第162話 カミングアウト

 昼食を食べ終えた椿たちは朧の先導のもと、13階層への魔法陣があるビッグロックを目指す。

 道中でラクダに似た魔物のラダックや草むらと体の色が同化した上に気配も読みにくいガラドク蛇との戦い方を教わりながら、椿たちには充実した訓練となっていた。

 

 特にガラドク蛇においては、椿たちだけでは被害を受けていた可能性が高いと思わせる隠密性を備えていた。

 野営をするにあたって、朧からは解毒ポーションを持ってくるように言われていたのは毒の効果も強いガラドク蛇のためだったのかと納得する。

 6階層のシロダイショウやブルースネークにも多少の毒はあるのだが、ガラドク蛇ほど隠密性も高くなく、また毒の効果も死に至るほどでもなかった。


 椿は初対面の時から朧の印象があまりよくなかったのだが、ここまで自分たちに細やかな配慮をしてくれることに驚きを隠せず、自分の人物評価は本当に当てにならない・・・・・・・なと思うのだった。


 朝からの移動で体力的にもかなり厳しくなった頃、やっと遠くからはその存在がずっと見えていたビッグロックに到着する。


 「後はここを登るだけか。それにしても疲れた」


 「ああ、朝からこの距離を移動したのは初めてじゃないか?」


 「ほんま佐藤さんたちが居てくれて助かったで」


 これから登ることになるエアーズロックによく似た大岩を前に、気温が35℃を超える灼熱の大地を移動してきたレンと海斗、榎本は芸術のような壮大な岩山を前に話す。

 実際にはエアーズロックのような一枚岩ではなく、ところどころに背の高い樹木が連なっている光景は、ダンジョンではなく地球上のどこかにあれば有名な観光地となっていた事だろう。


