第311話 放置 2


 大人三人組の目の前を、ちょうど具合のいいことに、横断中の巨大な赤色トンボの軍団が塞いでいる。


 「これで追いつける」とほっと息をついた真也しんやたちだったが、残念なことにその思惑はあっさり外れてしまった。


 巨大トンボの群れがまるで示し合わせでもしたかと思うくらいピタリと息を合わせて空中でホバリングしたまま、動きを止めたのである。


 あおたちが通り過ぎると、トンボの行列は再び派手に道を塞いで横断を始めてしまった。

 しかも嫌なことに、この恐ろしくでかい昆虫たちときたら、真也しんやたちには一切道を開けてやる気はないようなのだ。


 しょうが呆れた声をだす。


 「くぐるしかないだろな。」


 「ああ。」


 しょうが恐る恐るトンボの隊列をくぐり、光弘みつひろがそれに続く。


 真也しんや都古みやこの手首をつかみ、一つ大きく息をついてからトンボの行列の下に潜り込んだ。


 トンボとは言っても胴体の長さだけでも真也しんやの腕ほどあるのだ。


 それが煌びやかな大量の提灯の光を遮るほどの大軍で流れているのだから、下をくぐるのは相当の勇気がいる。


 不気味な音ともにと吹き付けてくる風で舞い上がりそうになる都古みやこの髪を、頭ごと自分の胸に抱き込むと、真也しんやは一気に駆け抜けた。


 体当たりしてきた一匹の間抜けなトンボを腕で払いのけ、ようやく薄暗いトンボ雲の下をくぐりきる。


 真也しんやは、ほっと息をつきながら乱れた都古みやこの髪を指ですいて直してやった。


 「おーい! 二人ともこっちだ!」


 しょうの呼び声に振り向くと、どうやら機転がきくしょうが、大人たちが見えるギリギリの位置で先導してくれているようだ。


 今度こそようやく4人が追い付くと、海神わだつみがこちらを振り返り、ゆっくりうなずいた。


 仮面をつけているので表情を確かめることはできないし、仮に見えたところでいつもの冷え冷えとした表情かおでいるのだろう。


 だがそんな海神わだつみが見せる、落ち着き払った威風ある仕草は、真也しんやたちの心を温かく包み込んで安心させてくれる。


 真也しんや海神わだつみに微笑んだ。


 あお海神わだつみは、真也しんやたちが手遅れになるような危険に晒されないよう、それとなく見守りながら、かといって決して甘やかすこともせず、自由に任せてくれているに違いなかった。


 「ありがとう」


 真也しんやがじんわりと沸きだした言葉を素直に送り出す。

 あおが黒く長い髪をとろりと揺らし、ゆったりとした動作で振り向いた。


 「どういたしまして」


 仮面越しに聞こえるあおの声は、いつものように軽々しいものではなく、深く柔らかく真也しんやたちに響いた。

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