第318話 華辻 3

 「めちゃくちゃ旨いっ!」


 「だろっ?」


 真也しんやしょうの明るい声に、あおは片方の眉をきゅっと上げた。


 「当たり前じゃないか。ボクがおかしなものを海神わだつみに食べさせたりするわけがないだろう。馬鹿にしているの? ほら、それも食えよ。火傷をするな。熱いぞ」


 少し得意げに紡がれるあおの言葉に、しょうが首をかしげ小さくぼやいた。


 「あんなこと言って。食べてもいないのに、旨いかどうかなんてわかるのか?」


 そんなしょうの衣の袖を光弘みつひろがクイクイと軽く引く。


 光弘みつひろが控えめに指している方向を見ると、卓の片隅に置かれた何枚もの皿が目に入った。

 ドカンと豪快に同じ料理が積み上げられた大皿とは違い、様々な料理が少しずつ乗せられている。


 「ちゃんと、味見してた。全部」


 「全部って・・・。嘘だろ? 通ってきた店全部か?」


 光弘みつひろの告げる真実にしょうはひきつった笑いを浮かべた。

 食べ物以外の店も多いとはいえ、ここにくるまですでに数十軒ほどの前を過ぎてきたのだ。


 信じがたいことに、全く抜け目のないあおの妖鬼は、適当に買い漁っているように見えて、自らきちんと全ての商品の味を確かめていた。

 その中からとりわけて良い物(恐らく海神わだつみの口に合いそうな物だ)だけを厳選し、買い込んできたというのだ。


 紙で挟んだ揚げ餅を海神に手渡すあおの、仮面の隙間からのぞく優し気な表情かおときたら、見ている者まで思わずつられて微笑んでしまうくらい、柔らかな幸せに満ちきっている。


 真也しんやはすっかり関心しつつ、香ばしい匂いをまき散らしている、丸々とよく太ったソーセージを手に取った。


 こんがりしっかり焼け目の入った骨付きのソーセージは、歯を立てた途端、パリッと皮を弾けさせ、熱々の肉汁をジュワリと滴らせる。


 同じようにソーセージにかぶりついたしょう光弘みつひろ都古みやこも、瞳を輝かせた。


 4人とも、あふれ出す濃厚な肉の旨味に無言でむしゃぶりつく。

 

 「こうしてると、まるで旅行にでも来たみたいだ。なっ」


 あっという間にソーセージを平らげ、指についた旨い油をチュッと小さな音を立ててなめとってしまうと、しょうは声を弾ませた。


 「安全とはとても言い切れない場所にいるっていうのは、なんとも言えないとこなんだけどさ」


 「いや。俺もすごい楽しい」


 真也しんやが笑って返すと、光弘みつひろ都古みやこもその言葉にはっきりうなずく。


 賑やかに進む一行が、卓の上に並んだたくさんの料理のほとんどを平らげてしまうころになると、枝分かれしていた細い水路は再び黒々とした大きな流れへと合流し始めた。

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