第312話 水路 1

 そうこうしながら歩いていくと、ふいに目の前が開けた。

 ひんやりと湿気を含んだ風が頬を撫でる。


 「川?」


 目の前に広がる黒々とした水の世界に、真也しんやの口からそんな言葉が零れ落ちる。


 「川というよりも、湖と呼ぶべきでしょうな。豊富な湧き水が湧いているのです。ここからは水路をまいります」


 「船で進むってことか?」


 しょうが問いかけると、こめかみに指をあて何かをつぶやいていた小男が笑顔で答える。


 「ええ。この先は水上に作られた小さな街なのですよ」

 

 小男が説明している間に、品のいい造りの無人の船が音もなく岸についた。


 「どうぞお乗りください」


 勧められ船に乗り込む。

 物珍し気に船内を眺めまわしながら椅子に腰かける頃には、既に船は岸を離れていた。


 「すごいなこれ!」


 しょうが興奮気味に船外に頭を出し、水面を覗き込む。


 しばらくの間興奮に跳ねていたしょうの声だったが、少しすると急にひっそりとした囁かなものに変わってしまった。


 「なんだ・・・これ?」


 「どうした?」


 呆然と固まっているしょうを怪訝に思った三人が同じように頭を並べ、船の下を覗く。


 そこは、洞窟の天井同様、満点の星空を内包し息を飲むほど美しかった。

 小さな宇宙のような底の無い情景が、透き通るあおに深く抱かれている。


 この圧巻の眺めには、4人ともすっかりやられてしまった。


 しばらく黙ったまま水底の景色に見惚れていると、ぞっとするような黒々とした巨大な影がふいに水面近くを流れてくる。


 何かぼんやりとした白いもやのようなものが、その黒い影のなかに浮かび上がってくるのが目に入り、真也しんやはわずかに身を乗り出した。


 「まさか・・・」


 

 徐々にはっきりと形を成したソレは、他でもない母の姿だった。

 母親の表情の抜け落ちた青白い顔に、真也しんやは心臓を鷲掴みにされたような冷たい恐怖に襲われる。


 「母さん!?」


 「くろ!」


 「白妙しろたえ?」


 「なんで・・・ここに」


 母を呼ぶ真也しんやの横で、光弘みつひろしょう都古みやこも声を上げている。


 助けようと慌てて手を伸ばそうとした瞬間、水面に二つの小さな紅い光が鋭く煌めいた。


 真也しんやしょうは「ぐぇっ」っというくぐもった声を出しながら、同時に後ろへのけぞる。


 母親の顔は見る間に溶けて消え去り、巨大な影はぶるぶると震えながら水底へ落ちていった。


 どうやらあおに後ろ襟をつかまれ、少しばかり乱暴に引き寄せられたのだと気づき、真也しんやしょうは目を丸くして顔を見合わせた。


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