第28話 ゴールデンウィーク③

 レベルが上がり更にはあのほぼ時間の停止した箱庭で10ヶ月も訓練漬けの毎日をおくった事もあり、1階はそのまま通り過ぎる。


 箱庭での10ヶ月が短いかどうかは分からないが、少なくとも睡眠と夜の学校のための勉学以外は常に自身の肉体と知識の強化に当てられていた。


 これは恐らく頑張っていると言われる人の3倍以上の濃さであったと思う。

 しかも教えてくれる人が規格外だ。


 10階層のボスであるミノタウロスを矜侍さんが倒した時も倒し方のレクチャーをしてもらい、一人でも倒せるとお墨付きをもらっている。


 慎重さも大事ではあるが、ここは戦ってみて多少のリスクを感じる所までは行くべきだと判断した。

 一番の問題はソロである事だけどね。


 ソロだと俺が学校の上級生にちょっかいを出されたような時や単純に手が足りない時に危険が大幅に増してしまう。


 1階、2階を駆け抜ける。

 3階で複数のゴブリンと遭遇したが、一瞬で戦闘が終わる。

 多対1の状況に慣れる必要があるかと思ったが、ステータス的にも3階層では問題がなさそうだ。

 基本的に階層とレベルは比例してると言われているので、今の俺ならば10階層までは行ける事にはなる。


 「でも矜侍さんがミノタウロスに勝てるって言った時はレベルアップの感覚からしてレベル8だったはず。ただ、最初から10階層はクリアを目指していた。そうなると矜侍さんがミノタウロスに勝てると言った俺のレベルは6~8……」


 今ならミノタウロスの魔石が1つ18万で、キャンペーン外になっても12万か。

 流石にこれはリスクをとり過ぎているか?

 今の所、剣の一薙ぎで倒せてしまっているので、そうじゃなくなる所くらいがベストな階層だろうか。

 そう目星をつけて俺はダンジョン内を疾走した。


 

 「走りながら一撃で倒して、10階層への魔法陣前まで来てしまった件……」


 これは正直、判断に迷う。9階層を含めてこれまでコボルド、ブルースネーク、シロダイショウ、スケルトン、フォレストウルフ、ブラックウルフ、オーク、ホブゴブリン、ハイコボルドを複数もしくは挟撃を受けて尚、苦戦どころか手傷を追う事すらなくここまで来てしまった。


 まあ、オーク肉は高い値段で売れたはずなので血抜きしアイテムボックスに入れる時に立ち止まり時間を費やす事はあったが、それを持って苦戦したとは言い難い。


 「矜侍さんの言う俺がミノタウロスは倒せるというのはレベル6くらいの話なのか?」


 魔法陣前で悩み既に30分は経過している。

 現在の時刻は17時30分。

 今までの俺ならボス部屋には行かないが、今の自分の状況を考える。


 ここまでこの速度と苦戦もなく来ていて、ボス部屋に入り負けるだろうか? 

 もしそのくらいの差があるのであれば、広く一般に知られていてもおかしくないように思う。


 懸念があるとすればソロだという事だ。これが6人パーティであれば考える事無く挑んでいるだろう。

 どうにも困った。

 自分の判断では行く事も帰る事も出来ない。

 それなら矜侍さんの言葉から判断する事にしようと決める。


 間違いなく、ミノタウロス戦を始める前に「今のお前でも勝てるが今回は最初以外は手を出さず見ておけ」と言う言葉を聞いた。

 矜侍さんは解析と言うスキルを持っているので、その時の俺であればレベル8の状態でも勝てるという判断だ。

 もしあの箱庭の訓練を終えた時点の話であればレベル6で、そして現在はレベル10になっている。

 矜侍さんの判断であれば「今の俺」はミノタウロスに勝てるという事になる。


 「よし、決めた。ミノタウロスを倒そう」


 俺は覚悟を決めて、10階層のボス部屋への魔法陣へと踏み出した。


 「ブモォォー!!」


 10階層に入ると直ぐに咆哮が聞こえる。


 「前回も思ったけど、担任の冴木先生の威圧よりは弱いんだよな……」


 咆哮は確かに身体にビンビンと来るんだが、入学式の後の冴木先生の「静かにしろ」と言って威圧した時の感じよりもミノタウロスは弱く感じる。

 国立探索者大学を出てるって話だったから、10階層のミノタウロスよりは当然強いか。

 俺はそんな事を思いながらミノタウロスと相対した。


 ドォーン!


