第308話 外店 11

 光弘みつひろの言葉に、ゆいが切なげに目を細めた。

 透き通るような白い首筋に、ふわりと触り心地の良い小さな身体を柔らかく摺り寄せる。


あお海神わだつみがとてもよくしてくれている。これ以上望めることなんてない。それなのに、俺の心配をしてくれる友人たちまでいてくれるなんて・・・。俺がどんなに幸せか、どうしたらみんなに伝えられる?」


 真也しんや光弘みつひろの頭を静かになでた。


 「ありがとう・・・。」


 真也しんやの言葉に、光弘みつひろはくすぐったそうに笑う。


 「駄目だよ、真也しんや。それは俺が言うセリフなんだ。」


 これ以上気にしていれば、光弘みつひろを余計に困らせてしまうだろう。


 2人のやり取りを酷く優しい微笑を浮かべて見つめていたしょうが、声を潜めて口を開いた。 


 「そういえばさ。」


 「ん?」


 「黒の奴はどうして自分の家に帰らないんだ。最強の妖鬼って言われてるんだ。それこそ、自分の家に居るのが一番安全なんじゃないか。この世界で一番おっかない奴だ。そんな物騒なところに近づく奴なんていないんだからさ。」


 その言葉に、ゆいがとがった耳をピクリと震わせる。


 「奴の戻るべきところは、光弘みつひろの元だけだ。住処など必要ない。」


 「それって、どういう・・・」


 以外にもこの発言に食いついたのは光弘みつひろ本人だ。

 だが、光弘みつひろがこの質問の答えを得ることは叶わなかった。


 突然背後で起きた歓声に、一同は思わず振り返る。


 そちらに目をやると、いくつもの穴が不ぞろいに上向きに開けられた真四角の大きな石のかたまりが置かれている。


 その前で、まだ幼い妖鬼の子どもらが身を乗り出して、穴から飛び出してきた、蝶のようにひらひらと舞い踊るものを摘み取ろうと、手にした箸でしきりに追い回していた。


 石の中から、白い蝶が落ちてくるたびに何か大きなものがぶつかるような、ドンという恐ろしく重い音が響く。


 「あれは?」


 真也しんやが問いかけると、いまだにつのを撫でまわしていた小男が楽し気に説明を始める。

 一体この男ときたら、どれほど逞しい商売魂を持っているのか、呆れるほどだ。


 「あれは最近流行りの子供の遊びですな。石の下を捨目魚しゃもくぎょの縄張りに合わせてあるのです。」


 「捨目魚しゃもくぎょ?」


 「おや。ご存じないですか。」


 「残念ながら、生き物には酷く疎くてね。」


 真也しんやをフォローするようにあおが言葉を繋ぐと、小男は「なるほど」と納得した様子で頭を縦に振る。


 「頭部についている目玉を空中に打ち出す巨大な魚です。子供らは奴が打ち上げた目玉を箸でつまみ取り、その数を競っているのですよ。」


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