第138話 金の斧

 朝起きて俺は朝食を食べながら、昨日のことを考える。

 ダンジョン攻略道として合同合宿ということにはならなかったが、ダンジョン攻略道のメンバーと椿のパーティで野営の練習をすることにはなったので、椿に早く伝えたいが、今日は土曜日で学校はない。


 椿に俺から連絡をすることは望まれないかもしれないので、月曜日に登校をした時に、もし他のみんながまだ野営の話をしていなければその話をすればいいかと思い、とりあえず今は考えないようにした。


 「はー、早く明日にならないかなぁ。七夕の日は学校を休みにすればいいのに」


 隣で一緒に朝食を食べている今宵が愚痴を漏らす。

 今日は7月7日の七夕だけど、最近の土曜日の朝は大体こんな感じなんだよね。

 土日が休みの俺が羨ましくて仕方がないようだ。


 「俺は学校が楽しいけどな」


 中学の頃は思いもしなかった言葉が自然と口に出て何故か笑みが零れる。


 「学校は友達もいるし楽しいよ! でも土曜日も休みならなぁ」


 「はいはい。わかったから食べたら歯を磨いて遅刻しないようにしろよ」


 「お兄ちゃんお母さんみたい」


 誰が母さんじゃい!



 

 「みんなおはよう」


 「おはよー(!)」 「おはよう」 「おはー」 「ごぎげんよう 蒼月君」


 俺はダンジョンにつくとダンジョン攻略道のメンバーに挨拶をする。

 今日は東三条さんを除く他の四人が、11階層で銀の宝箱トラップだけを開けて連携の確認をして、11階層のトラップ部屋での訓練を最後にしようと言う話になった。


 そこで最後に一度、俺と東三条さんにその対戦をしている様子を見て確認をしてほしいということになって俺も四人に合流することになったのだ。


 「探索部との対決からまだ1ヵ月なのに、レベル5から15になるなんて夢みたいだし!」


 「それは僕もそう思う。今では攻略道のメンバーと11階層の魔物50匹以上を相手に完勝するほどだからね」


 猪瀬さんと水戸君が今の自分たちが信じられないと言っている。

 2ヵ月前は俺もそういう心境だったよ。


 「里香さんは頑張られていますわ」


 「あまちー!」


 ヒシっ


 東三条さんと猪瀬さんが抱き合っている。

 何か前までの自分たちはこうだったと言う会話をしていると、変なフラグが立ちそうで嫌なんだが……。


 「じゃあ蒼月君も来たし皆行くよー」


 「おー!」


 七海さんの号令で俺たちはダンジョンに入ると11階層へと飛ぶのだった。



 「じゃあ蒼月くんと東三条さんはそこで見ててねー」


 「やるぞー!」


 「検定試験みたいなものかな」


 「あ、待って! 最後に1回スカッとしたいから銀と金の両方を開けて、その後に銀の宝箱だけ開けない?」


 七海さんが段差のある上の空間に移動した俺と東三条さんに声をかけると、葉月さん、水戸君が気合を入れたところに猪瀬さんが1回スカッとしたいと言い出した。


 「えぇー?」


 七海さんが混乱して周りを見る。


 「私は1回金箱までやってからでもいいよ!」


 「僕も良いけど、魔獣が一瞬で下に落ちて消える時……ヒュンッてなるからスカッとはしないけど」


 水戸君が真面目だからボカして言っているけど、珠玉のゴールデンボールを2つ持つ俺にしか分からないような事を言っている。


 「じゃ、じゃあ1回金箱までやろっかー」


 七海さんはそう言うと、他の3人を連れて俺と東三条さんがいる所へ戻って来る。


 「じゃあ猪瀬さんこれ」


 俺は猪瀬さんがスカッとしたいと言っていたので投石用の石ころをいくつか猪瀬さんに手渡した。


 「あおっちありがと。行くぞー! とぅ! ――ストライッアウッ!」


 ……なんで最後野球の見逃し三振のストライク アウトを審判みたいに言っちゃったの!?

