第150話 ミーティア
今宵たちと野営をしてから6日が経ち、国立第一東校は昨日(土曜日)から既に夏休みとなっている。
そして今日、7月22日からは今宵たち中学生も夏休み入りした。
先週は夏休み前ということで、椿たちとの野営の話や部活動をどうするかなどそれなりに忙しくしていたのだが、世間ではもっと重大な出来事が起きていた。
それは『矜侍さん激怒事件』である。
現在ダンジョン内をLIVE配信ができるのは、国家で5ヵ国、個人では俺と矜侍さんだけなのだが、そのLIVE配信ができる国の一つであるロシアが国営でLIVE放送をできることを隣国に自慢して、しかもそれを笠に着て自国のダンジョン資源を高値で無理やりに買わせようとしていたそうだ。
そんな国同士の交渉の話をどこからか聞きつけた矜侍さんはそれに激怒。
自らのチャンネルで次の日までにカメラ発言を謝罪しなければ、LIVE放送ができるカメラをロシアから取り上げると発表した。
当然ロシアもそのままでは大国のメンツが潰れてしまうので、矜持さんが日本語を話しているせいかロシアは艦隊を北海道近くに展開させたり、ライブカメラを守る警備を増やした。
そして次の日の0時すぎ、矜侍さんはロシア兵や警備の銃弾の雨を難なく突破してカメラを回収し、その様子をLIVE配信したのだった。
そしてそのLIVE配信の最後には、
「国同士の諍いには興味がない。それぞれの正義があるだろう。だが……俺が貸したカメラを使って他国と交渉することは俺の矜持が許さない」
と決め台詞で締めくくられていた。
これが先週起きた「矜侍さん激怒事件」である。
ちなみに某掲示板では「矜侍だけに矜持が許さない!!」とお祭り騒ぎになっていた。
そう言えば、ニュースでその時のLIVE配信にスパチャを送ったのは日本人だけで、マジもんの銃撃戦のLIVE映像の中でスパチャが送られて名前やコメントが表示されていたことは、ガラパゴス日本という感じで世界で矜侍さんのニュースと同じくらい話題になっているそうだ。
「お待たせ、お兄ちゃん。宝箱でるかなー?」
今宵の支度を待つ間に先週のことを思い出していたのだが、どうやら今宵が来たようだ。
「確率が低いみたいだからどうかな? ってか今日は宝箱が狙いではなくて俺が新しく覚えた光魔法の試し打ちだぞ」
「なんかアイデアがあるんだよねー? 光魔法のレベル2がフラッシュで太○拳みたいなやつで、その次を試すんでしょー?」
そう、光魔法のレベル3で覚えた魔法はセレスティアル ライトヒートと言う、天空から一条の熱射が発射されるものだった。
これを変化させられるのでは? と考えたのだ。
母さんや今宵は魔力の強弱をつけることで魔法の威力を変化させたが、威圧や水戸君のプロテクションなどは範囲を絞ったり体を防護したりするわけだ。
これらは魔法の形を変えているのではないのか? と俺は想定した。
例えばシールドは強度を増すために魔力を使用するが、盾の形が多少違っていても全体が強化されている。
やはりこれも魔法の形を変えたものと言えるだろう。
「もーぅ。お兄ちゃん急に考え事ー?」
「あ、すまんすまん。魔法の威力が変えられるなら形やもっと言えば名称なんて自分で付けられるんじゃないかってな」
「うーん?」
「例えばファイヤーボールの形を矢に変えて撃てるとするよな? この名称は詠唱を兼ねている所があるから、基本的に無詠唱で発動させる時以外は唱える。だから矢の形をしたものでもファイヤーボールで撃てるはずなんだが、ファイヤーアローと唱えてもいけるんじゃないかっていう話」
「うーん? 今宵はまだ属性魔法が使えないから、わかるようなわからないような?」
「認識の問題であって、ファイヤーアローという魔法と認識をすればファイヤーアローが詠唱になって……。まあいい。とりあえず光魔法でそれを試すから」
「ほーい」
今宵の場合は実際に試している所を見せた方が早い気もするしね。
それだけで「わかったぁ!」とか言いそうだし。
ダンジョンに入り、20階層に移動してから敵を倒しボス部屋の前に到着した。
「じゃあ今宵、もしも何かがあった時のために動ける用意だけはしておいてくれ。ただ今回は一撃で決めるつもりで行く!」
「おー? お兄ちゃんがそんなことを言うのは珍しいね。わかった!」
今宵の了解をとった俺は、ボス部屋の扉を開けて今宵と二人で中に入るとヴァンパイアに近づきながら戦闘態勢をとった。
