第4話

あっさりと自ら正体を明かしてしまったことに気がついたオウリ───應李おうりと呼ぶらしい────は、失態に気が付くと頭を抱えてやっちまった!と叫んだ。

その姿に、朱雀すざくと顔を見合わせて笑う。

朱雀曰く、應李は自分よりも長生きしている妖怪らしい。どんな妖怪なのかは、應李が頑なに口を割らなかったので分からない。

この世界で言う妖怪って、ただ長生きするだけの人間みたいな生き物なのだろうか。それとも、夢の中で見たあの化け物のようなものなのか。

思い出すだけで、痛むはずもない首がじんじんと脈打つ。

映画や漫画の世界の妖怪の姿と照らし合わせてみても、朱雀や應李の姿は少しイメージとは異なる。こちらも、独自の形や能力がある事が常識なのだろう。


「そういえば」

「ん」

「どうしました?」


口をついて出る。夕焼けを溶かしたような朱雀の瞳に、ビビットピンクの應李の目。それも、妖怪だとバレてヤケになったのか白目の部分が黒く染っていて少しだけ怖い。目付きの悪さが強調されている。


「二人とも、妖怪だからそんなに派手な色をしているんですか?」

「色?」

「髪とか目とか。應李はまあ、普通寄りだけど」


本当は、服装や翼や、頭から生えた小さな翼のようなものにも突っ込みたかったが、こらえる。それまで気にしてしまうと、終わりが見えそうにない。


「ああ。普通ですよ」

「つーかオレらは地味なほうだろ。目立つなら化けてる意味ねーじゃん?てかオレが普通ってなんだよ。十分良い顔になってるだろーが」

「そうなんだ。さすが異世界……」


言う通りだ。朱雀は変化へんげが苦手であまり人前に姿を表さないと言っていたし。應李は失態を犯すまで人間の少年だと思っていた。言われてみれば、飛び上がった朱雀を捕まえた脚力は、人間離れしていた。気が動転していたとはいえ、どうして気が付かなかったのだろう。

應李が耳元でわざと大声をあげるまで考えに没頭していたが、いよいよ血管の浮いた顔で掴みかかられればスルーすることは出来ない。

わざとでは無かったのに。


「お前はオレが年上だって分かっても態度を改めないんだな」

「だって、……めちゃくちゃビンタされたし。應李だって私に対しての扱いが酷いよ!それとも敬っておじいちゃんって呼んだ方がいいですか?」

「はァ!?起きなかったお前が悪いんだろ。てかジジイって呼んだらまた沈めるからな」

「ふふ、應李がおじいちゃんって面白いかも」

「朱雀まで笑うなよ」


顔を赤らめた應李は、ギザギザと尖った歯を見せて怒鳴る。それでもやはり、会話をしていると同い年くらいにしか思えないので最初ほど、怖くはない。穏やかに笑う朱雀も、私から見たらおじいちゃん以上の年齢なのかもしれない。


「朱雀のこと、朱雀って呼んでもいいんですか?」

「あ、うん。ミコちゃんさえ良ければ、どうぞ」

「おい、無視すんなよ」

「ありがとうございます。私もミコ以外に偽名考えなきゃなあ」

「妖怪じゃないのに名乗れないなんて、不便ですね」

「おーい」

「確かに。ユーゴさんに会ったら文句言おうと思います」

「そんなに畏まらなくてもいいですよ。俺のこれは癖なだけだから。應李みたいに接して欲しいな」

「分かり……分かった。ありがとう、朱雀」

「何がですか?」

「ううん。言いたくて」


隣で地面を蹴った應李はあえて無視だ。容姿の幼さと、口調のせいか朱雀には和まされる。

はじめは二人とも怖かったけれど。

應李はヤンキーというより小学生男子だ。

朱雀のおかげでこちらのことが少しだけ分かってきた。その人柄の良さにも救われる。

人、では無いのだけれど。


なんとなく應李の扱いが分かってきた頃、朱雀の頭から生えた小さな右翼が震え出した。

それを見て、應李が声を潜めて真剣な顔になる。


「何匹だ?」

「六。でも足が早いのが一人」


険しい顔で舌打ちをした應李は私を背に隠した。二人の様子の変化に嫌な予感がする。


「どうしたの?」

「何かが近付いてきてる。妖気があるから妖怪なのは確実だけどよ」

「待って。森に、人間が入ってきてる」

「人間がくるまでどれくらいかかる?」

「分からない。匂いを消してる。妖怪の血の臭い……怪我をしてるみたい」

「クソっ。妖怪狩りか」


目を閉じて何かを探るような朱雀に、問いを続ける應李。どうやら、まずい状況になってきているらしい。


(どうしてこうも嫌な事が続くの)


