第19話 箱庭➀

  「おにいちゃん、こうえんにいこっ」


 妹が俺の方を向かって楽しそうに話しかけて来る。


 「きょうちゃん、私ローラースライダー乗りたい」


 椿が長い滑り台‥‥‥ローラーがついていてスピードがでるローラー滑り台に乗りたいと言っている。

 椿も笑顔だ。


 あぁ……これは夢だ。

 何気ない楽しかった時の思い出。

 俺が小4の時に家の近くにある、大型遊具が置いてある公園に行った時の夢だ。


 今では椿には『ねぇとかちょっと』と呼ばれるが、この頃はまだ愛称で呼んでくれてたんだな。

 暗くなるまで遊んだのに今宵がまだ遊ぶと駄々を捏ねて、家に戻った時に遅くまで妹を連れまわして何してるのと両親に怒られたっけ。


 あの時は怒られた事が不満だった。

 でも……今はその家族との全ての思い出が愛おしい。

 死を覚悟したあの瞬間、確かにゴブリンは一掃されて助けの声を聴いた。

 俺は助かったのだろうか。


 場面が唐突に変わる。

 夢では良くある事だ。


 東校の制服を着た椿と俺が歩いている。

 登校の時だろうか。

 普段、登校は一緒にしているが会話は特にないので何時かは明確にはわからない。

 椿が一歩後ろを歩いている俺に振り向いて話しかけてくる。


 「ねぇ、どうして死んでくれなかったの?」




 俺はその言葉にショックを受け目を覚ます。


 「もう夢の中でさえ、笑ってくれないのか」


 中学3年の頃には俺が嫌われていることは既にわかっていた。

 でも夢の中でさえ、嫌われていてしかも死ぬ事を望まれるなんて。

 リアルの椿ならどんなに嫌っていても、そんな事は言わないし思わないということが解ってはいても、やはり悲しい。

 とそこで、自分の状況を思い出す。

 助けてもらえたのか?


 「ここは‥‥‥?」


 部屋を見渡すが、自分が寝ているベッド以外に何もない。

 身体を起こしてみるが、痛みはない。


 「治療されている? ここは何処だろう」


 立ち上がりドアを開ける。

 そして目に入ったのは何もない平原だ。

 いや、もう一つだけ小さなコンテナがある。

 あっちに助けてくれた人がいるのかな? そう思い向かう。

 ドアを叩く。


 「すみません」


 返事がないのでドアノブを回し開けて中に入ると、そこには風呂場とトイレがあるだけだった。

 ここは何処なんだ? 

 ダンジョンの近くにこんな平原があった記憶はない。

 個人所有? 

 でも先が見渡せない程の平原がある場所なんて……。


 「お、起きたか?」


 唐突に話しかけられ、後ろを振り向く。

 全てが見渡せ気配も感じていなかった。

 そこには30歳前後だろうか? 中肉中背でやる気はなさそうだが、どこか神秘的な男性が立っていた。


 「貴方が……助けてくれたんですよね?」

 「あ? ああ、変な気配を感じたから、調べていたらお前がいたからな。俺は天城 矜侍あまぎ きょうじだ」

 「助かりました。有難うございます。蒼月矜一です」


 お礼を言い、挨拶を交わす。


 「ああ、礼は良い。悪いがお前からダンジョンコアの気配がしたから、全てを見させてもらった」

 「ダンジョンコア?」

 「ああ、普通はわからないか。ダンジョンコアはダンジョンを形成するのに必要な核だ。それがお前の気配から感じたので解析した。だからお前のプライバシーは全て見させてもらった」


 まずい。

 助けてもらったと言うのに、この人の言っている事が理解できない。

 電波な人なんだろうか?


 「なんだその眼は。信じてないのか。俺はDungeon Rulerダンジョンルーラー。ダンジョンマスターと言った方がわかりやすいか? それより上の存在‥‥‥、だからなんだその眼は」

 「いえ、ちょっと何を言っているのか分からないから‥‥‥。厨二病?」

 「おっ前、失礼なやつだな。まあ信じないでも良いが、お前がイジメられていてレベルがずっと1から上がらない、俺が作った指輪を持っている事、第一東校に通っている事、妹の名前が今宵。なんでも知っている」


 やばいやばい、ストーカー? 助けられたのもストーカーだから?


 「いやその眼‥‥‥解析したって言っただろう? 脳を見たと言えばいいか? しかしあの。結局、えにしつむげげなかったか」


 あの娘? 縁? 言っている事がわからないが俺の脳内を見られた? 

 そんな事ができるのだろうか? 

 この人に俺をストーカーする理由なんてないし、解析というので見たと言われればそうなのだろうか?


 

「まあ、別に信用しなくても構わない。お前の了承もなく勝手に見たしな。単刀直入に言えば、お前がレベルが上がらなかった原因はダンジョンマスターによる呪いだ。」


 「呪い?」


「そうだ。幼い頃に妹が不審者に絡まれていた事があっただろう? あの時の男がダンジョンマスターだ。お前の妹も潜在能力がかなり高く、狙われてしまった。そこでお前が助けに入り、妹が呪われるはずだったものを肩代わりした感じだな。俺は悪いダンジョンマスターを狩る事をしているんだが……、俺から逃れるために才能のある誰か一人……お前だけから経験値を得る事でバレずに逃れる事に成功していた。今回はたまたま俺がお前の近くを通りかかったから察知できたがな」


 ビックリするぐらい頭に入ってこない。

 理解は出来ないが、不審者に妹が絡まれていたのを助け、泣いている妹の手を引いて家に帰った事は確かにあった。

 そして俺がレベルが上がらなかった原因をこの人は知っていると言う事だ。


 「話からすると、俺はそのせいでレベルが上がらなかったんですよね? どうすれば上がるようになりますか?」


 レベルの事は聞いておきたい。


 「ん? もう上がるぞ? 呪いをかけていたダンジョンマスターは倒してコアを奪ったからな。呪いは解けている」


 レベルの上がらなかった原因を排除してくれたって事かな? 命を助けてもらった上にそこまでしてくれるなんて。


 「ただし、この世の中は一度落ちると見限られる。お前を見限っていないのは家族だけ。今更レベルが上がるようになっただけでは、現状は覆せない。そこで勝手に解析した事へのお詫びとして、強くしてやろうか?」


 一度落ちたら見限られるか‥‥‥。

 先ほど見た夢を思い出す。

 確かにもう幼い頃のような楽しかった状況にはならないかもしれない。

 こんな状況になってまで見限らずいてくれた両親や妹に恩返しもしたい。


 「強くなれますか? だったら、お願いしたいです」


 夢を見たせいか、訳が分からず涙が溢れて来る。


 「よし、わかった! 任せておけ!」


 コンテナが2つだけある空間に、2人の言葉は響き渡るのだった。







 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る