 まだ銀箱しか開けてないよ!?

 

 猪瀬さんの投石によって開いた銀箱のトラップが発動し魔法陣が描かれる。

 それを見た猪瀬さんは魔獣が出現した後に金箱のトラップをすぐに発動させるため石を構えるが……。

 

 魔法陣から現れたのは一人の神々しい女性だった。



 「我が名はカドゥルー。あなた方が落としたのは金の宝箱ですか? それともこの銀の宝箱ですか?」


 良く透き通る声が、少し離れている場所にいる俺たちの元へと届く。

 というよりも、俺の危険察知のスキルが先ほどからガンガンと働いていてその危険度の示すレベルは「死」であった。

 体中の汗腺が開き、冷や汗が流れ落ちる。


 「蒼月君? どうなさいましたの?」


 東三条さんが俺に何かを感じたのか、心配そうに声をかけてくれるが答えることもできない。

 あの女性が存在している、ただそれだけなのに言葉を発することさえできないのだ。


 「どっちも落としてないっしょ。銀の宝箱はそこに開いていて、金の宝箱はその横にあるし」


 聞かれた質問に対して猪瀬さんが答えている。

 東三条さんもそうだが、猪瀬さんたちもこの異常性に気が付いていないのか? 

 いや、気が付いていないというよりも危機感を感じていない。

 危険察知がみんなに無いからわからないだけのようにも思えるが、それでも東三条さんなら直感を持っているのでわかるはずだ。

 そうであるのに、東三条さんから感じられる反応は俺の状態に困惑しているような感じだけだ。

 そもそも味方・・が宝箱のトラップから出てくる事はありえない。


 「……あなたは正直者ですね。褒美に我が眷属を残して行きましょう。こちらにいらっしゃいな」


 魔法陣から現れた女性がそう言うと、俺たちは一瞬で女性の前に転移させられた。


 「「「!?」」」


 女性の一言によって呼び寄せられた七海さんたちは驚愕の表情をしている。

 皆に逃げろと伝えたい……それなのに言葉も出せない自分に嫌気がさす。

 俺は体内で魔力をまわして圧縮し、この畏怖とも言える恐怖を振り払おうとしていた。


 「あら? そこの者には我らと似た何者かの力の介在を感じますね?」


 俺を見た女性がそう呟く。


 「それなら貴方には特別にもう少し良い褒美をあげなければいけませんね。貴方には手ごわい相手になってしまいますが、ヴリトラで良いでしょう。しかし今日この日は、会えない者と出会える日だと聞いていたのにそうではなかったようです。カルラは一体どこにいるのか……。それでは、もう会うこともないでしょうが、わたくしからの褒美を楽しんでもらえると良いのですが。ではごきげんよう」


 そう言ってその女性が消えた瞬間に、俺以外の五人は中央へと転移させられる。

 そしてそこに現れた魔法陣から10体の魔獣が出現するのだった。


 「な、ナーガ! そんな……。ナーガは20階層以上で出現する魔獣のはずですわ!」


 どうやらあちらに現れたのはナーガのようだ。

 そして俺の目の前の魔法陣から出て来たものと言えば……、女性の言っていたことが本当であるなら、目の前の相手の名前はヴリトラ……。

 どこかの神話で聞いたような名前の、首が二つに分かれた二岐大蛇ふたまたのおろちが現れた。


 「東三条さん落ち着いて! そっちの指揮をとってくれ!」


 俺は五人の方向へ声を張り上げる。

 五人がバラバラで戦闘をしたのでは、勝てないという感じを受けるからだ。

 東三条さんからの返信はないが、『陣形を!』と俺の声の後に張り上げてくれていることから伝わったことは間違いないだろう。


 恐らくあちらは勝ててもギリギリ。

 そしてこちらはと言えば……、先ほどの女性とはくらぶべくもないが、危険察知によると、俺とヴリトラの力差は俺が死ぬ確率が非常に高いと示している。


 「スキルは確実に俺が負けるとは判定をしていない。なら、勝てる可能性もあるはずだ。それに……俺が負ければ、五人へこのヴリトラは向かうだろう。絶対にそれはさせない!」


 五人の方向からは既に戦闘音が聞こえて来ているが、俺は対面へと意識を集中させる。

 魔法陣の光が完全に消えたらこちらも戦闘になるだろう。


 (身体強化アビリティライズ、転移! ――ダブルスラッシュ!!)