 「いやお前、トワイライトのリーダーがいる所で先にあねさんの名前をあげるってどういうつもりだ?」


 榎本は佐藤だけに感謝をしたわけではなかったが、所属するクランのリーダーがいる前でそれを差し置いて佐藤の名前を出したことに本波は声をあげる。


 「あ、いや……。すんません。そういうつもりでは」


 「おいおい、それだと俺が狭量みたいだろ。お前らだって美人な涼子にいつもデレデレしてるのは俺を軽視してるんじゃないのか?」


 謝る榎本を見た朧は、雰囲気を悪くしないようにリーダーとして割って入る。


 「あ、朧さん。俺たちは別にデレデレなんて! あねさんはだって……」


 「本波? 何を言おうとしているの? って幽全が私のことを美人って」


 「ほら、幽全もこう言っていることだし……おい、涼子も落ち着け。だらしない顔を晒すんじゃない。ハーピーは涼子が一番活躍できるところだろ」


 なぜか朧の言葉に反応した佐藤を不死川がおさめた。

 悪くなりそうだった空気は霧散し、さらにはこの時間がちょうど良い休憩となった椿たちはしっかりとした足取りでビックロックを登り始めるのだった。



 「ハーピーが来るぞ! 涼子は4匹頼む! 俺と生人いくとで3匹、安城たちとレンたちで1匹ずつだ!」


 「「「了解!」」」


 登山も中ほどに差し掛かった頃、10匹のハーピーが椿たちへ向かってくる。

 それを確認した朧が即座に指示を出して、3つのパーティは坂道となっていて足場が良くない中、その指示通りに動く。


 「コンセントレーション!集中


 佐藤はスキルを唱えて弓を4度射ると、それは外れること無く4匹のハーピーに当たり倒すことに成功した。


 「ウインドカッター!」


 佐藤がスキルを唱えると同時に朧も風魔法を使って1匹を仕留める。


 「凄い。よし、俺も! 役割を俺一人で終わらせたらごめんな。アイスブリット!」


 海斗は椿たちパーティメンバーにそう軽口を叩いて迫りくる1匹に魔法を放った。


 「チッ 浅いか」


 海斗の氷魔法はハーピーにダメージを与えたが、倒すまでにはいかず椿たちの目の前までやって来ていた。


 ガンッ


 レンの盾にハーピーは阻まれる。


 「やぁ!」 「せいっ!」


 その一瞬の隙をついて椿は右から、榎本が左からハーピーに切りかかり一匹を仕留めるのに成功するのだった。


 「ふぅ。一匹でこれだと13階層は私たちにはまだ無理かな」


 椿は戦闘を終えてそう呟いた。

 朧と不死川、安城、本波、丹場もそれぞれが既に戦闘を終えていて、戦闘結果は圧勝といえた。

 だが、本来のワンパーティでここに来ていたならば、10匹全ての対応を椿たちはする必要があり先ほどの戦闘を顧みれば、2~3匹までなら何とかなるかもしれないが、それ以上は厳しいと感じざる得なかった。


 「まあ慣れだよ。なぁ幽全。次は涼子を抜いて三羽烏の三人と俺たち二人の五人でこいつらに戦い方を見せてやるのはどうだ?」


 椿の呟きを拾った不死川が、朧に戦闘の参考になるように椿たちにみせてやってはどうかと提案する。


 「まあ涼子がいると上空の敵には圧倒的か。よしじゃあそれで次はやってみるか」


 朧も不死川の提案に賛成する。

 そしてその後はその言葉通りに朧たち五人で椿たちと似たようなスタイルで戦闘をしてくれたのだった。

 非常に参考になる戦闘を見せてもらった椿たちは、その後に少しずつハーピーの対応匹数を増やし戦闘に慣れたころ、13階層へと行ける魔法陣前へと到着した。


 「なんとか日が暮れる前に到着したか。良し、お前ら! この付近なら魔物もあまり襲ってくる事はない。テントを立てたら夜番の順番やこの後と明日の予定の会議をするから集まれよ」



 朧の言葉から椿たちはテントを二張り建てると、朧たちのもとへと向かうのだった。

 佐藤を含めた椿たち女性陣の夜番は一番楽な最初となった。

 一番キツイ二番目に朧と不死川とレン、3番目に海斗と榎本そして三羽烏(安城・本波・丹波)の五人という順番に決まる。

 ちなみに佐藤は椿と一ノ瀬と同じテントで寝ることも決まっているので、朧が女性に配慮した形と言えるのだった。


 そしてその後は夜食を食べたり、佐藤と不死川が椿たちを誘ってハーピーと戦闘訓練をしたりして椿たちの夜番の時間を向かえた。

 テントから少し離れた焚火台を前にして、椿と一ノ瀬、そして佐藤は女子トークに花を咲かせ始める。


 「ねぇねぇ。ここだとみんなに声は届かないからから聞くけど、椿ちゃんの幼馴染君との関係ってどうなの?」


 横で寝そべっているアルコルを撫でていた椿は、一度終わった話を佐藤が再び持ち出したことに驚く。


 「あ! やっぱり涼子さんも気になりますよね! でもこの間まで幼馴染と言う話もクラスには全然知られていなかったんですよ」


 「葵? だからその話は止めてって」


 「あ、色恋を聞かれるのは嫌だよね。椿ちゃんごめんね? でも幼馴染ってだけでいなくなってもずっと幽全の心を占有しているなんでズルいじゃない。どんなに頑張っても届かないのは辛いわ」


 幼馴染は生きて居て既に破局をしているのに、朧がまだ未練タラタラなのだと勘違いをしている椿と一ノ瀬は佐藤の唐突なカミングアウトに戸惑う。

 ただ、佐藤の本音を聞いた椿もまた、それに応えるようにポツポツと矜一のことを話し始める。


 「矜一は……、あ、幼馴染の名前なんですけど、家が近所で幼い頃から家族のような関係だったんです。中学生に上がる頃までは人気者で勉強も運動も何でも一番で。

 それで矜一をとられたくなかった私は、このお揃いの指輪を矜一に渡したんです。

 でも、矜一は指輪を受け取ってはくれたけど、ずっと私を家族のように扱って気持ちをわかってくれなかった。ステータスを得てからは、矜一はレベルが上がらなかったから、頑張るように応援もしたし期待もしたけど頑張っているようには見えなくて。その頃から、私も薙刀で成果がでたりしたことで矜一を避けるようになって……。それで東校に受かれば離れられると思って受験をしたら矜一も受かって……」


