音痴
私たちは、コンテストに向けて、放課後にカラオケに通うことにした。コンテスト自体には乗り気ではないけど、やっぱり友達とカラオケに行くのは楽しい。
「……で?椿?」
……少しメンバーに違和感を感じて、視線を椿に移した。
「……なんで。」
「どうしたの?」
椿の横に、居る奴らに思わずびっくりしてしまう。
「どうしたの?じゃなくて、なんで……なんでこいつらがいるの!?」
変な声が出てしまった…いや、そんなことはどうでもいい。問題は……
「やだなぁ、こいつじゃなくて、ゆーやって呼んでよゆーや。ねぇ?ミハ、こいつは酷いよねー?」
「いや、俺は別に。慣れてるし。」
そこには、ぶーぶーと騒がしい、佐々木裕也と、相変わらず表情が凍りついている矢沢がいた。……なんでこうなったんだろう。
「……まぁ麻紀、落ち着いて?これには考えがあってね……」
「まぁまぁ、まーちゃん!人数多い方がさ、楽しくていいじゃん!」
まさか、美澪になだめられるなんて。
「じゃあ、一応聞くけど、なんでこの2人呼んだの?」
うめきたくなる気持ちを抑えながら、椿に疑問を投げつける。
「単純なんだけど、」
「だけど?」
「会場って人が多くくるじゃない?しかも、ネット配信。私たち、大人数に曲を聞かれるの慣れてるわけじゃないでしょ?」
椿の目は熱意を帯びていて、まっすぐだった。
「だから、少しでも聞いてもらおうかなと思ってこの2人を呼んだの。」
そんな真剣に語られたら、責めることなんてできない。椿、本気なんだ。……ずるいなぁ。なんも言えないや。
「……わかった。じゃあ2人がいてもいいや。……でも、」
何やら話をしている2人に視線を向けた。……そうだ、こうすればいいじゃん。
「私、音痴だから期待はしないで。」
期待、それがないだけで充分気楽になる。でも、こんなことを言ったら4人はどんな反応をするんだろう。……出るなって思うだろうな。私はそれでもいいけど。
「……大丈夫。」
ずっと黙って話を聞いていた美澪が、いつもとは違う真剣な表情をしていた。
「まーちゃん、練習しよう。私も頑張りたい。」
決意をしたようなその声に、こたえなくてどうするんだろう。
「そうだね。私、頑張るよ。」
これが、今できる精一杯の応答だった。
「はいはい、3人の世界繰り広げてるところ悪いんだけど、そしたら俺たちはいて言い訳?」
佐々木が、退屈になってきたのか、割り込んできた。そして、私の方を見て、
「深瀬チャン、俺たち、いていい?つばきがあんなふうに言ってくれたわけだけど。」
椿の方をちらちら見ながら私に選択を迫ってくる。
「……しょうがない、椿が言うならいいよ。でも、」
「音痴だから気にすんな。か?」
今まで一言もはっしなかった矢沢が、無表情のまま、こちらを見ている。
「……うん。」
そうだ、こいつは知ってるんだ。そしたら、なんて言われるんだろう。……きっと幻滅するのかな。恐る恐る視線をあわせると…
「気にしないから安心しろ。お前の歌が下手なことくらいわかってるから。」
思いもよらない発言に耳を疑った。…ありがとう、矢沢。あんたやっぱ良い奴だな。
「……ありがとう。」
「じゃあ、みんなで頑張るってことでいいよね?」
美澪がずいっと入ってきた。
「うん。いいと思うよ。……音痴直すね。」
音痴、か。私、何言ってるんだろ。……いやいいんだ。音痴だって思ってくれたら、出るのは2人になるから。そんなことは口に出せるはずなく、言葉を呑み込んだ。
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