06.VS狼



烏の悪魔と契約してから早3日、俺はゆったり猫ライフを満喫していた。


烏の悪魔との契約で手にいた憑魔術は、「忍び寄る死バーゲスト」とかいうもので、対象の弱点を見抜き、そこに至るまでの最短ルートを見ることができる。


この力、戦闘以外にも割と色んなことに使える。

例えば、擬態した生物を見抜いて一撃で仕留めたり、硬い木の実を簡単に割ったり。


おかげで食料に困らず、こうして寝床でダラダラすることができるのだ。



しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。


ダラダラ生きるのは第2の目標。

第1の目標は人間に戻り、元の世界に帰ることだ。ここで食う寝るだけの生活をしていても、人間に戻れるわけが無い。


それに


『ご主人ー!外行こうよー!そーとー!』


契約した悪魔が外に出ることを強要してくるのだ。

長い間あの隙間から出れなかったせいで、狭いところに長時間いるとイライラしてくるらしい。


(はぁ、わかったよ)


そう念を送り、立ち上がる。体の傷はほぼ塞がり、痛みも感じない。


どうやらこの体、ただの猫では無さそう。

四ツ目の熊に追われ、30mはあろうかという高さの崖から身体中傷だらけの状態で落ちたのに、数日後にはピンピンしている。明らかに元の世界の猫より身体能力が高い。もしかしたら、この体は猫に似た魔物っていう可能性もある。

だとしたら討伐対象にされてしまうかもしれん。一応頭の隅に入れて置いた方がいいか。


『何ボーってしてるのー?早く行こうよー!』

(おう、ごめんごめん)


黒剣の入った革製の鞘を背負い、森へと歩き出す。黒剣はまるで羽のように軽い。悪魔曰く、契約者が剣を持つと、契約者が1番使い易い重さに変化するんだとか。

ちなみにこの鞘は、土砂崩れで下敷きになった元ご主人の物を拝借&修理した物だ。紐が切れていたため蔓で代用しており、少し不恰好見える。当の剣本人は結構気に入っているらしい。


『今日はどこ行くー?』

(そうだな…今日は少し遠くに行ってみるか)

『ほんとー!?やったー!♪♪』


喜びながら、悪魔はハイテンションに飛び回る。

その様子に頬を綻ばせつつ、俺は森を歩く。


歩きながら、この世界についてちょっとまとめよう。

この世界は魔物や悪魔が実際にいる、いわゆるRPGなどでよくある世界。魔力や魔法があり、ほとんどの生き物は魔力を利用して、元の世界とは違う独特な進化を遂げた生物が多数いる。

人間にも様々な種類があり、人族ヒューム魔族バーズ以外にも多種多様な種族がいるんだとか。

悪魔の話や元ご主人の装備を見た限り、時代は元の世界の13世紀前半ぐらい。ちょうどモンゴル帝国がヒャッハーしていた時代だ。

どうやら元の世界が科学技術を発達させたのに対し、この世界は魔法があるおかげか科学があまり発達しなかったようだ。


魔物が蔓延る剣と魔法の世界に、特別な能力なんて無い普通の猫が1匹……。生きていける気がしない。

しかし死ぬ訳にもいかない。ここで死んだら、今度こそ記憶が無くなり、二度と元の世界には戻れなくなるかもしれない。


それは嫌だ。

だって俺はまだ、「SiRoNeKo」の新作ゲームをプレイしていない。それにまだやりたいことが沢山ある。


ぜってー生き抜いて、意地でも元の世界に帰ってやる。



そう心に誓っていると、突然、



ガサリ



前方の茂みが揺れる。


(っ!?)


サッと草むらに入り込み、黒剣を咥え構える。


茂みから出てきたのは狼だ。

目測では体長1.5m。灰色の体毛に、赤い瞳。むき出しの赤い牙がなんとも恐ろしい。数は1匹。よく見るとかなり痩せており、骨が浮きでている。


『あれはね…赤歯狼アカバオオカミだよ』


悪魔が言う。実は前のご主人が元々「魔物調査員」なる職業だったらしく、そのおかげで魔物や動物はある程度わかるんだそう。

俺はこの世界に来たばかりで知識が無いので、非常にありがたい。


『基本群れで行動していて、自分より大型の魔物を襲うらしいよ』

(1匹ってことは、仲間からはぐれたのか?)

『そうなんじゃない?』


一匹狼ってやつか……。出来れば相手にしたくない。

そもそも狼は、元の世界の生態系の上位に君臨している。高い持久走と知力で相手を追い詰め、強靭な顎でトドメを刺す、とても危険な動物だ。


単体とはいえ、2倍3倍近い体格差。まず勝ち目は無い。

ここで大人しく隠れていよう……ってあれ?


(あいつなんか近づいてきてね…?)

