第139話 ファッションセンス

 日曜日。

 朝食を済ませて俺はシュテルンの衣装に着替える。


 「今宵。お前本当にその格好で行くの?」


 「もちろんっ! ちょー可愛いでしょ」


 まあ凄く似合っているし、可愛いんだが……。

 実は今宵がまた配信中に着る服を変えたのだ。

 最初一緒に買った外套なんてまだ一度も配信で使われる事なくアイテムボックスの肥やしである。


 何日か前に今宵がリビングでテレビを見ていた時に、CMで映った服が可愛かったらしく……クラフトスキルを使って自作してしまった。

 何て言ってたっけな、後で今宵がネットで検索していた名前がたしか……、『猫耳フード付きショルダージップスリットパーカー』と言う俺からすれば呪文みたいな名称だった。


 しかもそこで買うのかと思ったらレビューを見て、丈が膝上まで写真ではあるのに実際は小学生が着るようなサイズのものが送られてくるらしく、それならと素材も魔獣産を買って自分で自作してしまったのだ。

 レビューまでしっかり読んで騙されない今宵は凄い。

 俺なら絶対に騙されていると思う。

 まあ店買いするとバレないように対策もしないといけなかったし、結果的にはそれで良いんだけどね。

 ただ、肩にスレット切れ込みがあって一応ジップファスナーでしめることは出来るのだが、肩だしファッションなのである。


 『大人っぽいでしよ』と今宵は言っていたんだが、猫耳がついている時点で……。

 そして下に短パンを穿き、穿いているのに穿いていないように見える上にさらに黒のニーハイである。


 全身黒の黒猫ちゃんかな?

 ちなみにベネチアンマスクもフレームに猫耳がついた自作である。

 もうそこまでするなら尻尾もつけろよ!

 俺は心からそう叫びたかったね。



 「ピンポーン」


 「開いてるよー!」


 今宵が玄関に向かってそう言うと、ドアが開きキィちゃんとさっちゃんが入って来た。


 「「おはようございます」」


 「おはよう」 「おはよー」


 「って今宵ちゃんその格好なに!?」


 「ズルい! 私たちのは?」


 「良いでしょ! 作ったんだよね~」


 「えー、なら私たちのも作ってよ」


 一回転して今宵は自作のパーカーを二人に見せびらかしている。

 まずい。

 この流れは非常にまずいぞ。

 そうなると外套なのが俺だけになってしまう。


 「まてまて、二人とも。今宵以外の衣装変更は今後は許可しません!」


 「えー! パワハラ反対!」


 「良いか、よく考えろよ。ディズニーでも無い以上は男の俺に耳付きパーカーは無理なんだ。だから俺だけ外套だとおかしくなるだろ? パーティ内で一人だけ恥ずかしい思いをするやつがいたらだめだろ?」


 俺は自分の現状をこんこんと語る。


 「もー仕方がないですねぇ。矜一お兄さんは」


 何とか俺はキィちゃんとさっちゃんの同情を引くことに成功する。


 「今宵ちゃん着替えるから部屋にいくね」


 「うん。いこっ」


 「でも矜一お兄さんは既にクマさんの耳付き外套なのにいまさら恥ずかしいって言ってたよ今宵ちゃん」


 「カメラ係でどうせ映らないのに一人だと恥ずかしいんだって今宵ちゃん」


 「お兄ちゃんだからねっ」


 いや、なにが『お兄ちゃんだからねっ』だよ……。

 俺は膝から崩れ落ちながら、わざと聞こえるように話している三人が今宵の部屋へ行くのを見届けるのだった。



 「お待たせしました。矜お兄さん」


 「ああ、そんなに待ってはいないけどな……」


 「それより昨日のアンノウン未知の敵との戦闘の後なのに良く配信をする気になりましたね? 矜お兄さんらしくないような?」


 今宵から昨日の出来事を聞いたのか、さっちゃんが未知の敵に遭遇をしたのに次の日にダンジョンに潜って配信をするのは、俺らしくないと言う。


 「あ~、イレギュラーでダンジョン攻略道の活動は話し合って今日は休みにしたよ。ただ、不可解なこと自分と似た気配を敵が言っていたし、ああいう事態が良くあるならトラップ部屋は使えない。それにボス部屋だって危ないかもしれないと思って、その後で矜侍さんに聞いてみたんだよ。そしたらイレギュラーの可能性は考えておく必要はあるが、そもそもそのレベルのアンノウンはダンジョンの外でさえその気になれば出られるらしくて……。ダンジョン内でたまたま遭遇する可能性はほぼゼロパーセントらしいんだよ。で、もしたまたまではなく運命……因果律によって引き起こされているなら、それを乗り越えるためには逃げていれば死ぬだけらしくてね。だからいつも通りに過ごすことにしたんだよ」


 「なるほどー。でも因果律って! 今宵ちゃん! 矜お兄さんがカッコいい言葉を使いたい病にかかってるよ!」


 えぇ……。

 因果律って言葉を言っただけで、さっちゃんがそれをネタに今宵に報告をしに行った。

 そしてニヤニヤしながらこちらにやって来る今宵とキィちゃん。


 「いや、それ言ったの矜侍さんだからな! 矜侍さんにさっちゃんが厨二って言っていたって言っちゃうからな!」


 「!? い、いやだなぁ矜お兄さんは~。冗談ですよ! 直ぐ本気にするのは良くないですよ~」


 そう言いながらさっちゃんは俺の腕をとってくる。



 「ほら、あなた達。玄関で話をしていないでもう行きなさい。今なら外に人がいる気配もないし、その格好でも問題ないわ。だいたい、家の中だからってマスクにマント……しかも黒っぽいってどう見ても不審者よ。私じゃなかったら声をあげている所ね」


 キッチンから玄関にやって来た母さんが外に人がいないから、早く行きなさいと言ってきた。

 俺も気配察知で外を探るが、確かに今は人の気配がしない。


 「じゃあ行ってくるね、お母さん。いってきまーす!」


 「「いってきまーす!」」


 今宵がそう言って出ると、キイちゃんとさっちゃんも後に続いた。


 「気を付けるのよ、矜一」


 「うん、行ってきまーす」


 最後に母さんと言葉を交わした俺は今宵たちを追いかけるのだった。

 

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