第314話 水路 3

 動揺を押し隠しているのだろう。

 少し不自然に感じるくらい明るい声で、しょうは話し出した。


 「それで、あのでかい奴は一体なんだったんだ?」


 「今の魚は、夢現呼むげんこというものです」


  小男の言葉に、しょうが片方の眉をキュッとあげる。


 「魚? あの生き物はこの船よりもずいぶんと大きくみえたけど?」


 「夢現呼は長命で長く生きるものほど身体が大きい。今のものはかなり立派な型でした。なかなかお目にかかれる大きさではありませんぞ。運が良かったですな」


 珍しいものを見られて良かったと興奮気味の小男は、そのまま楽し気に説明を続ける。


 「捨目魚しゃもくぎょとは異なり、夢現呼むげんこは知能の高い生物を好んで食べる。奴らは獲物の心の奥を探り、大切な者の姿をその身に映し出すのです。それを救おうとする者を捕らえて喰らうというとても面白い魚なのですよ。器用な奴などは声まで真似ることもあるのですから、非常に興味深い」


 この冷酷極まりない生き物の、一体どこが面白くて興味深いと言うんだろうか。


 小男の言葉に、真也しんやは改めて妖鬼という生き物の考えの自由さに呆れながら、気になっていたことを口にした。


 「そういえばこの船。漕ぎ手も動力も見当たらないけれど、一体どうやって動いてるの?」


 「ああ。それの説明がまだでしたな。船底にオロシの大軍をつけてあるのです」


 「オロシ?」


 「水蛇の一種ですよ。この船は彼らのものなのです。オロシは非常に面倒な連中ですから、大概の者はいたずらに彼らの船に仕掛けたりはしてこないのですよ。先ほどのような大物が近づいてくるのはまれなことです。やつめ、この船によほど旨いものが乗っているとでも思ったのでしょう」


 『旨いもの』が何を示しているのかは極力考えないことに決め、しょうが質問を重ねる。


 「面倒って?ヘビの何がそんなに面倒なんだ?」


 「オロシというのは変わった生き物でして。理由は定かではありませんが船を酷く好むのです。何もなければ岩場に群れを成し、身を隠しながら一生を終えていく生き物ですが、船を得た者たちは違う。一族総出でその船に憑りつき、とても大切にするのです」


 「船を?」


 男はしょうの問いかけに「ええ」と答えながら、彼らをねぎらうように水面をそっと撫でてやった。


 「とはいっても彼らが自ら船をつくることなどはできません。ですから船を与えた者に、こうして忠誠を尽くしてくれるというわけなのですよ」


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