだった。


 「はぁ……。お前のそれは命を主人のために賭けて戦った者への冒涜だ。先の犬畜生の心意気に免じて逃してやろうかと思ったが……、止めだ。ここで死ね」


 カルラはそう言って、椿の下へと近寄るのだった。

 


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