 指についた指輪を触りながら、椿は最後は消えいるような声で矜一の話を語る。

 そしてそれを聞いた一ノ瀬は、椿のこういう態度は珍しいなと感じながらもイライラとした表情で椿に話しかけた。


 「それって蒼月君が何でも出来たから好きだったけど、そうじゃなくなったら嫌いになったってこと? 椿のそれはおかしいよ! 蒼月君が頑張らなかったってそんなことはないと思う。だって、成績が落ちていたのに東校へ受かっていることがその証拠だよ! 見えない所で努力したんだと思う。今だって入学当初の評価からは真逆のようになってるじゃん。ずっと努力しているんだと思う!」


 普段はこんな物言いをしない一ノ瀬の話を聞いて椿は衝撃を受けていた。

 たしかに、国の最難関と言える東校に成績の落ち始めていた矜一が、何もしていない状態で受かることはありえない。

 考えれば簡単にわかることだし、椿は周りに対して客観的に見ているように思っていても、矜一に対してはそうではなかった。

 そして、昔を取り戻しつつある最近の矜一をみて胸のざわつきを覚えていた椿は、一ノ瀬の言った何でもできる矜一の上辺だけを見ていて影の努力や気持ちを考えていなかったことに気が付いた。


 「私はなんて愚かな……」


 幼馴染との惚気のろけ話を聞くことになるだろうと思っていた佐藤は、自分のカミングアウトから重い話が飛び出して内心でアタフタとしていた。

 10歳以上年の離れた一ノ瀬は他人がしているはずの影の努力に言及し、椿はその言及によって自分の間違いに気が付けている。

 自分が高校一年だった時よりもよほどしっかりしている様を見せつけられた佐藤は、この野営が終わったら自分の気持ちを積極的に朧に伝えて行こうと決意するのだった。


 「な、なんかごめんね? 幼馴染でも色々あるんだね。影の努力か。うん、そうね。私も頑張るわ」


 椿たちはその後も様々な話をし、仲を深めて夜番の時間を終えた。

 時折、耳をピクピクさせて主人たちの話を聞いたアルコルもまた椿たちの眠るテント前へと移動すると守るように横になったのだった。





 一方その頃少し時間が巻き戻った19時ごろ、沢城芽里めりの報告を聞いた東三条は、水着に着替えて室内プールへとやって来ていた。

 今宵たちは三人の秘密と思っている昼の出来事ではあったが、当然の話ではあるが東三条家ではお客に対して使用人を付けている。

 今宵たちがハシャいで遊んでいたプールサイドには沢城芽里がいて一部始終をみていたのだ。


 「なるほど。たしかに今宵ちゃんの言う片足が沈む前にもう片方の片足を出せば、水面を走れる……。これは盲点でしたわね。今のレベルの上がった私様ならできてしまうのでは!? 話しを聞く限り助走をつけなかった事が今宵ちゃんの失敗ですわね。少しだけはしたないですが、仕方ありません」


 東三条はそう言うと、プールサイドから助走をつけて勢いよく――――


 「あ、お嬢様そう言えば……」


 「え?」


 直前で話しかけられた東三条は一瞬気を抜いてしまい、ジャンプするために踏ん張っていた片足を滑らせる


 バシンッ


 「ぶくぶくぶく……ゲフォォ!」


 足を滑らせて水面に平行にビタコーンと顔面から落ちた東三条は、お嬢様が出してはいけないせき込みをしながら立ちあがる。

 それを見た沢城芽里は……、


 「お嬢様の黒い歴史がまた一ページ」


 この夜の出来事を知るのはここにいる二人と、監視カメラの映像を見ていた護衛たちだけである。






 ――――――――――――――――――――――――――――――

 本文外。人物相関図。

 不死川 生人→佐藤 涼子→朧 幽全→(すでにいない幼馴染兼恋人の女性)


 12階層より熱い日がありますが、水分補給をして熱中症に皆様お気をつけ下さい。

 

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