第156話 ヒーローは遅れてやって来る……ハズがヒロインが!?

 ☆☆☆


 「皆、いつも通りの陣形で対応しよう! 蒼月君が周りの魔獣を間引きに行ってくれたから堪えていれば勝てるよー!」


 「おう!」 「「うん!」」 「ですわ!」


 矜一が野営地からいなくなってからすでに数十分、七海はいつものダンジョン攻略と同じような感じで攻略道のメンバーに檄を飛ばす。


 「暗いから急に現れてくるように見えて一歩遅れちゃうし! どうしたら!」


 「里香さん落ち着いて。ミスをして後ろへ抜けさせても構いませんわ。私様がいますもの」


 「あまちー!」


 「それにしてもやはりあちらのパーティは凄いですわね。個々では明らかにこちらが上でありますのに、夜戦に慣れているのか連携でそれをカバーしていますわ。それにあのヒーラー……。あの方がいることで多少の傷を受けても維持できている。これは私様も見習う所がありますわね」


 戦い始めた当初はそこまで多くなかった魔獣も時間が経つにつれてどんどん増えて来ていた。

 その一方で、九条レンのパーティは夜遅くまでダンジョンを攻略していることもあって、夜戦にはある程度はなれていることもあり、昼間と同じような成果をあげることに成功していた。

 しかも一時は女子のテントを収納する時間があったほどだった。

 


 「この数のウルフの中を蒼月君は一人で? 信じられないが、明らかに蒼月君が向かった方向からは魔獣が来ない。ここは信じてそこを背に戦うか。皆! 僕の後ろにいつも通りで! 正面は任せてくれ。数が多いから左右を抜けられたらそこを海斗と椿、榎本で頼む。ただし榎本は葵を優先! 葵は誰かが傷をおったら順次に回復を頼む!」


 「「了解」」 「はいな!」 「うん!」


 個人個人にまだ余裕があるダンジョン攻略道のメンバーと違い、九条レンのパーティからすれば既にここは死地であった。

 それでも矜一が倒しに行った方面とダンジョン攻略道が戦っている場所からは敵が来ることがなかったために、彼らはこれまで培ってきたパーティでの連携力を発揮して戦線を維持することに成功していた。

 当然のことながら、攻略道のメンバーも九条のパーティも1,2匹のウルフであれば一切の問題はない。

 ただ……それが一度に一人あたり5匹、10匹なら? 

 戦闘は個での戦いから群への戦いへと変遷へんせんしていく。


 「くそっ、後ろに抜ける数がっ」


 「ダブルスラッシュ!!」 「アイスブレット!」


 「椿! 海斗!」


 「レン! お前が諦めてどうするんだ。向うを見てみろ。負けているぞ!」


 レンが多くの魔獣を後ろにそらした所を椿と海斗が援護をして、その後に椿の叱咤が入る。

 椿は薙刀を使いその間合いを生かすために少しパーティから離れているが、薙刀であるにもかかわらず、剣術スキルと剣士というJOBについているために剣とは違った軌道でスラッシュを放つことができ、しかも威力が通常よりも高かった。

 その特性を生かして、アタッカーとして多くの敵を倒す椿はレンのパーティでも一番の成長を見せていた。

 レンは椿の叱咤を聞いて、水戸たちをチラリと確認する。


 「盾の扱いは水戸君より僕の方が早くやっているんだ。負けるわけにはいかない! しかし、東三条さんだけじゃなくてみんな凄いな。明らかに僕たちより動きが良くないか?」


 「レン! 椿の見てみろというのはそう言うことじゃないだろ! 自分たちも頑張ろうという意味だぞ!」


 レンが水戸達を見て、個々の動きが自分たちを越えていると感じたレンはつい言葉に出してしまったが、海斗にそれを拾われ注意される。


 「わかってる。魔獣にも水戸君たちにも負けはしないよ! ここまで戦っていて気が付いたんだけど、ウルフ系が6匹くらいの群れで来るときにはリーダーがいる感じだ。僕がやれるときは優先的に倒すけど、遠くにいる場合は指示を出すから海斗の魔法か椿のスキルで対応を頼む!」


 「「了解」」


 レンはそう言うと、盾を構えながら敵を屠るのだった。

 レンのこの見極めの判断は、この戦いで非常に有効なものとなる。

 狼などの群れには確かにリーダーがいるのだが、その見極めは容易ではない。

 レンは窮地に陥ることによってその見極めを覚え、これによってレンのパーティよりも個々の能力差が高い攻略道のメンバーの成果にも離される事なく戦うことができたのだった。