「性格がきつそうだけどすっごい美人さん!」
今宵の発言からわかるように今回のヴァンパイアは女性だ。
ヴァンパイアに明確な性別があるのかどうかはわからないけどね。
なんか魔物って両性具有で変化して騙してきそうだし。
ヴァンパイアもこちらに戦闘態勢をとって移動をしてきたのを確認して俺は叫ぶ。
「行くぞ、
俺は通常であれば上から一条の光熱線が対象に当たるセレスティアルライトヒートと言う魔法の名前を変えて、ヴリトラに使った
月輪はスパークした魔力が、小さな月のような黒い球体の周りにあって皆既日食を思わせるものであったが、このミーティアは光輝いた球状の魔法が上からヴァンパイアに落ちて貫いた。
「カッコいい! 一撃!」
ミーティアに貫かれたヴァンパイアは魔石を残して消滅する。
グロい美人さんは見たくなかったので結果オーライだ。
「出来た……。違いわかったか?」
かなりの魔力を込めたので、倒せたこともあって心地よい魔力の喪失感を受けながら、俺は今宵に魔法の変化に気が付いたがどうかを聞く。
「え? うーん? 元の魔法がどんなだか見たことがないから比べられない!」
「あー……。そうだった。次の時に見せるよ。この後どうする? キィちゃん達の方か攻略道の方のどっちかに合流するか?」
今日は日曜日で両親は18階層で休まず仕事(素材集め)をしているが、攻略道のメンバーと
まあ、もしかしたらまだダンジョンに来てない可能性もあるけどね。
本当は俺だけでボス戦をして試す予定であったのだが、一人では何かあると怖いと言って今宵が譲らず、それにキィちゃんとさっちゃんも付いて来ようとしたが、俺が色々試したくて2人を見ている余裕がないので二人には遠慮してもらった。
ついて来れない可能性を指摘すると、しぶしぶ自分たちの力を高めるためにマコト達3人とダンジョンに潜ることにしたらしい。
「でもお兄ちゃん、ダンジョンパーティの人数的にどっちもあぶれちゃうよ?」
そこなんだよなぁ。
なら父さんと母さんの所に行って手伝って、5時間後にまた周回でここに来るか?
「なら父さんとか‥「せっかくだし21階層に行きたい!」
父さんと母さんのパーティは余裕がありまくるのにナチュラルに省かれて今宵は21階層に行きたいと言う。
てか父さんは休日を設けないの? と俺が聞くと、ダンジョンにいる時点で休日みたいなものだろ? とヤバイ事を言っていた。
ブラックまっしぐらかな?
好きなものを仕事にするってそう言うことなの?
まあ、無理してないならいいけどね。
「じゃあ21階層に行くか」
「うん!」
俺は魔石を拾うと、休憩をしながら21階層の話をする。
「21階層は基本的に2体のスケルトンナイトか、杖を装備して魔法を使ってくるレッサーヴァンパイアが相手になる。情報だとたまにこの3体が同じ所にいて、連携してくるから注意が必要とあった。スケルトンナイトの方は、持っている武器で相手がどういうタイプかを判断するみたい。レッサーヴァンパイアの魔法は俺たちなら使う前に魔力感知で属性判断できるけど、通常は撃たれた後に対処をするのが一般的らしい。20階層だと動きが少し遅いから余裕があったけど、21階層は距離があっても魔法を放たれたら関係ないから、一気にレッサーヴァンパイアの危険度が上がる感じかな」
「ふむふむ。でもそれならもう十分に19階と20階層でキィちゃん達は戦っているから皆も大丈夫かも?」
「そこは俺たちが行ってみてからの判断かなぁ。倒すことは出来るのは間違いがないけど、21階層は壁で考えると敵も強くなっているはずだからな。それが個体差で強くなっているのか、単に装備や2匹になっていることからの差なのかでも変わる。個体自体が強化されていたら、長時間の対戦はまだきついかもしれない」
「そっかー。まあ行けばわかるか」
「だな」
ダンジョン攻略道の方は桃井先生が結構慎重で、20階層のボスにもまだ挑ませていないんだよね。
俺と東三条さん抜きで問題ない状態まで仕上げてから挑むらしい。
「よし、行くか」
「うん」
話ながら休憩をした俺は今宵に確認をとると、21階層の転移魔法陣へと足を乗せた。
「見た感じは20階層と大差がないねー」
「みたいだな。お、あっちにスケルトンナイトの反応がある。片方を任せる」
「ほほーい」
俺たちはそういうと、スケルトンナイトが2体いる所へ向かい……それぞれが1体ずつ切り伏せた。
