第3話 穴があったら入りたい

 「ただいま」


 学校から家に戻り、玄関を開けながら声を出す。

 数瞬の後に洗い物でもしていたのか手をタオルで拭きながら母親が台所からやってきた。


 「おかえり。入学式はどうだった? せっかく今日は私も休みにしていたのに、世界的な感染症が日本にも広がって保護者観覧が無くなるなんてねぇ。人生の大事な分岐点の一つなのに」


 そう、本当なら今日は保護者も入学式に列席する予定だったのだが、感染症のパンデミックを受けて保護者は入学式への参加が見送られていたのだった。


 「や、別に普通だったよ? 来られなかったのは残念だけど仕方ないよ。それに何時も通りの校長の長い演説を聞いて市長の定型文をただ聞いただけな感じ」


 「ふーん、まあ入学式は大体この春の麗らかな良き日に~。なんてお決まりではあるか」


 俺が入学式の話を降ると母親ももう何度も聞いて来たお決まりの定型文の話をする。


 「そうそう、そんな感じだった。まあ、ああ言うのも毎回全く違う話を考えるとなると時間がかかりそうだしあんなもんだよ」


 それもそうね、でも校門前で写真は撮りたかったわと母さんは言いながら、昼食が出来ていると教えてくれた。


 2階の自室に荷物を置いてリビングに向かうと既に大半の料理がならび妹が席に着いていた。


 「お兄ちゃんおかえり~」


 俺が顔を出すと中3で1年しか違わないのだが、早生まれのせいか妙に子供っぽくみえる妹の今宵こよいが笑顔を向けながら話しかけてきた。


 「お~、ただいま。今宵の方が先に帰ってたんだな」


 「うん。こっちは普通の始業式だからね~。クラスメイトなんて学年のは大体友達だからそんなに気にならないしね」


 これである。

 陽キャである妹はクラス替えによるボッチなど一切関係がない様だ。


 「は~。そうは言っても、キィちゃん達と離れたら寂しいだろ?」


 何度か今宵のクラスメイトであり仲の良い友人として家に遊びに来ていた子たちを思い出して言ってみる。


 「残念でしたー。今宵は運が良いからキぃちゃんもさっちゃんも同クラスですー。受験で友人と離れたお兄ちゃん可哀そう」


 ぐふぅ。

 兄ちゃんな、中3の時にイジメられていたから友人なんて元々いないんだ……。


 「ま、まあ良かったな。今日の昼飯はなにかなー」


 そう言って俺はカースト最底辺を妹に悟らせないよう謎のプライドから誤魔化した。


 「ほら、矜一。手を洗ってきて。今日のお昼は唐揚げよ」


 母親が昼ごはんのメニューを告げる。

 まあボッチの会話を続けさせないように聞いただけで、食卓には唐揚げが盛られていたのは既に見ていたので知ってますけどね!



 食事を終えて自室に戻ると、好きな漫画の単行本の1巻を手に取りベッドに横になる。

 部屋に入った時に棚に目が行き、世間では大人気で俺も集めている漫画が読みたくなってしまったからだ。


 「俺も超集中が使えれば……、まずは呼吸法から訓練してみるか? 超集中 腹式呼吸一の陣 一意専心いちいせんしん!」


 「ガタッ」


 隣から何かを落とした音がした……。

 まさか、まさかだ。

 穴があったら入りたい!  

 いや、小声だったはずだから、きっと妹には聞こえてない。

 たまたまタイミング良く隣で物を落としただけのはずだ……。


 気を取り直して読み進める。

 ベッドに15冊ほど漫画が積みあがった頃、窓を見ると既に日が傾いていた。


 休憩でトイレと飲み物を補充しベッドの15冊を片付ける。

 今出ている最新刊は25巻で、一度読み始めてしまうとそれ以外は手につかない。


 「掃除を始めたら何故か漫画が読みたくなる現象と同じで、一度読み始めたら持っている所まで一気読みするのは仕方ないよね?」


 誰に言い訳するでもなくつぶやくと、残りを読み始めるのだった。

 

 ちょうど読み終わった頃、母親が夕食が出来たと呼ぶので、夕食を食べ風呂にはいる。


 「ふぁ~。ねむっ」


 体は疲れていないが入学式というイベントがあったせいか精神的にはかなりの疲労があるようだ。


 何度もあくびをして船をこぎながら、部屋に辿りつく。

 椿とまた同じ所に通える事を嬉しく思いながら、中学とは違った楽しい高校生活を夢想していると知らぬ間に意識を手放していたのだった。

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