第317話 華辻 2

 あおにそんな風に勧められても、真也しんやたちはすぐには手が付けられなかった。


 決して遠慮してのことではない。

 いきなりあおが、先ほど買った花籠の花びらをつまんで口に入れたりしたものだから、すっかり面食らってしまったのだ。


「なんだ? 食わないのか? 遠慮なんてつまらないことはするなよ」


「そんな大層なものは持ち合わせてないんだけど、さすがに手が止まるでしょ。だって・・・つまりさ、それって、食い物なの? 飾りじゃなくて」


 しょうが正直に問いかけると、あおは「ああ」とようやく得心がいったようだ。


 「君たちまさか、ボクが想いを込めた花籠を君達に贈ったとでも思ったのかい?」


 この言葉には、光弘みつひろの肩にとまるゆいが非常に素早く反応し、酷く不機嫌そうに鼻を鳴らした。



 これ以上ないほど可笑しくて仕方ないという笑い声を立て、あおは再び花弁を一枚摘み取った。


 薄紫に透き通るそれを海神わだつみの口へと運んでやると、わずかばかり持ち上げられた仮面の隙間から整った薄い唇がのぞき、優しくそれを咥える。


 「冥府では祝い事なんかで見かける食べ物さ。値は張るが、うまいんだ」


 なんだか妙に色っぽい海神わだつみの仕草に、しょうはわけのわからない気まずさのようなものを感じた。

 慌てて顔をそむけ、誤魔化そうと花弁を口に突っ込む。


 「しょう?」

 

 花弁を口に含んだまま目を見開いて黙り込んでしまったしょうを怪訝に思い、都古が声をかけた。


 もぐもぐと口を動かし、ごくりといい音を立てて中のものをのみ込んでから、しょうはようやく口を開いた。


 「これ、すっげー美味い! 食ってみろよ」


 しょうに勧められ、三人も思い思いに色とりどりに開く花弁をつまむ。

 真也しんやが淡い桜の色をした花弁に鼻を寄せると、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐった。


 それを口に入れ、真也しんやは先ほどのしょうと同様、目を見開いたまますっかり夢中になってしまった。


 もったりと厚い花弁は、手で触る分にはひんやりと心地よい触り心地なのだが、口に入れた瞬間、それは一変する。


 冷たすぎるくらい口の中で涼を放つそれは氷菓子のようだ。


 花弁を覆う薄い膜が淡く口内で弾けると、真也しんやの口の中に濃厚なチョコレートそっくりの味が冷たく広がった。


 続いて白い花弁を口にいれてみれば、今度はリンゴのシャーベットのような爽やかな冷たさが酷く喉に心地よい。


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