第111話 ご褒美

 ザンッ


 俺は走りながらゴブリンを一閃する。

 俺たちはほぼ全速力に近い速度で、既に3階の終盤にさしかかっていた。

 初めは元気が良かった猪瀬さんはもうすでにスタミナポーションを二本消費して速度の維持を保っている。


 七海さんはこの速度では少し厳しいらしく息をみだしてはいるが、ポーションに手を付ける事はなく俺の隣を並走していた。

 俺と七海さんが前を走り、猪瀬さんへあたる風圧を減らし少しでも走りやすいようにするためでもある。


 

 4階層への魔法陣を見つけると、俺たちはそれに乗る。

 少し進み念のために生徒会の二人を待ち、4階層に来て俺たちを視認した事を確認すると、俺たちはまた全力で走りだした。


 「はあ、はぁ……。ちょ、ちょっと走るってことを舐めてたかも。でもこのポーションは凄いね」


 猪瀬さんがさっちゃん特性ポーションを絶賛している。

 そのポーションの凄い所は、回復してさらに実力以上の力が出せるようになるところだ。

 さっちゃんはもうそれの製作で稼いだ方がダンジョン探索なんかよりよほど稼げると思う。


 「凄いよねー。私も1本飲んでおこー」


 七海さんはそう言うと走りながらポーションを一本飲み干した。


 俺たちは階層移動の魔法陣に一直線に向かっているので、俺たちより先に移動している探索者によって魔獣はそれなりに討伐されている。

 だから俺たちが相手をする機会は少ないが、それでも時間が経つと魔獣はくのである程度の戦闘が必要だ。


 「コボルトか」


  ザンッ


 俺はそう言うとコボルトの処理をして進む。


 「あ! あおっち。魔獣って倒さずにおいた方が妨害になっていいんじゃ?」


 猪瀬さんが息を乱しながら俺にそう提案をしてくる。

 たしかにこれは競争だ。

 俺たちが先に魔獣を倒しているので、ダンジョン探索部の人たちは苦労をすることなくついて来ていることだろう。


 俺の気配察知ではすでに確認できないほどに距離が開いてはいるのだが、敵のいないダンジョンを進むのに苦労するはずがないので俺たちをあえて先行させているのだろう。


 「それなら魔獣の場所がわかる蒼月君が別行動をして魔獣をおびき寄せて妨害とかするー?」


 なるほど。

 俺はまだ余裕があるので七海さんと猪瀬さんが先を行く間に魔獣を連れて……いやこの作戦はダメだな。

 魔獣の擦り付け行為になってしまう。

 この行為は故意に他の探索者にやると重大な違反行為に当たったはずだ。


 「七海さん、それはギルドの違反行為になるからダメだね。猪瀬さんの案の方は単に倒しきらないだけだから大丈夫と思う」


 「あ! そっかー。勝負のことばかり考えてて違反行為の話をしちゃった。ごめんねー」


 とは言え……、俺は走りながら後ろを振り返る。

 魔獣を倒さずに進むというのはいいんだが、その魔獣って結局うしろの生徒会二人に向かうと思うんだよね。


 生徒会の二人が魔獣を倒す事になればついてくるのが遅くなって、それを待つ時間が結局は無駄になってしまう。


 「後ろの生徒会の人たちのことを考えると、猪瀬さんの案だと一時的に魔獣を無力化する必要があるけど……とりあえずやってみるよ」


 俺はそういうと進路にいたコボルトに数撃の打撃を加えて気絶させた。

 剣で一閃するよりは時間がかかるが、その間に七海さんと猪瀬さんには先を進んでもらえば良いのでこっちの方が良いか。

 気絶から回復する頃には生徒会も魔獣がいる場所は間違いなく通り過ぎる。


 「やれるみたい」


 「さっすが、あおっち!」


 

 その後に俺たちは5階層に通じる魔法陣を見つけるとそれに乗って5階層に移動する。

 5階層は敵がスケルトンであるので俺はスケルトンの足を薙ぎ払う。

 スケルトンは一定時間が経過するとその程度であれば元通りになってかなり厄介な魔獣として有名だ。


 倒す場合はもっとばらばらにするか魔石を抜き取る行為が必要となる。

 スケルトンは足を粉砕するだけで良かったので、時間的ロスはほぼ無くて一気に俺たちは6階層に到着した。


 「あたしのレベルだともう6階層でヤバいんだけど、どうしよう?」


 「七海さん俺も気を付けるけど猪瀬さんの安全を重視しながら警戒してくれる?」


 「わかったー」


 「ななみんごめんね」


 「ううん。任せてー」


 俺たちがそのやり取りをしていると、生徒会の二人が6階層に来たので俺たちは先に進もうとする。


 「お、おいお前た……」


 イケメンメガネが何か話しかけようとして来るが、時間が勿体ないので無視をして先に進む。

しかし女生徒の方はかなり消耗している感じだった。

 あれ大丈夫か?

