第4話 はじめてのおつかい
「いや~驚いたな~、まさか紅茶を飲めるなんてね。飲み物以外にも食べようと思えば食べられるのかしらねぇ。人とか!」
同僚女性はすっかり人形のことが気に入った様子だった。青年の部屋で同僚女性は人形との会話を語っていた。青年の方は一時間ほど前まで意気揚々としていのが消沈していた。そんな青年をよそに同僚女性の話はどんどん花が咲いていった。青年はコーヒーを飲みながらついさっきの出来事を思い返していた。
紅茶を要求された後、青年はISEの共同キッチンに行ったがインスタントコーヒーしかなかった。仕方ないので何か代わりのものをと、コーヒー以外の飲み物を探した。お嬢様言葉を使う人形がコーヒーを好いているとは思わなかった。自動販売機があったことを思い出しエントランスホールまで戻った。しかし紅茶の類はなかった。青年は紅茶一つに時間をかけすぎだと感じていた。無難に水を選び直感的にコップも持って会議室に戻った。
「すみません。紅茶は置いていないようで、水でよければ」
青年は水の入ったペットボトルとコップを人形の前に置いた。人形は無機質に置いたものを見た。かすかにまぶたが動いたように見えた。同僚女性はこの状況を楽しんでいるようだった。
「さようでございますか」
そういって、置いたものには触れず席を立った。
「恐れ入りますが。わたくしのお部屋をうかがってもよろしいかしら。ご依頼を申し上げたと存じますが」
「あの」
「もちろんご用意しておりますとも~!ささっ、お部屋まで案内しますねぇ」
同僚女性が話に割って入ると、そのまま五階の部屋まで青年抜きで話しながら移動した。人形が自分の部屋に入る前、青年に向かって
「おっとりしていらっしゃるのね」
とだけ言い残して部屋の鍵を閉めてしまった。
「元気出してくださいよぉ、人形ちゃん、悪気があったわけじゃないと思いますよ?ほら、お嬢様っぽいからちょっと世間知らずなところがあるのよ!」
そう言って青年の両肩を揺らした。青年は頭を揺られながらなぜお嬢様なのか考えていた。考えても得られるものはなく、次からは紅茶を用意しておこうと思った。
「それにしても困ったな、いろいろ聞きたいことやお願いしたいことがあったのに」
「ん?なんですか?」
「何って、事前にいろいろ決めてたじゃないですか、人形の目的と手伝う条件を提示してそれから」
「それなら伝えましたよ」
できる人でしょ、と言わんばかりに眉と目がつり上がった。ほめろと目で訴えてもいた。
青年は少し詰まって
「まじか!!ありがとう、ありがとうございます!よかったぁ」
と感嘆の声を上げた。同僚女性は自分の仕事ぶりが評価されて嬉しそうだった。彼女は椅子に座ったまま姿勢を直して業務的にかかわりがある人形とのやり取りを報告した。
「一週間後に京都の世界遺産を見に行きたいと言っていました。こちらの要求はおおむね承諾してくれました。研究目的での検査、問診などなど。研究に支障が出ることはなさそうです。ただし彼女の目的、世界遺産の巡り方には注文がありました。」
「ん?なんだか小うるさそうな注文だな。」
「私たちの想定では遺産ツアーはこちらで用意したガイド1人、ボディーガードを数人つけさせると言ったら、『ボディーガードはいらっしゃらないほうがよろしいわ。わたくしでは余らせてしまいますもの。』っと言われました。」
「なかなか、お嬢様言葉が板についてますね。実はそういう家柄で?」
「まさかでしょ~、もしかしたら人形ちゃんはそうなのかもしれないけど」
「それもまさかだろう」
その他にもこまごまと旅の計画に
実際のところ、同僚女性は別の理由で質問を切りあげた。おつかいから帰ってきた青年が申し訳なさそうに下がった口角と、それでいて自信のある選択をしたという目つきをしていたので、男の子みたいでかわいいと思った。その選択がどうなるのか、彼女は二人を見守ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます