確信

――ピピピッピピピ……――

体が重い。躊躇なく朝が来てしまった。存在を主張する太陽が憎たらしく思えた。

朝ごはんも、歯磨きもいつもよりゆっくりやったはずなのに時間はたっていく。もう嫌だな。でも、遅刻する訳にはいかないから、渋々家を出ることにした。

「行ってきます。」

「行ってらっしゃい気をつけるのよ。」

見送ってくれるママの笑顔が救いだった。グダグダ歩いていたら、あっという間に学校に着いてしまった。教室に入ると、何故かほかのクラスのはずの佐々木がいてこちらを見ている。覚悟はしたんだ、普通にいこう。

「おはよう。」

「おはよう深瀬チャン。」

「……で?あれはどういうこと?」

「……ちょっと俺に着いてきて。」

ここじゃダメなんだろうか。でも、なにか理由があるんだろう。……もしかして、あのことを知っているのかな。だとしたら合点が行く。

「わかった。」

しばらく佐々木の後ろをついて行くと、そこは……

「音楽室?」

「鍵、先生に借りといたんだ。」

得意げに鍵を指でくるくると回している。

「……ねぇ」

「あ、そうそう。昨日、俺が送った意味、分かる?」

何となくはわかったけど、とぼけることにした。その方がいい気がしたから。

「……分からない。」

「……そっか。」

一瞬、佐々木は考えるような顔をして、ピアノの前に移動すると、そこからきこえてきたのは、訳の分からない事だった。私にとっては。

「ねぇ深瀬チャン。俺がピアノで伴奏するからさ、」

「何?」

「一旦歌ってみて。曲はそうだな…これで。」

ふと、手に楽譜が置かれた。……待ってこれって。

「……なんで?なんでこの曲なの?」

「歌えるでしょ?初めて見た曲じゃないはずだよ。」

初めて見る曲どころかこれは、忘れたくても忘れることが出来ないんだよ。……これは私には

「歌えないよ。」

そうだ、怖い。私、怖いんだ。まだ、克服なんてできてないんだ。

「……ソロ、失敗したから?」

視界がくらむ。なんで、なんでそのことを知ってるの?

「何で……」

「何で知ってるかって?……それを説明するのに先に謝らなきゃいけない。ごめんね。」

謝る?どういうことだ。呼吸が荒くなる、目の周りが熱くなる。聞きたくない、でも、聞かなきゃいけない気がした。たとえそれが、自分を傷つけることになってしまっても。

「いいよ、話して。」

「ん。……どこから話せばいいかな。カラオケで歌の練習、してたでしょ?違和感を感じたのはそん時。俺、一応中学まではピアノやってて、耳は結構肥えてる?っての?そんな感じなんだけど、深瀬チャンの歌ってわざと……」

「音、外してるように聞こえた?」

私、何言ってるんだろう。こんなこと言ったら自爆するようなもんじゃん。

「うん。……やっぱりか。」

佐々木が何かを確信したような表情になる。

「そんで色々調べたの、わざと音外して歌うなんて、相当やる気がないか……歌うことにトラウマを持ってるとしか考えられない。でも、この二択だったら前者は考えられないから後者で考えた。……ここまでは、多分あってるよね?」

佐々木の刺すような目線に頷いてしまった。いや、頷くしかなかったんだ、私は歌えなくなってしまったから。

「……でも、歌ってる時は楽しそうにしてたから、トラウマは歌うこと自体にあるとは考えられなかった。」

「……うん。歌うのは、今でも好きだよ。」

強ばってしまったのか、声が震えた。

「やっと口、開いてくれたね。話、俺が話してて大丈夫?」

「大丈夫。」

そっか。と佐々木は微笑むと、話を続けた。

「そんで、調べた。でも、深瀬チャンに何かあったとしたら、中学のときだろうけど俺は学校違うし、唯一、同じ学校だったミハは、はぐらかすし。」

ミハ…矢沢。黙っててくれたんだ。

「お手上げだって思ってたんだけど、ワンチャン名前調べたら出てくるかもって思って、深瀬麻紀で検索したの。そしたらさ」

頭がクラクラする。その先は、

「深瀬チャンって、天樂中学のコーラス部だったんだね。しかも、エースっての?……俺びっくりし…」

「やめて!」

途端、私はハッとした。自分でもびっくりするほどの大きな声が出てしまった。佐々木は、怯えたような目でこちらを見ている。頭の中がごちゃごちゃになって、思考が上手く回らなくなってしまった。

「ごめん。佐々木。……ホームルーム始まるから、私、教室戻る。」

「……うん。俺こそ……ごめん。」

悲しそうに俯く佐々木を振り返らずに、私は走っていた。泣きたくなる気持ちを抑えて教室に戻る。……もうヤダ。消えたいよ。

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