 魔法陣の光が収まったと同時に俺は一撃必殺を狙って転移でヴリトラの後ろへと回り込み、ダブルスラッシュを放った。


 ガキンッ


 俺が放ったダブルスラッシュは相手の長い牙によって止められる。


 !?


 その一瞬、俺の動きが止まった所へヴリトラの尾が俺へと放たれる。


 (影残えいざん


 俺はスキルで尾を避けると、ヴリトラを剣で攻撃する。


 「ダメージが通らない……ッ!?」


 こちらが攻撃をすると、すぐさま相手の反撃があるために影残を使ってその攻撃を躱す。

 その繰り返し。

 スラッシュを放てば牙で対処されることから、当たればダメージがある可能性が高いのだが全て防がれている現状だ。


 「ファイヤーボール!」


 「ウインドカッター!」


 「シャイン・レイ!」


 魔法を放てばヴリトラはそれを尾で受ける。

 魔法については多少はダメージを与えられているようではあるが、それも微々たるもののようだった。


 「一番初めのミノタウロス戦で威力不足を痛感した時より効いて無さそうな件……」


 俺はスキルでヴリトラの攻撃を躱しながら、やはり目を狙うか口の中を狙うしかないと判断してそこからは目か口への攻撃へとシフトした。

 ただ、顔を狙うということはこちらの攻撃が単調になることを意味していて、フェイントを織り交ぜるもどうしても攻撃が届くことはなかった。


 15分だろうか? 30分だろうか?

 すでに時間の感覚はなくなっている。

 俺は斬撃が効かないのなら、突きであればどうだろうと考える。

 盾持ちが俺たちの仲間にいない事で、俺は念のために買っておいた斬撃にも耐えられるバリスティック・シールドを取り出して構えた。


 俺は覚悟を決めてヴリトラの攻撃を一度その盾で受け、そこを剣で刺突しようと試みた。


 ドーン!


 「グハァ!」


 ヴリトラの尾の攻撃を盾で受けるが想像以上に重たく、俺は盾ごと吹き飛ばされてしまった。


 「蒼月君!? キャァ!」


 「あまちー!」 「「東三条さん!?」」


 くそっ。

 俺が吹き飛ばされたせいで、向うを指揮しているはずの東三条さんがこちらに気をとられてしまったようだ。


 「東三条さん余所見をしない! すぐに回復ポーションを使って! 蒼月君は負けないよ。信じてこっちを先に対処しよう。みんなも集中してー!」


 「七海さんその通りでしたわ。アイスシールド! それにこちらを倒せば幾らでも援護にいけますもの」


 どうやらダンジョン攻略道の部長が、あちらの態勢を整えてくれているようだ。

 うん、七海さんなら任せられる。

 それに東三条さんも冷静さを取り戻してくたようだし大丈夫そうだ。


 それに引き換え俺は――?

