だめだ
私は、歌うのが好きだった。小さい時から、歌ってる時はみんなが私の声に釘付けになったから。自分の声でみんなが、微笑みかけてくれるから。温かい目をよく感じられたの。
だから、私は小学校から合唱を始めた。ホントは、歌手の養成所とかに入りたかったけれど、うちはそんなに裕福じゃないから、お母さんとお父さんには迷惑をかけたくなかった。
ちょっとそれで落ち込んでた時もあったけど、続けていくうちに、合唱の楽しさに気づいた。自分以外の誰かと共鳴し合う歌声、ハーモニー、そして、何よりも仲間と歌っているんだという感覚。みんなとひとつになれてるんだって思ったら、すごく嬉しかったんだ。ひとりじゃないんだって思えるから。
そして、それは変わらず中学生になっても、コーラス部に入った。中学は、運良く全国大会常連の、天樂中学に入学することが出来た。
でも、強い学校だ。自分より上手い人なんていくらでも居た。だから、私は必死で練習した。辛い筋トレも、発声も、基礎だから人一倍やったし、練習もずっと学校に残ってやっていた。
先輩すらも追い越せるように必死だった。苦しいって思った時はあったけれど、それでも、歌うことは、嫌いにならなかった。
そして、必死に練習した曲を歌って褒めてもらえることが嬉しかった。
それを経て、私は3年生になった。
前の部長や顧問の先生が、見ていてくれたのか、私が部長になった。……頑張ろう。誰よりも。より一層、そんなきもちが強くなった。
そして、最後の大会。私はソロを担当することになった。最初は、私なんかでいいのかな、なんて弱気になったけど、今まで3年間一緒に過ごしてきた、仲間たちと、可愛い後輩たちが、
「麻紀(先輩)しかいない。お願いします。」
なんて言ってくれたもんだから、私もその気持ちに答えなくちゃって胸がいっぱいになった。
地区大会、県大会、関東大会は運良く…なんて言っちゃダメか、みんなの努力のおかげで全て最優秀賞で通過。全国大会まで駒を進めた。
これで、本当の最後だ。やってやろう、そんな気持ちだった。
舞台に立つ、みんなの声が重なる、それは今までで1番美しいハーモニーだった。
そしてソロパート、私は精一杯お腹に力を込めて声を出した。出だしは順調、このままいける、その瞬間、声が出なくなった。
会場中の視線が全て、私に集まった。ダメだ、立て直さないと、そう思ったのに声は出なくて、ソロパートは終わってしまった。
観客席からの冷たい目線、周りから聞こえる、バラバラの声が事の重大さをより引き立たせた。
結果は、もちろん何の賞にも入ることがなかった。
部員たちは、悪くない、とか大丈夫とか言ってくれたけれど、それでも自分が憎くなった。
あの時感じた、観客からの冷たい目線。こいつは終わった。という目線。それが鮮明に焼き付いていた。それが何よりも怖かった。
それから、私は人前で歌うことをしなくなった。歌ともう関わらないように、壁をはって。
ずっと、引きずってきた。それくらい、怖かったから、辛かったから。
変わらない、今も。そうだ、変わってないじゃないか何一つ。怖かったんじゃなかったっけ、冷たい目線が、失望の目が。
もし、私がコンテストを辞退して、ステージにたって観客から白い目を向けられることはなくても、美澪と、椿はどう思うんだろう。
…きっと悲しむ。思い出作りがしたいって言ってたから。
それでいいの?……だめだ、優しいあいつらを悲しませちゃダメだ。そして…やっぱり、好きだから。
「変わらなきゃ。」
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