 とはいえ、6階層は森林のフィールドで視界も悪く距離も長いのでここで一気に差をつけておきたい所だ。


 木々の上や茂みからからブルースネークやシロダイショウ、臭いを感知してフォレストウルフやブラックウルフの集団が襲ってくる。

 俺たちはそれらを完全には倒さず行動不能にしながら進んでいく。


 7階層に向かう魔法陣の前まで到着すると時間を確認した。

 スタートから1時間45分か……。

 このペースなら10階層までは行けるだろう。

 ミノタウロスは基本的にいないのでそれを考えると11階層か。


 「あ、あおっちポーションが6本なくなったから予備をちょーだい」


 「うん。はいコレ」


 俺は残りの2本を猪瀬さんに渡す。

 七海さんもここで自分の分の最後の1本を飲み干すようだ。


 「しかし、生徒会の二人が遅い。ただ走るだけなのに何でこんなに遅いんだ?」


 「ほんとだよねー。もしかしてわざと私たちを待たせてダンジョン探索部を有利にしようとしてるとか?」


 なるほど……。

 というかダンジョン探索部の気配はこの6階層でも一切感じなかった。

 そろそろこちらが疲れていると思って勝負をかけて来ても良さそうなんだが……。

 そう思っているとやっと生徒会の二人がやって来た。


 「ふぅ、ハァ……。待たせたみたいだな……。だが少し美和みわを休憩させて良いだろうか?」


 「ハァ、ハァ……ごめんなさい。こんな異常な速度で走るなんて思わなくて……ハァハァ」


 何か一言でも言ってやろうかと思った所で、生徒会の美和さんが謝罪の言葉を口にしたのを聞いて生徒会の人でも謝れる人がいるんだと思い、俺は休憩を了承する事にした。


 「じゃあ5分だけ。ダンジョン探索部に追いつかれても困りますしね」


 ここで休憩をとるなら猪瀬さんも七海さんもスタミナポーションを使うのはもう少し先で良かったが……。


 「いや蒼月。それなんだが、こんな異常な速度で移動しているパーティを学校で聞いた事はない。だからもう少しペースを落としても問題はないはずだぞ。お前たちは無理をし過ぎている。こんなに体力を消耗しては魔獣に襲われて、もしもがあるだろう」


 イケメンメガネはそう話しながらメガネをくいっとした。

 これは……七海さんのいうダンジョン探索部を勝たせるつもりってやつが有力か?


 「昨日の話でダンジョン探索部は5クラスは落ちこぼれだと言って同じ1年の別クラスのメンバーで競争参加の予定だったはずです。それを考えれば、この程度で俺たちに余裕があるはずがありませんよね? それに疲れているとはいえ、お二人も結果としてついて来れています。そういう相手が有利になるような発言は審判員であれば止めてほしいです」


 「そうだし! ズルい!」


 猪瀬さんが合いの手をいれる。

 いやこの場合はヤジになるのか?


 「いや……。それはお前たちが魔獣を無力化していたし、警戒する事による消耗もお前たちが……」


 「もう良いです。休憩もちょうど5分ですね。ではいきましょう」


 俺は強制的にイケメンメガネとの会話を終了して7階層の魔法陣に乗ったのだった。



 それからは今までと同じ速度で進み9階層の途中で猪瀬さんが全てのスタミナポーションを使い切ってその効果も切れた所で弱音をあげた。


 「あ、あおっち。も、もう無理……。あたしここで死ぬかも……。ハァハァ……」


 「七海さんは大丈夫?」


 「……かなりきついけど、ビッグロックを経験しているから大丈夫かなー」


 そうなんだよなぁ。

 俺的にもビッグロックの100キロ横断の方が後のハーピー戦も含めて苦しかった気がするので、あれを経験していれば七海さんは大丈夫かなと思う。


 しかしこれでは追い付かれて……。

 生徒会の二人もやっとこちらに追いつき、俺たちが止まっている事を確認すると休憩をするようだ。


 てかあの二人はめちゃ疲れてるな。

 イケメンメガネはまだついて来れそうだが、あの女生徒の方は大丈夫か?


