第5話

そこには圧倒的な存在による搾取された痕跡が残っていた。

動物なのかモンスターなのかは既にわからない。

生き物の頭と内臓を食い荒らしてそれ以外は放置してある。

酸化した血が木々にこびりつき、腐臭が立ち込めていた。


「動くな!!」


先程の現地人が意識を取り戻し、こちらを追い掛けてきていた。

どうやら凄惨な現場を見て俺もいくらか動揺があったみたいだ。


「お前は何者だ!?」

「俺は……!」


今度は察知した。

ほぼ真上から現れたのは巨大な猿だ。

手には丸太を少し加工したようなこん棒を持っている。

俺が動いたことで現地人が構えていた矢を放っていた。

躊躇無く射つ心意気は良し。

されど、注意力が足りないのは減点だ。

現地人にタックルするような形で脇に入って地面を蹴った。


「なっ……なに!?」

「少し黙ってろ。」


先程、俺が居たところをこん棒が地面事抉りとる。


「も、森の主!?」

「知っているのか。」

「あ、当たり前だ!!主よ、森の主よ!どうか民の声を……。」


大猿はそんな声を無視して再びこん棒を振るう。

木々を凪払う凄まじい膂力だ。


「狂乱している…。」

「逃げるぞ。」

「待ちなさい!こうなった以上付き合って貰うわ。【ファイアショット】!!」


森の主に向かって放たれた火の玉は遅かった。

それでも、森の主に直撃し音と煙で互いの視野を塞いだ。

現地人を手離し、煙の方に視線を向ける。


「どうするつもりだ。」

「主には悪いけど多少痛い目をみてもらって正気を取り戻して貰うわ。」

「そうか。…なら。」


煙をこん棒がかきけした。


「益々怒らせたな。」


現地人と共に森を駆け抜ける。

主はその木々の上を走る。

速度に圧倒的な差はあれど、障害物を除去しなければならない森の主は攻撃の頻度を減らしていた。


「はぁっ!はぁっ!」

「…。」


魔力操作の基本がなっていない。

魔力の循環を鍛えることで心身の強化に繋がり、日々の鍛練により常人離れした身体能力を身に付ける足掛かりとなる。


「ちっ。」


現地人に合わせているとどうしても森の主の牽制にかかってしまう。

どうやら、向こうの都合がいい場所へ誘導されているようだ。

案の定、少し走ると森の中に出来た広場に出た。


「ごふぅー…ごふぅー…。」

「しっかり立て。向さんの攻撃が来るぞ。」


今度は森の主が森の中を走る。

足音を追っていると息なり消えて側面からバレーボール程の木の実が飛んできた。


「一式。」


相殺。

まだ、人には使えない強さだ。


「奴は殺しては駄目なんだな?」

「だ、だめ…です。主まで、居なくなったら、この森が、終わって、しまう…。」


制約の剣。


込めた魔力が尽きるまで変形しない剣を棒代わりに使うことにした。


「一式。」


飛んでくる木の実や木の枝を順次打ち砕いていく。

飛来物の方向に必ず奴が居る。

倒すだけならその方向だけわかればいいのだが、今回はそうもいかない。

投擲が意味の無いことを理解するまでこの状況を付き合ってやる。

森の主はどこから弾を調達しているのかわからないが、攻防は10分近く続いた。

騒ぎ立てていた現地人も今では静かなものだ。


来る。


木の上に登ってからの落下と体重を乗せた振り下ろし。

振り払うのではなく、押し潰しにきた攻撃だった。

その攻撃にようやく出番がきた誓約の剣を掲げ、身体を巡る魔力量を増加させる。


衝突する棒と剣。


かかる過重を受け止めて、大地の摩擦が失う寸前で逆に蹴り返す。


不条理な光景だが、現人神との戦いでは俺が逆の立場だった。

ならば、出来る筈だ。

出来なければおかしい。

この身体はその時の相手そのものなのだから。


森の主の体勢が崩れる。

振り下ろしていたこん棒は知性の高さゆえか、両手で握り締めていた。

それが仇となり、全身の無防備を晒す原因になっていた。

スローモーションに見える中を俺は何時もの速度で動き出す。

それなりの質量である森の主の身体を踏み台にしてかけ登り、顔に向かって拳を突き付ける。


バッッッ!!


炸裂音が響いた。


チンッッッ!!


森の主の意識は天に飛ばされた。


「………うほ?」


ゴリラだったか?


1、2分で意識を取り戻した森の主は周囲を見渡した。


「主様!お目覚めですか!?」

「………カーラか、どうやら面倒をかけたようだな。」

「ああ…、ご無事で何よりです…。」


普通にしゃべった?


「そこな御仁よ、感謝いたす。」

「気にしないでくれ。」

「気遣い痛み入る。…カーラよ、この森の危機は去った。村の者にもそう伝えよ。」

「わかりました。」

「御仁よ、万全ではないが礼をしたい。」


主は先程投げていた木の実を両手で包むと魔力の反応を感じた。


「受け取られよ。」


バレーボール程のサイズが胡桃ほどの大きさになっていた。

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