途方
文化祭まであと2ヶ月だというのに、校舎内の雰囲気は熱に満ち溢れている。寒くなってきたというのに、それで暖がとれてしまいそうだ。まぁ、私達も例外ではなく……
「つーちゃん!まーちゃん!文化祭、一緒に回るよね?」
美澪が目をらんらんと輝かせている。
「1日目は模擬店の番しなきゃいけないから、2日目からだね。」
私たちの通っている八羽高校の文化祭は、3日間に渡って開かれる。前夜祭を含むと3日半だろうか。
「私も、2日目なら。3日目は…」
顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる椿。これは…。
「つーちゃんはー、佐々木くんと回るんでしょー?」
いたずらっぽい表情で美澪がにやけている。私も思わず頬が緩む。
「おー!文化祭デートですかぁ。お熱いねぇヒューヒュー!」
楽しくなってきて冷やかしてみせた。
「……文化祭、楽しみね。」
「あ!はぐらかしたな!椿。」
「はぐらかす?なんのことかしら?」
目を逸らして、とぼけてみせる椿が、なんとも恋する乙女らしくて可愛らしく思えた。
「つーちゃんずるいぞー!みれいもかっこいい彼氏欲しいー!」
頬をふくらませてぶすくれる美澪の頭を撫でながら、
「美澪は可愛いんだから、彼氏なんてその気になれば、いくらでも作れちゃうじゃん。」
「まーちゃん……ありがとう。みれい、頑張る。」
「美澪にちゃんとした彼ができること、心から望んでいるわ。」
椿が、優しく微笑んでいる。……ああ、麗しい。
「……うーん。どうしたものかしら。」
何やら書類を見ながら頭を抱えているようだ。
「どうしたの?椿。」
「これ。」
何やら、手渡された書類に目を通してみると
「えっと…天使の歌声コンテスト?…へぇ」
楽しそうだな…。出たいとは思えないけど。
「クラスで1人以上は出なければいけないんだけど、私たちのクラス一人もいなくて。」
「……困ってるんだ。」
「みれいにも見せてー!……へぇ、天使の歌声コンテスト……。」
「椿、どんなコンテストなの?これ」
だいたい察しはつくけれど一応聞いてみた。
「名前の通り、みんなの前で歌を披露するの。ジャンルはなんでもいい。とにかく、誰の歌が上手いかを会場の皆さんに判断してもらうの。ネットでも配信予定。」
……ネット配信か、だいぶ規模が大きいな。
「ねぇ。」
何かを含んだような声が聞こえた。
「ん?」
「どうした?美澪。」
「……よう?」
なかなかききとれなかったけど、まさか。
「みんなで、出よう?」
美澪が真剣な顔でこちらを見ている。椿は、呆然としている。……しかし、直後
「……いいわね。」
耳を疑った。椿が、あまり目立つことが好きではない椿が、ネット配信の場に出ることに賛同しようとしているから。……すると、2人の視線がこちらに向けられて
「椿は?」
「つーちゃんはどうする?」
輝いた、親友の目に思わず私は頷いてしまった。
「出る。」
私は、とことん馬鹿なのかもしれない。……出たところで、どうにもならないのに。
「じゃあ、3人で絶対優勝だね!」
「……ええ。」
そうだね。その言葉がどうしても出せなかった。代わりに、沈みゆく夕日を眺めて途方に暮れていた。
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