青ざめた顔の朱雀が、俯いていた私の左手を握ってくれる。苦手だと言っていた変化を使った右手の熱さは、人と変わらない。


「大丈夫?」

「大丈夫だよ。朱雀の方こそ」


お互いが嘘をついていることはわかった。朱雀は戦うのに不慣れなようだ。震えが伝わってきて、私もさらに緊張する。










「───ァ!……お!」


すぐそばで、何かが弾けるような大きな音がした。それから男の悲鳴。

獣の鳴き声がして、辺りがざわつき出す。

また響いた破裂音に、小鳥たちが木々から飛び上がった。


「ミコちゃ───」

「助けてくれ!!」


朱雀が、私の手を引いた。名前を呼ばれたことで反射的にあげた顔が、朱雀の大きな瞳に反射している。そこには、私と、知らない男の顔が反射していた。


「ヒッ」


引きるような悲鳴は、直ぐに血だらけの腕で締められる。


「頼む、誰かッ!お前ら妖怪だろ!?なあっ」

「おい、そいつを離せ」

「落ち着いてください!ミコちゃんをっ」

「ミコ……?神子みこか?本当に?」

「馬鹿、朱雀」


ぐっと後ろに引き寄せられたと思ったら、鉄の臭いに鼻先まで埋まる。首元に当てられた鋭い爪は、人間のそれでは無かった。

必死に助けを乞う背後の男は、人間に化けた妖怪だろう。恐怖にすくんで動かない足を引きられる。ハァハァと息の荒い声が、震えている。

朱雀の言葉に締め付けが強くなった。神子という言葉は、確か口に出してはいけなかったはずだ。余程気が動転していたのか、朱雀は口を滑らせてしまった。それに気がついたのか、朱雀は青ざめた顔で口を覆う。應李が舌打ちをすると、それにも妖怪は反応を見せた。


「朱雀……?あの半端者はんぱもんの四神か?」

「……え?」

「ち、違います!俺は、」

「その翼、朱雀の証だろ……!」

「應李!」

「悪い!オレも焦ってんだよ!アイツらみたいに化け物みたいな強さじゃないって知ってるだろ!」


妖怪は、朱雀を半端者の四神だと言った。四神は四獣と同じ意味で。ユーゴさんは、四獣を従えろと言っていた。


(じゃあ、朱雀は最初から分かっていて知らないふりをしていたの?)


浮かんだ思考にかぶりをふる。朱雀に治してもらった身分でなんて事を、考えるのだろう。

いくら自分の身が危険に晒されているからと言っても、こんなに優しい彼を疑ってしまったなんて、最低だ。


場違いな言い合いを続ける朱雀と應李に、妖怪が怒鳴り声を上げた。


「治せよ!朱雀。みんな殺されたんだ……俺だけでも、逃げないと」

「逃げないと、どうなるんですか?」


また、違う男の声がした。

振り返ろうとした首の皮が、ほとんどくい込んでいた妖怪の爪先で切られる。


いたッ」

「お、俺は人間で───」

「嘘つきは、殺されるんですよ。残念ですねえ」


回るように、妖怪が振り返る。押さえ付けられたまま、一緒に背後に立っていた男に対面する。

一人では無かった。長身の男が二人と、二人に比べて少しだけ身長の低い眼鏡の男。それぞれが軍服のようなきっちりとした服装に身を包み、全員が武装している。

特に話しかけていたらしい眼鏡の青年は、既に刀身の広い武器をこちらへ向けていた。

今にも殺してやるとでも言いそうな視線が、肌を刺す。


(人間──?それとも、変化した妖怪?)


「やめてくれッ!四獣なら差し出す!俺はまだ死にたくないッ!」

「だそうですよ」


後ろを伺った眼鏡の男が焦れたように剣先を揺らす。合図を待っているようだった。もう一人、背中に大きな槍のような大剣のようなものを背負った褐色肌の青年は無言を突き通す。



奥に立った冷たい目の男が、天へと向かって上げた手を降ろした。


御意ぎょい


なんてことの無い動作のように、眼鏡の男性が剣を振り下ろす。先程まで命乞いをしていた妖怪が、私を前へと突き飛ばした。


そうして初めて、その姿を目におさめる。

灰色の髪と黒い瞳の中肉中背の男だった。それが、鋭利な爪の先から次第に毛だらけの大きなねずみのような生き物に変わる。


これが、変化を解いた姿。

妖怪の本当の姿なの?

こんなにも、恐ろしくて、みにくい。

大きく裂けた口が、剣を振り下ろした男ごと飲み込もうとした。


執拗しつこい」


悲願のような声色だった。

眼鏡の男は、密かに背中に巡らされていた鼠の妖怪の太い尻尾をあっさり掴むと、その大きな肢体したいの中心へ躊躇ちゅうちょなく剣を刺し込む。


「ぎゃあァァァ!!!!」


つんざくような悲鳴と、血飛沫の中で、命令を下した男がわらっているのが目に焼き付いた。

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