第47話 挿話ー蒼月今宵➀ー

 ―― 蒼月今宵視点➀ ――



 私には1歳年上の兄がいる。

 私の幼少期で覚えている事で一番古いものは、私は泣いていてその兄に手を引かれていることだ。


 恐らく幼稚園くらいだとは思うが、年齢もはっきりせず、何故泣いていたのか、どうして兄に手を引かれて歩いていかのかも覚えていない、そんなおぼろげな記憶。


 小さい頃の私は何をしてもどんくさくて上手くできず、そのせいか人としゃべるのも得意ではなかったから何時も一人だった。


 だから幼稚園のような人が集まる場所は嫌いだった。家に帰ると、優しい両親と兄がいて私の世界はそこで完結していた。


 兄が小学生になると、ごく近所ではあるが一人で遊びに行く事が多くなった。私も一緒に行きたかったが、まだ危ないと言われてお留守番をする時は寂しかった。


 私の世界は狭かったから、変わらず両親と兄は優しかったが、私が幼稚園から戻って、少し経つと兄が帰って来る。

 そして兄が遊びに行くと世界の3分の1が欠けたような気にさえなった。


 だから家族の気を引くために良く泣いていた気がする。

 1年経って私も小学生になり、近所でなら遊びに行っても良いという事になった。


 兄について行くと、そこには時々家に遊びに来ていた近くに住んでいる兄の同級生の女の子がいた。

 名前は椿ちゃん。


 そこからは良く3人で遊ぶようになって楽しかった。

 学年が上がると行動範囲も広がったが、椿ちゃん以外の子たちとも兄は遊ぶようになっていた。


 兄が小学4年生になると、椿ちゃんが兄を独占しようとし始めたので私も頑張って人見知りを治し、自分の事を今宵と強調するように呼ぶようにした。

 どんくさい自分を治すために良く体を動かして運動ができるようにも頑張った。


 この頃は運動ができるだけで皆から一目置かれるようになっていたので、私が人より運動ができるようになるにつれて私に話しかけてくれる同級生たちも多くなった。


 椿ちゃんが中学1年生になった頃、薙刀を習い始めたので私も両親にお願いして同じ所で薙刀を習う事にした。

 負けないように必死で頑張った。


 私は中学に上がると、今まで以上に友達が増えて楽しかったが、中学1年生の終り頃に信じられない悪口を聞いた。


 それは自分の兄のレベルを馬鹿にされているものだった。

 私のヒーロ―である兄が悪く言われる事にはビックリしたが、私だって私の事を嫌いな人はいるだろうからと思い直した。


 その悪口を言っている集団の全員が見える位置に移動した時に、その中に椿ちゃんが居て兄の事を否定していなかった事が更に私を混乱させた。


 椿ちゃんの悪口を他の人に言われていた時は兄が一生懸命にそれを否定していたのを何度も見ていたからだ。


 私は憤慨して文句を言いに行こうとしたが、友人に呼ばれ休憩時間の間に先生に頼まれていたものを職員室に持って行かなければいけなくて、その場を後にしてしまった。


 その時くらいから私の学年でも私を攻撃してくる子が出始めた。

 周りの子が言うには私の派閥に対抗して、自分たちが一番になりたい派閥の子たちらしいという事を教えてもらったが、そもそも私は派閥なんて作ったつもりもない。


 私の事を悪く言うのは構わないが、それと同時に兄の悪口もその子たちは言うようになった。

 私は容赦なく、兄の悪口を言う子とは縁を切っていった。

 相手に何かをしてもいない。

 ただその子たちに興味が無くなったのだ。


 私が中学2年生に上がってしばらくした頃には、椿ちゃんが兄に直接なんでレベルが上がらないのか、何故もっと頑張らないのかと問い詰めているのを聞いてこの人にも興味がなくなった。


 でも今まで兄に助けてもらっていた癖にあの人のあの態度がどうしても許せなくて、習っていた薙刀を辞めるついでに道場内の練習試合の全てに勝ってやめた。

 少しだけ気分が良くなった気はしたが、虚しかった。



 なんと兄があの人を追って、探索者高校に合格した。

 この高校は、中高大一貫の学校で、中学生になる時には私にはその中学の入学案内も来ていた所だった。

 外部入学枠は少ないが、今の成績なら十分に狙えるし過去に案内が来た事もあり私も目指そうと思う。



 兄は高校に入学してダンジョンを探索する様になってから忙しそうにしていたが、話を聞くと教えてくれて昔に戻ったようで楽しかった。

 だから私も連れて行ってとお願いしたら、まさかのOK!

 そして初めてのダンジョン探索は怖い事もあったけど、何より兄と一緒に居られて楽しかった。


 2日目で兄を慕う女の子……私と同級生のマコトちゃんと友人になった。

 兄をずっと目で追っているし、絶対に好きだと思う! 私のお兄ちゃんはカッコ良いんだよ!!





