第46話 感応(かんおう)



 「11万2000円になります」


 ダンジョンを出てすぐ近くにある探索者御用達の武器屋で一番安い鋼の剣を買う。


 「カードでお願いします」


 俺はギルドカードを手に取り機械に通して決済し退店する。

 時間を見ればまだ14時過ぎ。戻ってから3時間は探索可能だ。


 「急いで戻ろう」


 3階層なので問題はないとは思うが、流れるようにゴブリンを倒していたとはいえ、妹はまだダンジョン探索2日目だ。

 ダンジョンに入った時間で言えば、マコト達3人の方がはるかに長い時間潜っている事だろう。


 1階層を早足で抜け、2階層の途中でふいに脳裏に妹の声が聞こえた気がする。


 「!? 今宵?」


 立ち止まり、周囲を見渡すが今宵はいない。

 気のせいかと歩みを進めようとすると、また声が聞こえる。

 しかも今度は今宵が剣を構え、何かと必死で戦っている。

 目の前ではない、脳裏にそんな絵が一瞬みえたのだ。


 急に不安が襲ってくる。

 今宵たちがいるのは3階層だ。

 ゴブリンに後れを取るとは思えない。

 しかしながら、今感じた今宵の声や戦闘風景は酷く焦っていて助けを求めていた。


 「急がないと」


 俺は今まで以上に全力で2階層を駆け抜け、3階層に入り今宵たちがいる場所を目指す。

 移動しながら今宵たちがいるはずの方角へ意識を向け気配を探るが、どうにもハッキリしない。

 3人ほどの気配があるが、これは今宵たちではない。


 ふいに3人の男が目に入り一人がズボンを降ろし、何かに覆いかぶさろうとしていた。

 スピードを緩めず周囲を見渡す。


 「!? ……今宵?」


 3人から少し離れた所に倒れている今宵を発見し、その近くにマコトと聡も倒れている。

 姿は見えないが、覆いかぶさられそうになっているのが桃香なのか?


 「何をしている!」


 少し距離があるが俺は大声で3人に声をかけると、全員がこちらを向いた。

 こいつらは……、いつぞやの俺をギルドの地下訓練場で鍛錬と言って攻撃してきた奴らだ!


 俺が近づくと、ズボンを降ろしていたやつ……俺を直接攻撃してきた事のあるガタイの良いおっさんが服装を整えて俺を見ていた。


 「はっ 何をしているって? どうせ殺す奴らだ。その前のお楽しみだが?」

 「何を言っている? 言っている意味を分かっているのか?」


 「こいつら、いつもダンジョン前でポーターとして雇えってやってるのがウザくてな。一度ボコボコにしたはずなのに性懲りもなくまたダンジョンに潜っていたから、教育的指導をしてただけだ。しかも東校の1-5の落ちこぼれもいると来たもんだ」


 「まあ、お前が離れなくても襲って楽しむ予定だったが、離れてくれたお陰で楽だったよ。まあ居ても同じか」

 「ハハッ」


 ガタイの良いおっさんと重戦士のような小柄なやつが話、ノッポが笑う。

 前にマコトがやられたのもこいつらだったのか? 


 「こんな事をして探索者を続けられると思っているのか?」


 「はぁ? どうせここでお前を含めて全員死ぬのだから、続けられるに決まっているだろう? こいつらだって最後に気持ちよくなって死ねるんだ。問題ないだろ。っていうかお前がお兄ちゃんか? 落ちこぼれクラスのこの雑魚女が最後まで抗ってきたからボッコボコにしてやったわ」


