11.再戦
(おりゃあああ!!)
振り下ろされた
「ブモォオ゛オ゛オ゛!!」
(ちっ…!!)
しかし黒く弾力のある毛に阻まれ、何本か毛が切れるだけで全く刃が通らない。
さらに
『危ないよ!』
振り下ろされる肥大化した腕を、紙一重で避ける。
当たれば即死の黒い爪が、まるで雨のように降り注ぐ。土が抉られ、小石交じりの礫が飛び散る。
相手は一撃必殺なのに対し、俺はいくら当てても殆どダメージ無し。
さらにこちらは女性に当たらないように立ち回らなければならない。
この体に慣れた今なら、ヤツの攻撃は何とか避けられる。しかし、これもいつまでもつかわからない。
「…ハァ……ハァ……!!」
あまりの緊張感に息が荒くなる。
『右!左下!』
ラウムの掛け声に従い、腕を避ける。
跳ねた小石が掠り、傷口から薄く血が溢れる。
「に゛ゃ゛……!?(いっ……!?)」
思わず声が漏れる。
痛い…が、耐えられないほどじゃない。
根性で我慢する。
状況はとても悪い。
こちらの敗北条件は「女性の死亡」もしくは「自らの死亡」。
に対して勝利条件は「
言ってしまえば即死攻撃を連続で放つ中ボス相手に、初期装備で仲間を殺されればゲームオーバー縛りプレイで挑んでいるようなものだ。
無理ゲーにも程がある。
ゲームならコントローラーをぶん投げるレベルだろう。
しかもこれはゲームじゃない。
死ねばそこで人生…いや
今からでも女性と一緒に逃げるか?
いや、多分それは無理だ。
人類最速と呼ばれたウサイン・ボルトでさえ最高時速は約45kmなのだ。
一般女性の平均は20〜25km程だと言われている。そんな速度ではすぐに追いつかれて、即ゲームオーバーだろう。
どうすればいい……?
悩んでいたその時、
『ご主人!!?』
逸れていた意識が、ラウムの声でハッとなる。
眼前には一撃必殺の黒い腕
(あ)
咄嗟に後ろへ飛ぶ。
しかし迫り来る腕はそれより速い。
(避けられなー……!!!!)
俺の身体の2倍はあろうかという熊掌が直撃する。
勢いを殺しきれず、10m程宙を飛び背中から樹に衝突する。
「カハッッ……!!」
背中に強い痛みが走り、肺の空気が勝手に吹き出る。
息ができない
耳が痛い
『ーーーー!!!!』
ラウムが何か喋っているが、何を言っているか聞き取れない
彼女の甲高い声が脳に響いて頭が痛い
苦しい
辛い
痛い
動けない。
手足に力が入らない。
ヤツは鼻を近づけて、俺の匂いを嗅ぐ。
同時に、ポタリポタリと涎が垂れる。
俺を喰うつもりらしい。
『ーーーーーー!!!!』
ラウムが叫んでいる。
やはり何を言っているかわからない。
痛い。
逃げたい。
嫌だ。
死にたくない。
ふと、女性と目が合う。
彼女目にはもはや光はなく、死すらも受け付けているかのようだ。
その姿が、かつての自分と重なる。
その瞬間、何故かどうしようもない怒りが込み上げた。
倒れる俺に、
『く、来るな!僕が相手になるぞ!!?』
ラウムが飛びかかる。
しかし、
『ぐへぇっ!?』
ヤツはそれを気にもとめず、片手でパシッと弾かれる。弾かれたラウムは近くの木にぶつかり、潰れたカエルのような声を漏らす。
ヤツはゆっくりと俺に近寄り、匂いを嗅ぐ。
どうやら俺を食べるつもりらしい。
喰おうとゆっくりと口を開け、そしてその大きな口で……
(…喰らいやがれ!)
パンッ!!!
「ブモォオ゛オ゛!!???」
突如、
鉄錆の匂いと、ヨダレ混じりの肉片を口から吐き出す。その肉片の中には、所々返しの付いた楔状の種が混じっている。
(…威力えげつないな)
実はさっき顔を近づけてきた際に、ヤツの口内に『
そしてヤツが俺に食いつく瞬間に、強い衝撃を与えたら中の鋭い種を撒き散らす「
口の中に入った実を咄嗟に噛んでその衝撃で実が破裂、今頃ヤツの口の中は種と肉片でぐちゃぐちゃだろう。
「グゥ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!??????」
突然の口内の衝撃に、相当混乱しているらしい。
呻きながら、肉と種と唾液の混ざったぐちゃぐちゃの何かを吐き出しながら暴れ回っている。
その隙に起き上がり、ヤツから距離を取ろうとする。
だが、
「ブモォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!」
離れようとする俺に、どす黒い殺意が一直線に振り下ろされる。
ザシュ!!!
「に゛ゃっっ……!!」
避けようとするもボロボロの体ではかわしきれず、ヤツの爪が頬を掠める。
左頬が裂かれ、皮膚に隠されていた肉の断面と肉食特有の鋭い歯が剥き出しになる。傷口が外気に触れ、ピリピリと痛む。
顎の力が緩み、咥えていた黒剣がカランと乾いた音を立てて落ちる。
「ハァ……ハァ……!!」
肺が痛い。
意思に反して、身体がまるで錆び付いたブリキのおもちゃように動かない。
『ご主人!!ご主人!!』
ラウムが飛んできて言う。
『まだご主人の実力じゃ無理だよ!!諦めよう!?』
毛を掴み、精一杯俺を揺する。
『この
(…)
確かに、この女性は知り合いでもない赤の他人だ。
助けたって、なんの意味も無いかもしれない。
だが、
『え、ちょ!?ご主人!?』
それが俺が逃げる理由にはならない。
黒剣を咥え直し、足元に『
異空間に足を沈ませ、構える。
どうせ死ぬなら1発ぶちかましてやろうじゃないか。
(“
空を切り裂き、高速の刃がヤツの喉元へ迫る。
ドスッ!!
「グオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!」
(っっ!?……クソがっ!!!!)
しかし、ヤツはその一撃を掌で受け止める。
ゴムの塊のような硬い肉球には全くと言っていいほど刺さっていない。
ヤツは黒剣を咥えた俺ごと、掌をそのまま地面に叩きつける。あまりに速さに黒剣を離すことすら出来ない。
(ぐふぉっっ……!!!!)
地面に触れると同時にメキッと音がする。
頭蓋骨にヒビが入ったのかもしれない。
自分の耳から血が垂れているのがわかる。
意識が揺らぐ。
動かそうとしても手足の感覚がない。
もしかしたら神経を痛めてしまったのかもしれない。
『ご主人!!!』
ラウムが遠くで叫んでいる。
ちくしょう……!
死んでなお、俺は人一人救えねぇのか……!?
何とか藻掻こうとするも、手足はピクリとも動かない。世界がゆっくりに見える。
ちくし█う、ち█しょうちくしょ██くしょ█……!█
こ██所█終█る███
█████████
思考が抜け落ちていく。
███████████
███████████
███████████
完全に意識を失う直前、
チリンと鈴の音が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます