05.黒の契約
『ーーーー!』
誰かの、声が聞こえる。
『ーーーーーー!!』
身体が重い。
すごく眠い…。
『ーーーー!!!』
誰だ……うるさいなぁ……。
『ーーーー!!』
……
『ーーーーーー!!!』
……イラッ
『ーーーーーーーー!!!』
……イライラッ
『ーーーーーー!!』
……イライライラッ
(あーもう、誰ださっきから!)
少し苛立ちながら目を開ける。
『お!起きた!!』
その声と同時に、何かが俺の顔を覗き込む。
引き込まれるような黒髪。
骨が剥き出しの黒い翼と、烏のような両足。
白銀の瞳に十字の瞳孔。
装飾のある黒いパーカーを身につけた身長10cm程の少女が、安堵の表情を浮かべながらこちらを見つめている。
……なんだこいつ?
初めて見る生き物だ。
小人?いや羽があるから精霊か妖精か?
『…大丈夫?怪我とか無い?』
俺か無反応で心配になったのか、不安そうな顔でこちらを見ている。
鼓膜が震えているような感覚はしない。どうやら脳に直接話しかけている……?
ん?脳に直接…?
(もしかして君…黒剣?)
『え?そうだけど?』
…何がどうなってんだこれ……?
短剣に触って意識失った!と思ったらさっきの剣が手のひらサイズの少女になっている。幻覚でも見てんのか…?
ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち
『おーい!聞こえてるー?』
(……聞こえてるから叩くのやめてもらえる?)
『お、ごめんごめん』
(はぁ……色々聞きたいことがあるが、まずはひとつ)
『なになに?』
(君は一体何者だ?)
『……ほほう?』
そう言って、彼女は目を細める。口角が僅かに上がり薄い笑みを浮かべる。
まるで獲物を品定めしているような不気味な視線に、身体が反射的に警戒する。
『ならば、あの話をせねばなるまい!20000年前の、あの悲劇を!』
そう言い彼女は、胸を張りノリノリで話し始めた。
昔昔、とても強い魔王と、それに仕える666体の悪魔がいた。魔王様はその力で、世界の半分を支配していた。
ある時、
個人では弱いが数の多い
長い戦いの末、魔王様率いる魔王軍は、あと一歩の頃まで
しかしそんな時、
「勇者」と呼ばれたソイツとその仲間たちは、圧倒的なまでに強く、魔王軍が支配した領土を次々と取り戻していった。
魔王城まで辿り着いた勇者は、魔王様と一騎打ちになり、激闘の末両者相打ちとなった。
魔王様が倒されてしまったことで配下の666体の悪魔のうち、600の悪魔達は地獄へ、60の悪魔はそれぞれ神の力で作くられた封印道具『封魔器』へ封印されてしまった。
その強大な力で封印から逃れた、悪魔の中でも最上位の6体『六災魔』は、魔王様の命令で今も尚
両者主力を失ったことで、長い戦いは引き分けという形で終わった……。
『そんで、その時封印された60の悪魔の内の1人、『簒奪』を司る悪魔こと、"烏の悪魔"がこの僕って訳さ!』
そう言いドヤ顔で翼をはためかせながら胸を張る。
(……)
『あ、あれ?反応薄いね…?』
いや、情報が多くて驚く気力がないだけだ。
ここが異世界ってのはさっき話してわかってたし、魔物もいるなら魔王とか勇者がいてもおかしくないかもなーとは思ってた。
しかし急にそんな世界規模の壮大な話されてもされても、まるでテレビ画面のテキストを読んでいるようで、正直言って全く現実味が湧いていない。
てかもう考えるのがめんどくさい……。
(……君は悪魔で、その武器に封印されているわけだな?)
『ん、そーだよー!』
(なら、さっきのアレはなに?)
『アレって?』
(剣を拾おうとした時の…)
『あー、あれか!あれはね、"呪い"だよ』
(呪い?)
『僕たち悪魔は、人間の欲望を力の源にしている。人間と深く繋がることで、より沢山の欲望を吸収してさらに強くなることが出来るんだ!』
(は、はぁ…)
『その為悪魔は、より強くなる為に特定の人間と"契約"を結ぶことがある。
契約を結ぶと、結んだ人間は悪魔の力を使うことができるようになる。悪魔は欲望を吸収してより強くなり、人間も強くなった悪魔の力を扱うことができる、つまり双方に利益のあるとっっってもいい関係なんだ!』
(へ、へー…)
なんか、新手の詐欺師の売り文句みたい…。
『僕ら悪魔は本来、人間よりもずっと強力な力を持った上位の存在だ。世界が違えば、"神"と呼ばれてもおかしくないくらいにね。
いくら負けて力が弱ったとはいえ、
(はぁ…)
『「このままでは奴らは人間と契約し、より強力な力を手に入れ、封印を破って復活してしまうかもしれない」
そう考えた僕らを封印した魔術師は、人間が封魔器に触れないように、僕達にちょっとした"呪い"をかけた』
(ほほう?)
『それは「封魔器に触れた者に、気が狂れるような幻覚を観せる」っていうもの。そーすることで、僕達悪魔が人間と契約しづらくしたんだ。
君が気絶したのは多分、対人間を想定した幻覚の情報量に、猫の脳が耐えきれなかったからじゃないかな?』
(なるほど…)
つまりあの幻覚は、悪魔と契約を阻害するセキュリティシステムって訳か。知らんけど。
(幻覚についてははわかった。それで、さっきから聞こうと思ってたんだがその姿は?)
『ん?あぁ、これ?これは今君が見ている“分体”さ』
(分体?)