 「なんだぁ? 物乞い共、あれだけ痛い目に合わせてやったのになんでダンジョンに入っているんだ?」


  ダンジョンで兄が剣を買いに行くのを見送ってから4人でゴブリンを倒していると、不意に後ろから声が聞こえた。

  振り向くと、3人の探索者が立っている。


 「俺は前に言ったよな? 物乞いがダンジョンに入るんじゃねーってよ!」


 マコト達の知り合いなのだろうか? それにしては言葉は物騒だ。


 「すみません、 私達、今狩りをしているので、、邪魔なら移動しますから」


 私はトラブルにならないように間に入って、相手の先頭にいるガタイの良い男に話しかけた。


 「ハッ、1-5クラスの落ちこぼれか。最初は違う奴かと思ったが、少し前までいた奴も一度ボコボコにしてやった癖にまだダンジョンに来てやがる」


 ? 言っている事が要領を得ない。

 彼の言い分だと兄は喧嘩をして負けた? 

 もしそうだとしても、今ここで邪魔をされるいわれはない筈だ。


 「いえ、ですから私たちはもう移動しますので」

 「馬鹿が! 行かせるわけがないだろ!」


 彼はそう言うと一気に近づいて来て、殴りかかって来た。私は咄嗟に身をかわす。


 「ちょっと、何をするんですか!」

 「今宵ちゃん!」

 「止めて下さい!」


 3人も声を挙げるが、私はそれどころではなく、避けるのに必死だった。


 「腐っても国立か~? お前、あの男より強いんじゃないか?」


 これは完全に絡まれてはいるが、ギルドに助けを求めるかどうかで言えば悩む所だ。

 そもそも助けを求めてもその助けが来る間にもっと激情する可能性もある。


 呼ぶだけでも30万円……。

 彼らの言動からすれば、こちらが気に喰わないから少し痛めつけようという感じに見える。

 どうすれば……。お兄ちゃん。。


 「もう良い、お前ら女は切って動けなくしろ。ロリでも男を喜ばせられるだろ。男はどうせ全員最終的には殺すんだ。先に始末しろ。そうだな、そこのおっぱいはあんまり血だらけにするなよ。ハハッ」


 ガタイの良い男は他の2人にそう指示すると剣で私を攻撃してきた。

 判断を誤った。

 直ぐに助けを呼ぶべきだった。

 特に桃香ちゃんへの発言は私達を性の対象としてみているし、最終的に殺すとまで言った。


 「任せてって言ったぁ!」


 私は相手の剣を弾き、更に切りかかるが防がれる。

 近くでは聡も剣で応戦して他の2人は聡を援護しているが、相手はゴブリンではなくそれよりも圧倒的に強い二人。

 早くコイツを倒して援護に行かないと。


 ガンッ ガンッ


 何度攻撃しても相手に弾かれてしまう。


 「おい、遊んでないで早くしろ。コイツは意外にやる様だ」


 急がないと……。

 力任せに攻撃をされた聡が吹き飛ばされ壁に当たると、そこからは一瞬でマコトも桃香も剣を吹き飛ばされて殴られ倒れてしまった。


 大丈夫。諦める事はしない。

 だって諦めた時点で待っているのは死なのだから。

 命のやり取りをする。

 相手を攻撃する事に躊躇もしない。

 私は覚悟を決めて、3人と対峙した。


 「やぁああ!」


 私は叫声きょうせいを上げて剣を振り下ろす。

 今までは何処か人相手では殺してしまうかもという躊躇があった。

 でももう形振り構っていられる状態ではない。


 ガンッ


 「コイツ! お前ら回り込め!」


 そう、回り込まれようとするのは分かっている。

 兄に教えられて、トラップ部屋でゴブリン10匹以上と対峙してできる限り相手に良い位置取りを取らせず、攻撃する練習は何度もしている。


 「やぁ!」


 横に回り込んだノッポを蹴り飛ばす。


 「グッ、コイツ」

 「はぁ。はぁ」


 息を整えなければ。


 「そこまでにしろ。でないと他の3人を今スグ殺す」


 ! その発言を聞いて私は一瞬ひるんでしまった。

 いや、どの道もうその発言をされた時点で私がここで凌辱されて死ぬ運命は決まっていたのかもしれない。


 その言葉を聞いて動きが鈍った私に小柄な男が剣を振るう。

 避けきれずに足を斬られてしまった。


 「うっ」


 咄嗟に片足をついてしまう。


 「おらぁ!」

 「ぐっぅ」


 そこからはもう蹴られたり殴られたり、顔を守るので精いっぱいだった。視界が涙で歪む。


 「ふぐぅ。お兄ちゃん」

 「おいおい、汚ねーな。涙と涎とドロまみれ。血は流してるし、さすがにこんなに汚くては起たないぞ」

 「「ギャハハっ」」

 「おらぁ!」


 お腹を蹴られ、私は意識を失ってしまった。




 

 誰かに呼ばれているような気がする。

 私、どうしてたんだっけ。

 そうだ、3人組の男に……、まどろみの中でそう思いだすが、あるはずの痛みがない。そろりと目を開けてみる。


 「う。お、お兄ちゃん?」

 「今宵!? 大丈夫か? 無理はするな!」


 ああ、お兄ちゃんだ。

 私のヒーロ―。

 迷惑をかけてごめんなさい。

 そして助けに来てくれてありがとう。



 

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