閑話 ある日の放課後(三人称)
国立第一東高校に矜一が入学してから2週間がたった頃、探索者協会ではダンジョンでのケガや死者を減らすために、東京ダンジョンの1階層から15階層に出現する魔獣の特性や倒し方、各階層の特徴などを国のトップレベルであるA級探索者を招へいして、講習会を開くという催しがあった。
A級探索者と言えば、テレビにもよく出演して話題になるほどの有名人ばかりであり、その人気も実力も高い有名人が講習する事で、力を持ち強くなったことで横柄な態度をとるようになった探索者もおとなしく受講し、ダンジョン内で死傷する割合が減る効果が期待されているものだった。
そしてそれは大きな会場を使うために郊外で開催されるため、矜一はそれに参加するために家の近くのバス停からバスに乗り会場へ向かう。
「お、席が空いてる。ラッキー。ここから会場までは結構遠いから良かった」
矜一は窓際に座っている人に一言、断りを入れてからそこに座った。
ほどなくして座席は満席になり、40代程の男性客が一人立って乗るほどになっていた。
いくつかのバス停を過ぎたが乗車する人も下車する人もでず、矜一の目指す会場へあと半分という所で一人の乗客が乗車してきた。
その人のバッグにはマタニティカードが付けられていて見た目からも妊婦と分かるものだったが、優先席に座っている乗客でさえ席を譲る事はなかった。
その女性はバスが曲がり角を曲がったりすると車内が揺れて見るからに気分が悪そうにしている。
矜一の座る席は少し後方であったが、妊婦さんに一声かけてから、矜一は『お降りの方はこのボタンを押してください』のボタンを押して席を立った。
降りるボタンを押さずにそのまま譲れば良いだのが、相手が申し訳なく思って気にするかと思ったためだ。
「お、ラッキー!」
さらに後ろに立って乗っていた40代に見える乗客が矜一が座っていた位置に座ろうとする。
とっさに矜一は腕を伸ばし通路を塞いだ。
「アン? なんか文句あるのかよ」
「いえ、すみませんがこの席はアチラの方に座っていただきたいので降りる前に早めに立ったんです。申し訳ない」
「ハッ、だったら最初からそう言えよ」
男の乗客は悪態をついて戻っていった。
「うーん、わかるように一声かけたんだが……。あ、すみません。どうぞ座って下さい」
「ありがとう。ごめんなさいね。揺られて少し気分が悪かったの」
「いえいえ、ちょうど降りる所でしたから」
矜一は次のバス停についたために乗車賃を払い、下車するのだった。
「立っていた人が割り込もうとしたせいで、妊婦さんには逆に気を使わせてしまったかもな」
矜一はそう言いながら、ギルドの講習会場へ向かうためにバスの時刻表をみる。
「20分後か。空いた時間どうするか」
特にする事も思い浮かばなかったので結局、ぼんやりしたまま時間をつぶし次のバスに乗って会場に向かった。
「A級探索者パーティ
矜一は案内に従い会場入りする。
講習は1階層のことも丁寧に話をしていて生き物を殺す覚悟をここで付けるだとか、ビッグマウスからは先に攻撃が来ない事など、『知っているとは思うけど』確認を込めてなどと言ってしっかりと説明されていた。
さすがにA級探索者のパーティとあって、階層が上がる度にその説明も身振り手振りに加えて魔獣役と攻撃側に分かれて動きの説明を加えてとても分かりやすいものだった。
「ふぅ。来てよかった」
講習が終わり、それぞれが退出する中で矜一は講習に来た事に満足していた。
流れに沿って入り口を出た時、
「あ! 君。バスで席を譲ってた! 待って~!」
矜一が振り返ると、一番初めにギルドに行った時に受付にいた金髪のおねぇさんだった。
「あ、ギルドの」
「あー、私はギルド職員の
「はい。俺は蒼月 矜一です」
矜一はギルドへ初めて訪れて以降、番号札のいたずらでこのおねぇさんに一度も当たる事がなく、少し残念に思っていた。
「蒼月君。それより今日は見たよ。ごめんね。私も席を譲りたかったんだけど、私は窓際で通路側の人が他に座っていたから躊躇しちゃった」
矜一は確かに隣に人が座っているのに、奥から「ここ譲ります」は言いにくいだろうなと思う。
「ああ、あのバスに乗ってたんですか? それは恥ずかしいですね」
「そんな事ないよ! しかもここに来てるって事は本当は降りる必要もなかったんでしょう? 周りに気を配れるのは大事な事だと思うよ」
矜一は降りる必要が無かった事まで当てられると、さすがに恥ずかしすぎて頬を赤らめた。
「おねぇさんはそっちが素の口調なんですか?」
「あ! つい普通にしゃべってしまったね。まあ……今も一応ギルドの職務中ではあるんだけど、誘導や見回りの予備人員だから堅苦しくなくてもいいかなって」
「はい、そっちの方が俺も話しやすいです」
「あはは、ありがとう。バスの中での事をつい話したくて呼び止めちゃってごめんね」
「いえ、大丈夫です」
「ならよかった。じゃあ気を付けて帰ってねっ!」
「はい。ではまた」
矜一はギルド講習にも満足していたが、今日一番の満足はこの笑顔を見られた事だなと思いながら帰路につくのだった。
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