 少し休憩しながら俺は閃いた。

 そして猪瀬さんの前に行き、しゃがみ込んで両の掌を上に向けて後ろにつきだした。


 「あ、あおっち!?」


 「乗って。ここからは俺がおんぶしていくよ」


 「え、えぇ~? で、でもあたし汗をかきまくってるし……」


 ああ、女性はそこが気になるのか。

 それならクリーンで……と思ったが、猪瀬さんは俺が生活魔法を使える事を知らなかった。

 生徒会からは見えないように発動する事は可能だが、発動された猪瀬さんはさすがに気づくだろう。

 そうなると乗ってもらうにはどうすれば……。


 「大丈夫。俺にとってはご褒美だから」


 「ゴフォッ。 ご、ご褒美? で、でも……えぇ? あおっちってもしかしてあたしのこと……」


 「ちょ、ちょっと蒼月君!?」


 「いいからいいから。こんな話をしてる間にも追い付かれてしまうかもしれないから早く乗って」


 俺はLIVE配信をするにあたって参考にした動画の中で、配信者の女性の汗をご褒美と言ってコメントをしている人がいた事を思いだして猪瀬さんを説得した。


 「じゃ、じゃあ乗るね? 重くないかなぁ」


  「全然軽いよ。じゃあ行こうか」


  「う、うん」


 猪瀬さんは承諾の返事をしてくれたが、七海さんからの返事がなかったのでそちらを見るとジト目でこちらをガン見していた。


 彼女ももしかしたら疲れていて本当は走りたくないのでは? 

 俺はそう思ったが、さすがに二人を背負うことは難しいので我慢してもらうことにする。


 「ここからは今までよりも少しだけペースを落としていこう」


 本当は全力で行きたいが、それをすると七海さんの限界の方が近いかもしれないので時間内で距離を稼ぐには少しペースを落とす方が最善と判断してのことだ。


 俺は目線を生徒会の二人に送り、猪瀬さんを乗せて走り出した。

 ふよんっふよんっ……、走る度にこれは……。

 心頭滅却!


 そこからは七海さんにも手伝ってもらいながら俺が片手で魔獣の対処をして、ボスのいなかった10階層を抜けて11階層の途中を疾走していると……、


 「あ、あおっち。ずっと揺れていたから今まで飲んだポーションもあって……お、おしっこしたい……」


 俺はそれを聞くと無言で背中から猪瀬さんを降ろすと、携帯用トイレを取り出して渡した。


 「あ、ありがとう。ちょっとそこの角でしてくるね。ぜ、絶対に来ちゃダメだからね!」


 「行かない、行かない」




 「お待たせ」


 恥ずかしそうに猪瀬さんがモジモジしながら帰ってきた。

 というかあと少しでスタートから3時間だ。

 気配察知にはちょうど3時間になるくらいで生徒会の二人が俺たちに追いつく事になりそうだ。

 ダンジョン探索部の気配も感じないし、ここで終わっても大丈夫だなと俺は確信した。


 「時間的にもうすぐ3時間になるから、ここで生徒会の二人を待ってフィニッシュにしようか」


 「おー。疲れたねー」


 「最後はおんぶしてもらってあおっちごめんね」


 「訓練になったから大丈夫だよ」


 「それってやっぱりあたしが重いってことじゃん!」


 「「あはは」」


 俺たちが休憩しながら談笑をしていると生徒会の二人がやって来た。


 「や、やっと追いついたか。ハァ、ハァ……」


 「……」


 女生徒の方は無言で大の字になっている。



 「そろそろスタートから3時間になるんでここが俺たちの最終地点って確認をお願いします」


 「あ、ああ。わかった」


 俺は生徒会の二人に最終地点の確認をしてもらうと、5人で場所がわかるように念のために証拠写真を端末でとってゆっくりと帰ることにした。


 というか最近はずっと魔法陣転移を使っていたので帰りがめんどくさすぎるな……。

 俺はそう思いながら来た道を引き返すのだった。

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