『そう、分体。さっきも言ったけど、悪魔は人より圧倒的上位の"神"と呼ばれる程の存在。そんなものを直視してしまったら、大抵の生き物は気が触れてしまう』
(ふむ?)
『そこで僕達悪魔はこうやって、自分の精神だけを体から取り出し、それを人形のように操ることができるんだ!実際の姿とはかなり違うし、事象に干渉する事はできないけど、これなら相手に警戒心を与えずにコミニケーションをとったり、視覚も共有してるから辺りの偵察なんかもできるからね!』
(なるほど…でも、なんで俺が目を覚ましてからなんだ?)
『いや、それがね?封印されて長い間放置されていたせいで、かなーり悪魔の力が無くなっててね……。さっき触ってもらった時にちょっとだけ欲望を貰って、それで分体を出せるようになったんだー!』
(そうか。それで、俺が触った後に見えるようになったのか)
『そーゆー事だね!
ま、そんな話は置いといて……』
(ん?)
…なんか嫌な予感がする。
『僕と契約しない?』
(しない)
『即決!?』
(そりゃそうだろ)
ついさっき、こいつの説明不足で危うく発狂させられかけた。どんな代償があるのかわからないのに、そんなホイホイと話に乗るわけがない。
しかもこいつの話が本当なら、こいつは世界の歴史に名を残すレベル。厄介事に巻き込まれそうな匂いがプンプンする。
俺の目的はゆっくりくつろぎながら、元の世界に帰れる方法を探すこと。そんな厄介事に巻き込まれて命を落とす訳にはいかない。
『そ、そんなこと言わないで、話だけでも…』
(ヤダ)
『そこをなんとか…』
(…無理)
『頼むよぉ…!また何年もひとりぼっちで待ちたくないんだよぉ……!!』
(……)
泣きながら脚にしがみついてくる。
うっ…
これが本体じゃないとわかっていても、良心が痛む。
(…はぁ…。話だけなら聞くよ。契約するかどうかはその後)
『ほんとっ!?』
俺の言葉を聞くなり、勢いよく顔を上げる。泣いていたせいで目元が真っ赤に腫れており、鼻水も垂れている。
彼女のガチ泣きに若干引きつつ、悪魔の契約について聞いた。
要約すると以下のような感じ。
・契約すると、契約した悪魔の力を扱う『憑魔術』という術を使うことが出来るようになる。憑魔術の内容は悪魔によって異なる。
・欲望は生きている限り常に溢れている。その為、悪魔が欲望を少し貰った程度では特に変化はない。
・契約できる悪魔は1人1体のみ。それ以上契約すると魂が傷ついてしまい、最悪の場合死んでしまう。
・長い間封魔器と離れていると、悪魔が欲望を吸収しにくくなり憑魔術が弱体化したり使えなくなってしまう。その為、封魔器はできるだけ持ち歩いていた方がいい。
・契約は、契約者が死ぬまで解除することができない。
・契約者は、契約した封魔器を体内に取り込んではいけない。最悪の場合、意思のない化け物へと成り果ててしまう。
正直言ってかなり怪しい。あまりにもこちらの利があり過ぎる。デメリットといえば、ほかの悪魔と契約できなくなるってことぐらい。しかも契約すれば、憑魔術とかいうなんと厨二心をくすぐる術が手に入る。欲望を取られるらしいが、ぶっちゃけ欲望なんていくら取られても困る気がしない。
しかし、契約内容以外には割と不安がある。
特に心配なのは、こいつが世界でどれだけの知名度を持っているのか。もし有名なら、こいつを狙ったやべぇのが襲ってくるかもしれない…。
でも、「悪魔の入った短剣」とかいう厨二心くすぐる武器は是非とも欲しい…。
うーん……よし、決めた。
(……やるよ)
『え?』
(契約しようじゃないか)
『ほんと!?やったぁあああ!!!』
(え、ちょ!?)
ガバッ
(ちょっ、おい!?いきなり顔に張り付くな!!)
『わあああああああああああああああああああ!!!』
(張り付いたまま叫ぶな!おい!)
ダメだ、全然聞こえてない。念話で叫んでるせいか、耳じゃなく頭が痛い。
10分後
『うぅ……ご、ごめんなさい……』
(いい。怒ってない)
『お、怒ってるじゃん…!』
(は?)
『ひぃ!す、すみません…』
(……反省してるならもういいよ。それより、契約ってはどうやってやるの?)
『そ、それはね!この封魔器に触って、「悪魔よ!力を貸せ!」みたいなこと言ってくれればあとは僕がやるよ!』
そう言いながら、彼女は剣の中へ入っていく。
俺は前足で黒剣に触れ、叫ぶ。
「にゃー!にゃにゃー!(悪魔よ!力を貸せ!)」
『ぶふっ!』
笑いやがったなこいつ…。
仕方ないだろ、猫なんだから。
すると剣から眩い光とともに、何本もの黒い鎖が俺目掛けて飛び出す。
(…っ!?)
慌てて避けようとする。しかし、咄嗟のことで反応が間に合わない。
ドス!
鎖の1本が俺の脇腹に深々と突き刺さる。
(いっ!!?……たくない…?)
あれ?何故か痛みを感じない。
鎖を抜こうと触ろうとしてみるが、手は鎖をすり抜ける。
幻覚か?
しばらくすると鎖は次第に薄くなり消えてしまった。刺さっていたところには傷口は無く、代わりに謎のマークがつけられている。
これで…いいのか?
首を傾げていると、黒剣から彼女が飛び出してくる。
『これで契約完了だよ!』
どうやらこれでいいらしい。
(これからよろしくな)
『こちらこそ!ご主人様♪』
(「様」はやめてくれ…)
これで当分、寂しい思いはしなさそうだ。
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