第110話 スタート

 次の日の早朝。

 俺はうちまで来てくれたさっちゃんからスタミナポーションを10本買い取った。


 「今日は学校なのにごめんね」


 「ううん、大丈夫です。矜おにいさんも頑張ってくださいね」


 「ああ、ありがとう」


 「さっちゃん。今宵の部屋にいこっ」


 「うん」


 どうやらさっちゃんは今宵の部屋で登校まで一緒に遊ぶようだ。


 「ふぅ。さっちゃんがポーションを作ってくれて良かった」


 そう。

 昨日はダンジョンに入る前の作戦会議で魔道具やポーションなんかの使用制限はないということを確認していた俺たちは、さっちゃんに連絡をしてスタミナポーションを作ってもらっていたのだ。


 ギルドで確認したりスマホで検索をしてみた限りではスタミナポーションは売られていなかったので流通はしていないのだろう。

 もし似たようなものがある場合でも個人的に売買されているかどうかだと思う。

 猪瀬さんが壁を超えられなかった以上は、このスタミナポーションが生命線になるかもしれない。





 朝9時からのダンジョンでの探索競争に備えて俺は15分前にダンジョン前に到着した。


 「おはよう」


 「おはよー(!)」 「あおっちおはー」 「ごきげんよう」 「おはよう」


 ……ごきげんよう!? 

 それってさようならって意味じゃないの? 

 いやでも東三条さんが使うなら朝でも正しいのか? 

 それなら『ごきげんよう』ってもしかして万能な挨拶なのでは? 

 俺も今度から使ってみようかな。

 しかし出場するのは3人だけなのに、出陣の応援に部活のメンバー全員が来てくれるのは嬉しい。


 15分前なのにどうやら俺が一番最後だったようで七海さんに葉月さん、猪瀬さん、東三条さん、水戸君と挨拶を交わす。

 しかも桃井先生も来ているようで生徒会や原先生と一緒に何か話しているようだ。



 「蒼月君やっと来たわねぇ。サービス残業の私の方が早く来てるなんてたるんでるんじゃないのかしらぁ?」


 「桃井先生、ごきげんよう」


 「ええっ? 蒼月君ごきげんよう」


 おお……。

 さすが教員。

 ちゃんと対応して返ってきたよ。


 「はぁ。まあいいわぁ。せっかく冴木先生と飲みデートに行けそうなんだから、あなた達がんばるのよぉ」


 そういえば職員会議では桃井先生が俺たちの肩を持ってくれたんでしたね。

 ありがとうございます。


 「がんばるぞー!」 「うんうんがんばるし!」


 七海さんも猪瀬さんも気合十分なようだ。


 「七海さんと猪瀬さんにははいこれ。スタミナポーション。七海さんが2本で猪瀬さんには6本渡しておくね。あと2本の予備もあるから使い切ったら言ってね」


 「ふふふ。これであたしもやりらふぃ~」


 いや、やりらふぃ~ってなに? 

 周りも誰もわかってなさそうな反応なのに猪瀬さん一人で小躍りしている。

 テンション上がるくらいの意味か? 

 盛り上がってるのは猪瀬さんだけなんだが……、まあほっとくか。


 

 「そろそろ時間ですね。 ダンジョン攻略道には生徒会から私たち二人がついて行きます」


 あと5分で9時というところで、メガネをくいっとあげながら生徒会の二人がやってきた。

 一人はイケメンメガネでもう一人は女性徒だ。


 「確認ですが、9時から12時までのダンジョン探索でダンジョンを深く潜った方が勝利となります。どこまで潜れたかという記録の証言は私たち二人が行います。何か質問は?」


 「大丈夫です」


 七海さんがそう答えた後に俺たちはスタート地点に向かい、ダンジョン探索部のメンバーと横並びになった。


 「揃ったな。では位置について、よーいスタート!」


 生徒会長の号令で一斉に……どちらも走り出さなかった。


 「「……」」


 俺たちの作戦は序盤はダンジョン探索部の後をついて行って戦闘は任せて、敵が強くなり苦戦し始めた所で追い抜いて差を広げるというものだった。


 相手は3年生なので俺たちと同じ作戦とは思えないが、どちらも動かずまさかのスタートしたのにお互いが見つめ合う形になってしまっている。


 「うーん。七海さん作戦変更で。先行逃げ切りで行こう」


 「わかったー」


 「3人とも頼んだよ!」 「頑張って」 「蒼月君なら余裕ですわ」


 俺たちはみんなの声援を受けながら、急遽作戦を変更してダンジョン内に突入するのだった。

 しかしダンジョン探索部がラビット……マラソンで言うペースメーカーとして使えないのならばもはや相手にするだけ無駄だ。

 俺は七海さんと猪瀬さんをチラリとみる。

 1階層は敵が攻撃してくる事もないので神経質になるほどの警戒も必要ない。


 生徒会の連中に見られるのは邪魔すぎるが……目に見えて魔法やスキルを使わなくても、東三条さんと対戦した時の感じであれば問題なく誤魔化すことが出来るだろう。


 しかもそれは2年生の1位を東三条さんが倒していることもあり、結局そのレベルならば3年生でも上位にあたるのでは? と思う。 

 なら……圧倒的大差でダンジョン探索部に勝っても問題ないのではないだろうか。


 「七海さん、猪瀬さん一気に行こう。風よけに使えないなら先行して圧倒すればいい」


 「おー、蒼月君言うねぇー」 


 「りょ」


 俺たちはそう言って確認をとると、一気に速度を上げて1階層を駆け抜けた。



 


 「部長、良いんですか? もう結構離されてますけど」


 「1年なんてあの速度で行けるのはよくて3階層ぐらいまでだろう? だからゆっくり行けばいいさ。ペース配分もわからないようだしな。もしそれなりの強さの場合でも俺たちだって5階層からは少し時間がかかるレベルだ。せいぜい魔獣を倒してもらってアイツらが疲れたら本気を出せばいい」


 「部長はえっぐいなぁ。まあ3年に喧嘩を売って来てるんだし手加減をする必要もないか」


 「そういうことだ」


 


 

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