 そこからさらに攻略道のメンバーと九条レンのパーティは1時間以上の戦闘を続けて、既に何百体の魔獣を倒したかわからない数を討伐していた。

 ダンジョンに吸収され始めている個体も多く、正確な数はもはやわからない。


 「ああ……ワイらのテントが! 離れて戦っていたのにもう破れて使い物にならへん」


 「馬鹿、榎本! 集中を乱すな! ぐっ」

 

 「す、すま……ぐぁっ……」


 「海斗! 榎本君! 葵、二人の回復を頼む! スラッシュ!! 椿! 二人の抜けた穴を一時的に僕たちで!」


 「わかった!」


 「ヒール! ヒール!」


 椿たちは矜一の間引きやダンジョン攻略道、レン達の協力もあってテントをしまうことに成功していたが、九条君たちのテントは唯一たてられたままで無残に壊され破られて荷物が散乱してしまっていた。

 それをさらに原形をとどめないレベルで壊された所をみた榎本君は、自分たちの荷物を買い直す値段を考えてつい気をそらしてしまった。

 そしてそれを注意しようとした海斗もブラックウルフに噛みつかれ、榎本もまた噛まれて二人は負傷してしまう。

 今回の戦いで負傷をしても今までは一人ずつということもあり、他の3人がカバーをしてその間に葵が回復することで保っていたレンのパーティは一気に厳しくなった。



 「由愛! あっちが崩壊しそう! このままだとこっちにも別方向から攻撃を受けることになるかも!」


 「……東三条さん! 私と一緒にあちらの援護で魔法をお願いー! ウォーターカッター!」


 「わかりましたわ! フリーズ!」


 「助かった! ありがとう!」


 七海はレンのパーティたちと少し距離があったが、その崩壊を止めるために東三条と共に魔法を放ち、レンたちの負担を減らす。

 その瞬間、水戸が七海と東三条の一瞬抜けた穴をプロテクションを唱えながら自らの防御力を上げて埋める。

 レンたちはその援護を受けて態勢を整えることに成功するが……。


 グルルゥゥ!!


 レンたちの窮地を救い一時的に余裕が出来た瞬間、ウルフの唸り声が聞こえ……ダンジョン攻略道とレンたちのパーティは200匹ほどのフォレストウルフやブラックウルフに囲まれたのだった。


 「これは……まずいかもしれませんわね。暗闇で戦うことがこんなにハンデになるなんて。それにあの唸り声をした個体……、他のウルフも動きを同調させていますし、フィールドボスなのか明らかに他と強さが違いますわ」


 「そんな……でも耐えてさえいればきっとあおっちが……」


 「もちろん私様たちはそれでも死にはしませんわよ。ただあちらのパーティは……この状況で何人か戦意を喪失してしまっているようですから……」


 何百匹というウルフに囲まれて、一度気をそらしてしまった榎本はこの状況を見て決壊する。


 「アハハ、これはもうあかんわ」


 「あたしも魔力が……ヒールも撃てないし、もうこれ以上は……」


 「まだだ! まだ負けてない! 僕の後ろに二人は下がっていてくれ! きっと守って見せる!」


 ウォォーン!!


 「くそっ、僕はまだ――「稲光!!」


 ドドーン!!


 それは一瞬だった。

 フィールドボスが遠吠えをすることによって200匹以上のウルフ系が襲い掛かろうとしたその瞬間、ボスウルフに向かって閃光が放たれたかと思うと、一撃でそのボスは倒される。

 そしてそれをなした人物は魔物の行動を威圧で止めて一言、


 「私が 来た!」


 そう言い放ったのだった。

 そしてそこからはその人物の蹂躙が始まる。


 「影残!」 


 「Ninpōニンポー 奈落!」


 ウルフの早さと群れに押されていた2つのパーティであったが、彼女にしてみれば自分の方がウルフよりも早く、群れと戦っている状態にはならなかった。

 スピードで上回り、1対1を繰り返しているのと同じ状態に戦闘を持ち込んだのだ。


 「す、凄い。僕は夢でも見ているのか海斗? あれってアステルだよね? いや女神さまか?」


 「あ、ああ……レン間違いない。アステリズムのアステルだ。いや女神だな」



 アステルが魔獣を一方的に蹂躙しているころ、矜一も9つの魔物寄せ器を回収しそれらの場所にいた全ての敵を処理して野営地に帰って来た。

 そしてなぜかアステルに変身した今宵が一人で敵を倒している姿を見るのだった。




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