 「ハハハ」


 「任せてって言った!! とか言って泣きながらすげー弱いのに食い下がってくるのww」


 落ちこぼれクラスの雑魚女……。制服を着ている今宵の事だろう。

 こいつらは俺が離れてなくてもどの道、襲ったという話をしていた。

 だから俺が2階層で感じて追跡して来ていた気配はこいつらだったのだろう。


 この3人からすれば俺は一度倒した相手でいてもいなくても関係がないのかもしれない。

 だけど、あの時の俺とはもう違う。

 もし、俺があのまま残っていれば誰も傷つく事はなく対処できたかもしれない。

 つくづく……俺は自分が無能だと思う。

 調子に乗って死にかけ、家族が助けを求めている時にそこに居ない。


 こいつらはここで俺達を殺すと言った。

 俺が昔のままなら、全員ここで死んでいたんだろう。

 俺がもっと遅く戻って来ていても3人は凌辱されていたし、4人共死んでいたのだろう。


 激情に駆られているはずなのに酷く冷静に物事を考えている。

 俺は今日ここで人を殺す。


 世間にバレても構わないが、俺からはあえて自分からバラす事もしない。

 4人の誰かが公表して罪に問われるなら、甘んじて受けよう。

 なんら恥じる事はない。


 恥じる事がなければ最初から公表すれば良いと言う人もいるだろう。

 でもそうじゃないんだ。


 俺からすれば当たり前の事。

 殺しに来る相手を殺す。

 ただそれだけ。

 しかも現状を見れば相手が本気な事は明らかだ。

 世間に訴える? そんなものは必要がない! 


 俺が悪? この状況を経験していないやつがそう言うならそうだろう。

 それを言う奴は自分の家族が殺されそうな時にそれをただ見るだけなの? 

 捕まえて罪を償わせれば良い? 

 多くが早くに出所して、再犯を犯すのに? 


 もちろん、更生する人も多くいるだろう。

 だけど一部の人は人権と言って犯罪者を擁護するが、犯罪を犯した人が再犯をして犯罪に合う必要のなかった人が犯されたり殺されたりしている事には不運だと切り捨てる。

 起こる必要がなかった犯罪。

 未然に防げる犯罪を容認しておいて何が人権だろう。


 「なんだぁ? またビビったのか? 無様に土下座して謝って見ろよ。殺さないかもしれないぞ」

 「ギャハハ! お前絶対に殺すじゃん!」


 ハハ。俺も自分自身に言い訳していたようだ。ああそうだな。俺は悪。それで構わない。


 「身体強化アビリティライズ


 俺は身体強化の呪文を唱えると、目の前のガタイの良い男に向かって突っ込んでいき、剣を振るった。


 「!? グッ コイツ! お前ら!」


 咄嗟に体の向きを変えたのか一撃で仕留める事ができなかった。

 俺よりレベルが高く15はあるのかもしれない。

 だから、なんだと言うのだ。

 彼らの動きは酷く遅い。


 「コイツ!」


 二方向から俺へ剣が振り下ろされるが、


 「ファイヤーボール!」 キンッ!


 ノッポを火だるまにして、もう一人の剣を剣で弾く。


 「うぎゃあ」


 剣を弾いて相手が体制を整える前に俺は小柄な男の胸に剣を突き刺した。


 「ぐふっ」


 一人は火だるま、もう一人は口と胸から血を流しどちらも致命傷だ。


 「ま、まて。お前は誰を攻撃しているのか分かっているのか? 俺らはクランAxcisアクシズの2次団体、トワイライトだと知ってやっているのか? 家族もろとも狙われる事になるぞ。今ならまだ間に合う!」


 アクシズ? トワイライト? 今更報復されるのが怖くて剣を収めるとでも? 

 アクシズ教でクランマスターがアクアなら……、いやそれは良いか。


 「ふっ 冗談はよせ。お前が自分でここにいる女性は凌辱するし全員殺すと言ってたじゃないか。お前が生き残る事こそが俺の家族や仲間の命に関わる。そもそも、お前が言っていたんじゃないか。目撃者がいなくなれば問題は起きないと」