『…近づいてきてるね』


赤歯狼アカバオオカミは地面に鼻を近づけ、匂いを嗅いでいる。


やばいな…。

どうやら俺に気づいたらしい。


狼は嗅覚が非常に優れており、「ハイイロオオカミ」と呼ばれる種類の狼は、1.5km程も離れた獲物を嗅ぎ別けることができるともいわれている。

こいつも狼なら、同じぐらいの嗅覚があってもおかしくない。


どうする?今からでも逃げるか…?

いや無理だ。荒れた土地でも時速50~60kmで駆けることができるうえに、獲物を追うときなどは55~70kmで走ることができ、その速さのまま20分ほどの間は追い続けることができる。猫の走力ではすぐに追いつかれてしまうだろう。


…やるしかないか。


俺は黒剣を強く噛み締める。


赤歯狼アカバオオカミまでの距離、残り10m…9…8…


気づかれないように、そっと息を潜める。│赤歯狼アカバオオカミはゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。


4…3…2…!!


あと1mのところで、赤歯狼アカバオオカミに飛びかかる。

赤歯狼アカバオオカミは急に飛び出してきた俺に驚き、一瞬怯む。


(ここだ!)



ザシュッ!!


「キャイン!!???」


黒剣で赤歯狼アカバオオカミの鼻先を切り裂く。


(浅い…!)


しかしこれでヤツの行動を多少は制限できるはずだ。


「ガァァアア!!!!????!?」


突然の痛みで悶える。だが、すぐに顔を上げ、殺意の篭った赤い瞳で、俺を視殺しそうなほど睨みつける。


「ガルルルルゥウウ……!!!!」


赤歯狼アカバオオカミは響くような唸り声を上げながら、姿勢を低くする。


……出来れば逃げて欲しかったんだけどなぁ…。


俺も同じように構え、何時でも避けられるように脚に力を篭める。


一瞬の静寂の後、先にヤツが動く。


「ガアアアアァァァアア!!!!!!」


(速っ!)


少し体勢を崩しながらも、間一髪で避ける。


(危な…『来てるよ!!』…っい゛ぃ!!?)


急な攻撃に避けられず、牙が右後ろ脚にくい込む。どうやら前脚をバネに、横にすっ飛んで来たようだ。


「なぁっ!!?(いったぁ!!?)」

『大丈夫!?』


牙は皮膚を突き破り、肉に刺さる。今にも脚を食い千切られてしまいそうだ。


だがしかし、これでヤツも避けられない。肉を切らせて骨を断つってやつだ。


(『忍び寄る死バーゲスト』ォ!!)


念じると同時に、赤歯狼アカバオオカミの胴体まで伸びた赤い半透明の道が俺の視界に映し出される。

これがヤツの急所までの最短ルートだ。



ザクッ!!


「グル゛ゥ゛ゥ゛……!!?」


体をくねらせ、道に沿って刃を突き刺さす。黒剣は肋骨の隙間を通り、肉に刀身を深く埋める。


皮膚を引き裂く感覚と肉を抉る感覚が、黒剣から俺に伝わる。溢れ出した血が、とても鉄臭い。

あまり気分のいいものじゃない。


ヤツの噛む力が強くなる。血が滲み、骨が軋む。


「いにゃぁぁあああ!!!???(いででででででぇ!!!???)」


あまりの痛みに、黒剣を咥える力が緩みそうになる。


「グブヴヴ゛ヴヴゥゥゥ!!!」


脚を咥えながら、ヤツが暴れ回る。グルグル回る視界に、平衡感覚がおかしくなりそうだ。離れないよう爪を突き立て、全力でしがみつく。


(これで、トドメだ!!!)


俺は黒剣を噛み締め、さらに深く突き刺す。ブスっと、まるでなにか空洞のある物に穴を開けた時のような感触がする。


「グゴボボぉ゛ぉ゛ぉ゛…!!!??」


同時に赤歯狼アカバオオカミの口から血が吹き出す。どうやら肺を貫いたようだ。


「ボゴォッ…ゴボッ……!!!」


咳き込み、噛み付く力が弱まる。


今だ…!!


ここぞとばかりに右脚を引き抜く。多少痛みはあるが、骨は折れていない。


黒剣を抜き取り、赤歯狼アカバオオカミから距離をとる。


「グブゥ……ゴヒュッ……!…!!」


剣を引き抜いた傷口から血が溢れ、地面を真っ赤に染めていく。もはや立っているのがやっとの状態だろう。


ゆっくりと歩き出すが、脚に力が入らないのか縺れて倒れ込む。しかしその赤い瞳はまだ諦めておらず、今すぐ俺を殺そうと睨み続けている。


だが、次第に目の焦点が合わなくなり、息も小さくなる。



程なくして、赤歯狼アカバオオカミは動きを止めた。


『…やった?』

(…っぽいな。あー疲れた…)


緊張の糸が切れ、全身の力が抜ける。

地面に座り込む俺を、悪魔が頭上から逆さに俺の顔を覗き込むと、


『お疲れ様』


そう言って笑った。

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