「個体としても強くなっている気がするか?」
「そうかも? こっちの方がレベルが高くて能力値も上がっているってことなのかなー?」
「このぐらいなら他のみんなも問題ない気はする」
俺たちはそんな話をしながら次の相手、杖持ちのレッサーヴァンパイアの元へ向かい、相手の魔法が放たれてから対応してみることにする。
俺たちなら一般の対応ではなく放たれる前でも倒せそうなんだが、他のメンバーが対応できるかどうかも見ておきたいための行動だ。
「ガガッ!」
杖を掲げたレッサーバンパイアが口を開けて擬音を発すると、ファイヤーボールが今宵に向かって飛来する。
今宵はそれを難なく避けて、レッサーバンパイアに近づくと首を刎ねた。
「声? を発するとさすがに見た目は人でもモンスターってわかるね。ゴブリンとかもこんな感じだし」
「だなぁ。でも階層が深くなるとしゃべる敵もでるらしいぞ。実際には口元は別の言葉をしゃべってるらしいんだけど、意味が理解できる話す敵が出てくるらしい」
「へー、トラップ部屋に降臨したのも深層階にいたりして」
「それは遠慮したい」
昼を挟み、20階層のボスをもう一度たおしてさらに5時間たった現在は午後16時。
俺たちは今日3回目のヴァンパイア討伐に訪れた。
「今日はこれでおわりかな。朝からだともう10時間くらいダンジョン内にいるし」
「今日の宝箱チャンスはこれで最後かー」
今日は2回とも俺が魔法を試したために俺がヴァンパイアを倒している。
今回は特に何も言っていないけど、前回と同じで俺でいいかな?
魔力の込め方や形の維持の方法を試している最中ではあるが、まだ1度しか使えていない月輪と違ってミーティアは何時でも使える俺の切り札になりえそうな感じだ。
扉を開けて部屋に入り、撃ちやすい距離まで移動した俺はミーティアを放つ。
「ミーティア!(稲光!)」
!?!?
俺がミーティアを放つと同時に、タイミングをぴったりと合わせて今宵が稲光を放つ。
稲光は落雷が落ちる技なので、たしかにミーティアに発動する感じが似ているが、こんなにシンクロしたように合わせられるものなの?
ドドーン!!
「うわっ 威力が凄くて爆風が……魔力を込め過ぎだぞ今宵!」
俺は爆風の塵から目元を隠しながら今宵に苦情を言う。
「あれ~、おっかしいなー。威力調整はしていない稲光を使ったのに」
「いや、それだとこの威力はおかしいだろ」
まさか相乗効果がでたりしたとか!?
今宵の発言を聞いて、俺は明らかに威力が上がっていたことを思考する。
「あ! お兄ちゃん! 宝箱!」
爆風が落ち着いた後に宝箱を発見した今宵は、即座にサササッと宝箱に向かい無警戒のままその宝箱を開ける。
「いや、罠があるかもしれないからな……」
俺は今宵を注意するが、今は宝箱をゲットした興奮で聞いてないようだった。
「良いの入ってた?」
中身は俺も気になるので近づいて聞くと……。
「短剣があった!」
短剣と魔石を収納した俺たちはダンジョンを出てギルドへ向かう。
短剣の簡易鑑定をしてもらうためだ。
「楽しみだねー。魔剣かなぁ。わくわく」
今宵が小さな子供のようにワクワクしている。
「2535番札をお持ちの『ディスティーノ』の皆さまは3番窓口へお越しください」
今宵と二人で来ることも久々なのでこのパーティ名も久々だが、今宵はそれに反応をする事もなく素早く3番窓口へ向かうと椅子に座った。
「魔剣でしたか!?」
今宵が鼻息荒く鑑定結果を聞いている。
「こちらが鑑定結果になります。簡易鑑定の結果では店売り品とほぼ同様の……短剣のようですね」
鑑定書と共に短剣を返された今宵は、鑑定結果の書かれた書類を見ながら意気消沈していた。
「短剣はこちらで買い取ることも可能ですが、いかがいたしましょうか?」
対応したギルド職員にそう言われ、俺たちはそのなんの変哲もない短剣を話し合って売りに出すのだった。
ちなみにその短剣は1万5千円で売れた。
そして簡易鑑定とその証明書の値段が8万円。
6万5千円もの赤字を出して俺たちは帰宅したのだった。
「あ! 魔石売るの忘れてた」
落ち込む今宵を慰めるために気を使っていた俺は、夕飯後に取得した魔石を売ることを忘れていたことに気が付いたのだった。
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