第310話 放置 1

 「あるお方・・・っていうのは、もしかしてへきのことを言っているのかな」


 「なんと。へき様のお知り合いの方でしたか」


 その時店の中で再び歓声が上がり、小男は顔をわずかにしかめる。


 「さて。ここは話をするにはいささか賑やか過ぎる。そろそろ先へ参りましょう」


 「そうだね。どうやらこの先まだ少しばかり、時間もかかりそうだし」


 あおの言葉に小男は首を傾げたが、あおは知らん顔で海神わだつみを連れて店を出て行ってしまった。


 「しょう。もう行かないと、はぐれるぞ」


 「おう」


 捨目魚の目玉取りをしている子供たちにすっかり見入っていたしょうに、声をかけ、真也しんやは思わず小さく笑ってしまった。


 光弘みつひろまでしょうと同じようにすっかり捨目魚の目玉取りを見るのに夢中になっていたのだ。


 「光弘みつひろを笑うな」とでも言いたいのだろう。

 ゆいが冷ややかな視線を向けてくる。


 お祭り騒ぎをしている子供たちの笑顔を見ていると、真也しんやだって心が躍るし、都古みやこだってくぎ付けになっているんだから全くおかしくはない。


 なのにそれが光弘みつひろとなると、なんだか胸の奥をくすぐられたように、温かい笑いが込み上げてくるのだ。


 状況が許すならもう少しこうしていたいが、すでにあお海神わだつみも店の外だ。

 ゆい光弘みつひろの肩の上でクイクイと小さなフワフワの頭を押し付け、先を促している。


 思いっきり後ろ髪を引かれながら真也しんやたちが店を出ると、すでに3人の大人たちは情け容赦もなく人混みに紛れる寸前だった。


 「急ごう!」


 「あぁ」


 亀のような速度で地を這って道を塞いでいる巨大な紫色のヤモリをまたぎ、真也しんやたちは足早に大人たちの後を追い始めた。


 蒼い衣をギリギリのところで見失わずに追いかけているのだが、なんといってもこの通りときたらおかしな横断者が絶えず、問答無用でいたるところから飛び出してくるのである。


 「おぉい。踏むな踏むなぁ。」


 間延びした声で苦情を伝えてきたのは、牛の影だ。


 当の牛は四方八方から無法者どもにぶつかられようとも、全く気にする様子もなく呑気に草をみながら歩いている。


 「踏まれるのが嫌なのに、よりにもよってあんなでかい牛の影に生まれちゃうなんて。気の毒な奴だな。」


 しょうがそんなことを言っている間に、ようやく大人たちに追いつく転機が訪れた。

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