第11話

エルフの村は燃えていた。

比喩ではない。

今尚、文字通り燃えていて、生存者は絶望的だ。

炭化した遺体には大きな爪で引っ掛かれたような痕跡が残っている。


「…狡猾な狐にやられたってことか。」


怪狐。

俺にも馴染みのある怪異であり怪物だ。

こいつらは総じて頭が良い。

それでいて、性格が個々に存在する。

人を騙したり堕落させることを好む奴もいれば、崖から突き落とすような絶望を与える奴もいる。

総じていえることは生存本能が強く、用心深いところと血肉よりも魂やその感情を好むところだろう。


「いや、違うな。爪痕を残していると言うことは既に受肉済みか…。となると妖狐、放置すればいずれ大妖怪になる。」


大物になる前に出会えたことが僥倖…と、現人神に会う前の俺なら思っていただろう。

しかし、今は…慢心なのか、今の全力を試したいという欲求がある。


「…あっちか。」


戦闘音が聞こえる。

直ぐにそちらに向かうと森の主とカーラが妖狐に挑んでいた。


相性が悪い。

主の攻撃もカーラの弓も妖狐の炎によって灰にされている。

妖狐の炎はその周囲の魔力を燃やして威力を増す、それはこの森から力を得ている森の主の力の上限を削っていく。


「一式。」


先程、盾持ちを四散させた程度の威力のショットを後頭部にぶつけたが一瞬前のめりになっただけで倒れることはなかった。

おそらく当時は使った事はなかったが、全盛期の全力の一撃に相当する。

それを容易く耐えるとは、やはり妖狐は強い。

奴はこちらを一瞥すると空かさず尻尾を振って炎を走らせる。


地走り。


そう呼ばれる炎の現象だった。

普通に防ぐなら障壁をはるのだが、生憎とそんな魔術は使えない。


指先を向かってくる炎よりも手前に向けてショットを放つ。

地面を抉る一撃が地走りの一部を欠き消し、左右の炎が穴を埋めるように脇から流入して火柱を作り出す。


一式二番【三連】


1つの合図で同じ発射口から3発のショットを発射する。

3発のショットは火柱を突き抜けて妖狐に迫るが尾で防がれた。

心なしか苦悶の表情を浮かべている風にも見えなくもない。

それを誤魔化すように妖狐の姿が揺らいだ。


陽炎。


奴等でいう妖力を放出することで自分のテリトリーを生成、拡大する。

そこから繋がる技もよく知っている。


「させん。」


一式・三番【波紋】


二式二番【波動】の元になった技術で一式の他のショットが拳骨ならこれは掌打、力士の放り手のように連続で放ち、このような領域の展開や相手の魔術障壁の阻害に使っていた。

早く気付いた分、こちらまで陽炎が延びてくることはなかった。


代わりに森の主の側で爆発が生じた。


狐火。


妖狐のテリトリー内で発火現象を起こす技。

しかし、普通はあのような爆発ではなく、もう少し規模は小さい。


陽炎と併用する分、狐火の威力に回す程の力がない相手ではない。

そして、ここには燃やせる魔力がそれこそ山のようにある。


一式二番【三連】


狐火。


相殺される。

熱量が上がれば領域を維持している限り自然と領域も拡張していく。

通常ならそれで魔力の枯渇を狙っても良いが、奴にとって今はその心配はない。


……一式四番…。


妖狐は俺が後手に回ったのを見逃さなかった。

こちらの警戒をしつつも更に狐火で森の主をいたぶると生きている状態で魂を削り取った。


「ぬぅわぁぁぁぁあああ!!!」


それは生きたまま肉を削ぎきられるのと代わりはない。

良質な魔力の自らの地肉に換え、先程までのダメージを回復。

森の主の魂もその分弱まり、次は今よりも抵抗できなくなる。

この状態を打破する手は用意されている。

だが、これを使えば間違いなく森の主やカーラも巻き込んでしまう。


今ある手段からこの状況を切り開く一手を。

今までの経験と知識の書がリンクする。


制約の剣。


相手に何等かの束縛を与えるものだが、その条件は使用者の解釈による。

陽炎は領域に干渉する。

波紋で干渉できてもこちらに拡がらないようにするだけで陽炎自体を止める効果はない。


思考は定まり、行動に移る。


右手に溜まっていた魔力から魔力の剣を作り出し、思いっきりぶん投げた。

陽炎の領域内に侵入、陽炎よりも高密度の魔力体の為に陽炎が切り裂かれる。

妖狐はそれを止めようと狐火を発動するが方向性すら変えることが出来ずに尻尾の根元に突き刺さった。


制約の剣の発動条件を満たした。


縛られるのは妖狐の魔力。

そして、領域は常に発動していなければならないものであり、その原動力は妖狐の魔力。

それが一瞬でも途切れれば領域は成立せず、今まで拡がっていた領域は消失した。


一式二番【三連】


もうこの機会を逃すことはしない。

一気に畳み掛けようと焼け野原に足を踏み入れる。

妖狐もまた走り出す。

魔力を封じただけで制約の剣が刺さっている痛みを耐えれば動くことは可能だ。

そして、制約の剣による魔力制限は間欠泉に無理矢理栓をしているようなもので妖狐の魔力よりも制約の剣に残った魔力が少なくなった時点で解けてしまう。

故にこの場でけりを着けたかったが、奴もそれを理解していたのか本能なのか、森の主に最後の一太刀を自慢の尾で与え森に消えた。

よく人間の思考を理解している。


だが、この場でそれは悪手だ。


「一式四番……」


溜める、溜めろ…


握り締めた右手に力が籠る石炭の塊を握り締め、それを圧縮しダイアモンドとするかのように。

自らの力で右腕が震える。

圧縮されたエネルギーは解放を求めて膨張し暴れ狂う。


「【臨界】。」


パチンッ。


妖狐が逃げた方向に向かって放たれた一撃こそ、俺が若かりし頃に目指したショットの極地。

その頃はまだ頭も固く、視野も狭い若造であったがそこにたどり着いた事で見えた景色があったのだ。

妖狐は直径10メートルのクレーターを作った一撃を受けて尚、原型を保っていた。


「馬鹿な奴だ。あそこで張り付いていればこの手は取れなかったものを。」


……いや、面倒になっていたら使っていたかもな。


妖狐の体に触れてディメンションへ回収した。


トール

【魔術】ショット(一式・通常型(一番)・二番【三連】・三番【波紋】・四番【臨界】、二式・近接型(一番)・二番【波動】)

【神具】神酒、知識の書、制約の剣

【道具】ディメンションバック(4話)、スマホ(4話)、清水の水袋(6話)、輝きの石(6話)、ポーション(8話)

【重要】森の胡桃(5話)

【称号】森の友(5話)

【BP】700

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