 ミノタウロスが拳を俺に振り下ろすが、避けて地面に当たった事で大きな振動と音がする。

 砂煙の中、直ぐにかわされた事を理解したミノタウロスは逆の手で追撃をしてくる。

 俺はそれをかわし、至近距離から今日初めて魔法を使った。


 「ファイヤーボール!」


 それはミノタウロスの腹部に当たり弾けた。


 「アチッ。アチチッ」


 至近距離すぎてミノタウロスの腹部が壁となり熱風が俺を襲う。

 追撃をしたかったが、その場所に居る事ができず咄嗟に距離をとった。


 「一人フレンドリーファイアとか笑えない……」


 ブモォォ―!


 ファイヤーボールではたいしてダメージを与える事が出来ずミノタウロスを激怒させてしまった。

 剣を手に持ち、切りかかる事で手傷を追わせていくが、表面だけを傷つけているようで手ごたえはない。


 ミノタウロスの攻撃は俺のスピードより遅く、今の所は全てかわせているが、こちらには決定打がなく、ミノタウロスはタフで俺の体力が切れてしまえば一方的に攻撃を受ける事を予感させた。


 「長期戦は不利か。かといって決めてもない。どうするか」


 こういう時の王道で言えば、目、口腔内の攻撃だがミノタウロスは大きく5メートルほどの巨体で目を狙うなら魔法が最善とは思うが角度的に当てれる気がしない。

 膝をつかせれば可能だろうが……。


 膠着状態になってから既にかなりの時間が経過している。

 体感では30分もしくは1時間は決め手がなくこちらの体力が奪われている状態だ。


 勿論俺も何も考えずに攻撃している訳ではない。

 深く攻撃が刺さらないのでアキレス腱、膝裏を狙い、少しでも効果的にダメージを与える事を考えて攻撃している。


 ミノタウロスは初めは直ぐに血が止まり回復していたが、今では深い傷はないが全身から血を流していた。


 「はぁ。はぁ。キツイ」


 このままでは体力勝負になってしまうので、一気に決める必要がある。


 「ライト!」


 俺はミノタウロスの目の前で光魔法のライトを使った。

 10階層は暗くはないが、目の前でライトを見れば視力を一瞬失う程度にはまぶしい。


 俺はそのままミノタウロスの後ろに回りアキレス腱、膝裏を狙う。

 これまでも何度も切りつけた甲斐もあってそれなりの深さまで到達していた。

 俺はそこから更に膝カックンの要領でミノタウロスの膝裏を全力でキックする。


 「グモォ」

 

 ついにミノタウロスが膝をついた。

 俺はその瞬間を見逃さず後ろからミノタウロスに駆け上がり、両目を剣で切り裂き、顔面に魔法を放つ。


 「ロックブレット!」


 岩の弾丸がミノタウロスの顔面に当り、前に倒れそうな体とは逆に顔が仰け反った。


 俺はそこを見逃さず喉に目掛けて剣を突き刺す。


 「はぁあ!」


 俺の力の限りで剣を喉に突き刺し、それは貫通した。

 身体が熱い。

 レベルアップだ、そう思った瞬間ミノタウロスが俺を払い除けた。


 「ぐふっ」


 俺はダメージを受け吹き飛ばされるが、追撃は来ることがなかった。


 「ふぅ、ふぅ。最後の力を振り絞ったのか? いやレベルが上がった事から既に息絶えていたはず。そうか、死んだからといって行動が直ぐにキャンセルになるわけではないのか」


 最後の最後で残心を怠ってしまった。

 今回はレベルアップというイレギュラーがあったとは言え、今後似たような状況になる事もあるだろう。

 良い経験になったと思いたい。

 俺は動かなくなったミノタウロスから魔石を取りだしながら思うのだった。


 「ふぅ。疲れた。戻ろう」


 ミノタウロスを倒した俺は魔法陣に乗って、来た階層を戻るのだった。


 

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