第163話 嵐の前
ピピピッ ピピピッ
午前5時30分、前日に決めた全員の起床時間になると、椿たちの端末のアラームが鳴り響く。
「んんっ……」
佐藤涼子は妖艶な声をあげながら目を覚ます。
佐藤は、はだけて肌が少し露出している服を元に戻すと、マジックバッグから朝専用のシートマスク……フェイスパックを取り出すと装着した。
これはたった30秒で、洗顔・スキンケア・保湿下地ができる女性必須の時短アイテムだ。
その間に歯を磨き、髪をまとめる。
それが終わると、佐藤は化粧水・美容液・乳液・クリーム・パック・化粧下地の役割があるジェルを塗ってから、ベースメイクを施すと何処へ出ても恥ずかしくないレベルの状態に仕上がるのだった。
この間わずか3分。
ほんの少しだけ遅れて起きた椿と一ノ瀬は初めから見ていたわけではないが、パックをしている所から見ていて目を丸くする。
「あ、おはよう。椿ちゃんと葵ちゃんもする?」
「「おはようございます」」
そして椿と一ノ瀬は、ダンジョン内での探索の知識だけではなく、身だしなみの整え方や探索中に女性が困ることの対処法を教えてもらうことになり、終生この出来事を彼女たちは忘れることはなかった。
「ふふ、こういうのって中々聞きにくかったりするだろうから、困っている後輩ができたら今度は貴女たちが教えてあげるのよ」
「「はい」」
椿がテントの外に出ると、寝そべっていたアルコルが立ち上がって足元にやって来る。
「守ってくれていたの? ありがとう」
椿はそう言ってアルコルを撫でると、アルコルは目を細めて喉を鳴らすのだった。
その後はテントをたたみ、カロリーフレンド的なもので軽く朝食を椿たちが済ませると、朧がこの後の予定を話し始めた。
「今日の予定はこれから2時間ほど移動した所にある
「「「はい」」」
移動を開始してしばらくすると、椿と一ノ瀬はレンや堂島、榎本とやたら目が合うことに困惑していた。
「どうしたの? あたしたちに何かあるの?」
一ノ瀬は見られている理由がわからずに、気になり直接男子三人へと声をかけた。
しかし、「え……」とか「いや……」という返事でしか返ってこず、ハッキリとしない。
自分たちの近くには佐藤もいるため、もしかしてパーティ内だけで話したいことでもあるのかと判断した一ノ瀬は椿へそれを伝える。
「ねぇ、椿。男子たちってパーティで何か会話をしたいんじゃない?」
「そうなのかな?」
それを聞いていた佐藤は、悪戯をしそうな笑みを浮かべながらそれを否定した。
「違うと思うわよ。椿ちゃんと葵ちゃんが綺麗になってるから気になってるのよ。若いわよねぇ」
佐藤は昨日、自分に向けられていた視線と同じだから……という言葉を飲み込みながら、見られている理由を二人に教える。
「「え!?」」
男子にも届く声で佐藤は話していて、それを聞いて椿と一ノ瀬が声をあげて男子三人を見ると、顔を赤面させて逸らすのだった。
そう言えば、と椿は思う。
矜一たちと野営をしていた時に、猪瀬さんは化粧をバッチリと決めていたし七海さんや葉月さんも薄くナチュラルメイクはしていた事を思い出す。
実の所、七海と葉月がナチュラルメイクをし始めたのは最近で、余裕のある階層に行く時だけだったりするのだが、椿がそれを知るのはもう少し後である。
「そう言えば、猪瀬さんはバッチリだけど、七海さんや葉月さんも薄っすらとメイクしてたような? それでレンや海斗は彼女たちをよく見ていたの?」
「つ、椿!? い、いや……それは……」
「そ、そうだぞ。俺たちはそんな邪な気持ちで女子を見たりしない!」
椿は気になった事をレンと堂島に聞くと、彼らはしどろもどろに返答する。
「七海さん可愛いよなぁ。大きいし。身だしなみもしっかりしてて最高やな!」
「「サイテー」」
榎本の言葉に椿と一ノ瀬は軽蔑した目をしながら榎本を非難する。
「でもさ、椿。東三条さんはスッピンだったよね? それなのにほんと綺麗だよね~」
一ノ瀬が東三条の素肌の綺麗さを思い出してウットリとしながら椿に話しかける。
「たしかに。でも今日教わったことを東三条さんがすればもっと……」
「あはは、化粧は教え合って覚えるのが一番よ」
椿と一ノ瀬の会話を聞いていた佐藤は化粧のコツは教え合うことだと言う。
そうし合うことで仲良くなれたりもして一石二鳥なのだそうだった。
椿はさすが、大人の女性だなと佐藤を見てしきりに感心するのだった。
特に危険もなく2時間ほど移動し、キャニオンへと到着した椿たちは少しの休憩を挟んでガルーダのいる奥へ向かうことに決めた。
10分ほど休憩をしていると、アルコルが突然上空に向かって吠えながら警戒する。
「グルルゥゥ!!」
椿たちはアルコルのその反応で一気に警戒態勢をとり、何もない上空を見上げるのだった。
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