 今宵に危険が迫った時に最終的に助けることには成功した。


 ―――でも、あの時にもっと俺が鍛えていたら。

 強くなっていたなら、誰かに尾行されていると感じた時にもっと明確に気配を感じられていたなら。

 今宵とマコト達が攻撃を受けた時に後悔をした感情がまた溢れ出す。


 ふいに、なにかが頭の中ではじける音が聞こえた。

 あの時、そこにいないはずの今宵の姿が見えたような感覚。

 あの時の感覚の延長線上にある何か。

 その感覚を辿ると全方向に視界が広がり、周囲のすべての動きが感じとれる。

 思考加速も加わり、まるで時が止まったかのような感覚だ。


 「わかる」


 気配察知を極限まで極めたような……それでいて気配だけでなくその場面さえ見えている。

 俺はその時が止まったかのような感覚でヴリトラの攻撃を避けると、何度も同じ箇所へと攻撃を加えた。

 それでも! ヴリトラは倒せない。

 俺はさらに意識を深く集中させて思考加速を思考だけにとどまらず、肉体にも作用させるように体内魔力を練り上げる。

 今宵がスキルの威力の範囲を変えることができると言っていたことを思い出す。

 すると、頭の中に何かのイメージが浮かびこんでくる。

 これは魔法剣士のスキルなのか? それとも俺だけの何か?

 俺はそのイメージ通りに体を動かし魔力を練り上げると、ヴリトラからの攻撃を躱し……、


 「月輪がちりん!」


 そのイメージを解き放つのだった。

 剣から放たれたそれはまるで皆既日食。

 黒い太陽の周りにバチバチとその周囲を青白い雷撃がスパークしている。


 グギャアァ!!


 月輪をまともに受けたヴリトラはそのまま消滅していくのだった。

 激戦に疲弊して俺はそこへ倒れ込みそうになるが、ぐっと我慢してみんなの方を確認すると……、


 「これで最後! やぁ!」


 葉月さんがナーガに剣を振り下ろし……最後の1体を倒すことに成功したようだった。


 「みんな!」


 俺は最後の1体を倒し、全員がそこへ集まっている所へ駆けつけるとダイブして抱き着いた。


 「「あ、蒼月君!?」」


 俺の突撃を受けた五人は地面に倒れる。


 「信じてくれてありがとう。そして俺たちは生き残ったぞー!」


 俺が嬉しさで爆発して声を上げると、みんなも泣き笑いながら自分たちや俺の戦いを振り返りながら嬉しさを噛みしめたのだった。




 「そう言えばあたし、ナーガを倒した後にスキルを覚えてさらにレベル16の壁を超えたんだけど!?」


 「私もー(!)」


 「僕も」


 「私様もレベルアップとスキルを覚えましたわ」


 どうやら俺を含めて全員がレベルアップとスキルを覚えていたようだった。

 これがあの女性の言っていた褒美なのだろうか。

 ただ、一つ違ったのはみんなが覚えたスキルは『恐怖耐性』だったのに対して、俺が覚えたスキルは『畏怖耐性』というものだった。


 俺たちはその後に戦利品の魔石を回収していると、ヴリトラの死体から剣を一振り発見する。


 「なんだか天叢雲剣あめのむらくものつるぎみたいだね!」


 「葉月さんの言う通りですわね」


 「八岐大蛇ではなく、二岐のヴリトラだけどね」


 それを皮切りにヴリトラだから八岐大蛇より強いんじゃないの? という話やこの戦利品をどうするかという話になって、なぜか最終的にこの剣は俺が貰えることになったのだった。



 「ところで、さすがに今日はもうダンジョン探索をする気になれませんわ」


 「あたしも回復ポーションでお腹タプタプ」


 この東三条さんの一言によって、俺たちはダンジョン探索を切り上げて家で休憩することとなったのだった。



 ちなみに午後に今宵が家に帰ってくると、俺の部屋にノックもなくバーンと入って来た。

 理由を聞くと、どうやら俺が何かと戦って苦戦をしている風景が見えたとかですぐにでも駆けつけたかったが、妄想かもしれず我慢をしたそうだった。


 「次にあったら絶対に駆けつけるからね!」


 俺は今日あった戦闘や不思議な感覚……脳内で何かが弾けて周囲がわかるようになった話を今宵に話し、夜に帰ってきた両親にもまた同じ話をしてその日を終えることになるのだった。


 


 

――――――――――――――――――――――――――――――――

畏怖耐性……恐れへの耐性。また人外のものに抱く畏敬の念や恐怖に耐性を持つ。

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