 「今ならまだ間に合う。話せばわかる!」


 完全に俺が悪役のようなセリフをガタイの良い男が吐いている。


 「既に剣を振り上げた相手に、通じる言葉ではなかったな」

 「き、貴様っ……グエッ」


 俺はそう言うと男の首を跳ね飛ばした。

 ボトリと首が落ちる。

 他の2人も既に息絶えているようだ。

 俺は3人の亡骸をアイテムボックスに回収すると、切られて一番酷い状態の今宵に近寄り、普段魔法を使う時よりも魔力をこめて回復をする。


 「ヒール!」「ヒール!」「クリーン!」「ヒール!」


 そして次に気配が小さくなっている聡に近づき回復する。


 その後マコト、桃香と回復させるが全員気絶したままだ。

 目を離すのは心苦しいが、4人の気配を感知したまま別の道に移動してゴブリンが居る事を確認すると、俺は殺した3人の亡骸をそこへ捨てた。


 3人が持っていた剣は見た所、特に所有者がわかるような紋章などもないために3本とも回収しておく。

 その後、俺は急ぎ4人の居る所へ戻り介抱するのだった。




 「う。お、お兄ちゃん?」

 「今宵!? 大丈夫か? 無理はするな!」


 しばらくすると今宵が目を覚ます。


 「お兄ちゃんごめんなさい。守れなかったの。ううっ」


 今宵は声を殺して泣き始めた。


 「俺の方こそごめん。俺が離れたばっかりにこんな目に合わせてしまって」


 俺は今宵を抱きしめて慰める。


 「う、うわーん。任せてって言ったのに。ごめんなさい」


 どんな言葉をかけようとも、今の今宵は自分を責めるだけかもしれない。俺は強く抱きしめて「よく頑張ったな、間に合ったから」と慰めていると、落ち着きを取り戻してきたようだ。


 「ほ、他の皆は?」

 「回復はしたが、まだ意識は戻ってない」


 抱きしめられていたのが恥ずかしかったのか所在なさげにしながら、俺の言葉を聞くと今宵は俺から離れて3人の様子を見に動いた。


 「マコトちゃん、桃香ちゃん、聡君ごめんね」

 「う、今宵ちゃん?」


 今宵の声にマコトが反応した。


 「マコトちゃん守れなくてごめん」


 今宵がマコトに抱き着いて謝っている。


 「ううん。こっちこそごめん。あいつら私たちに絡んできてた奴だったから。あの三人は!?」


 やはり、前にマコトをダンジョン前で攻撃していたのはあいつらか。


 「マコト大丈夫だ。安心しろ」

 「あ、矜一さん。また……助けてくれたんですね」

 「いや、俺のせいだ。俺が離れなければ」

 「お兄ちゃんのせいじゃないよ! 今宵が剣が足りないなんて言わなければ。うぅ」

 「落ち着け今宵。それよりマコト、痛い所とかはないか? 大丈夫か?」

 「大丈夫みたいです。もしかしてまた、ポーションを?」

 「いや、使ってないから気にするな」

 「うっ。お兄さん?」


 桃香も気が付いたようだ。


 「桃香ちゃん!」「桃香!」


 今宵とマコトが桃香が気づいた事に声をあげる。


 「桃香、痛い所はないか?」

 「お兄さん。大丈夫みたいです。アタイ……あいつらにボコボコにされたのに……」

 「安心してくれ、あいつらは追い払った。もう絡まれる事はない」


 もう永遠にあいつらとは会う事もないが、それを教える必要もないだろう。


 「う……」


 聡もどうやら意識を取り戻したらしい。


 「「聡!」」「聡君!」


 「ねぇちゃん? 皆も。ごめん俺、男なのに守れなくて」


 ああ……そうだよな聡。

 俺もお前たちが守れずに同じ気持ちだ。


 「聡! 何言ってるの! アタイを庇ったせいで!」


 桃香は桃香でお姉ちゃんなのに弟を守れなくてごめんと、聡に抱き着き痛い所はないかと聞いていた。


 「聡、大丈夫か?」


 ひと段落した所で俺は聡に声をかけた。


 「矜一さん。はい、大丈夫です。また助けてくれたんですね」


 マコトの時の話を言っているのか? 

 今回は俺がいなかったせいでこうなったと俺が思っているために助けたという印象はない。

 寧ろ俺のせいで怪我を負ったという認識だ。


 「いや、遅くなってすまん。今日はもう帰ろう」


 俺は4人に向かって帰宅を促す。全員、何かを言う事もなく帰宅する事に賛成のようだ。



 帰り道にポツリと今宵が呟いた。


 「強くなりたい」


 その声を聞いた他の3人も口々に言う。


 「アタイも強くなりたい! こんな理不尽に負けない強さが欲しい」

 「私も、もうやられるだけの人生は嫌!」

 「僕も家族や仲間を守れる力が欲しい」


 俺は4人ともその結論になった事に驚愕していた。

 今宵は負けず嫌いだから心は折れないだろうと思っていた。

 寸での所で最悪な状況は食い止められた。


 だけど、他の3人は探索者としてではなくポーターを選択していたような生き方だったので、ポーターすら今後はもうしない可能性も考えていた。


 「じゃあ訓練しないとな。一緒にやるか?」


 今宵が俺と訓練するのは確定している。

 3人に向かって俺は彼女たちの意思を訪ねてみる。


 「「「お願いします!」」」


 3人が3人とも心が折れず、やる気になっている。

 間に合って本当に良かった。俺は心から思うのだった。


 


 

 




 

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