第306話 外店 9

 黒々と光り輝くつのを、値踏みする様になでくりまわしている小男に、あおが声をかける。

 

 「やつの掛け金をそいつの中から、彼らに支払っておいてくれ。」


 「心得ております。」


 小男の恭しい返事に満足げにうなずくと、あおは巨大こんの耳に口を寄せ何ごとかつぶやき始める。


 ささやかなその声を耳に受けた直後、巨大な懇は目を見張り、突然その場に跪こうとした。

 柔らかな毛で覆われた巨体をあおがすかさずすっと抑える。


 あおの動きは非常に軽やかであり、さりげないものだ。

 だが、こんの見るからに重みのある大きなその身体は、彼のたった一本のしなやかな腕にそっと支えられ、それ以上微動だにできなくなってしまった。


 その場に跪くことを許されず困惑している懇に、あおが仮面の下でハハッと笑い声を立てる。


 「冗談。そういうのは無しだ。ボクは望んでいないよ。・・・それにしても、きみ。実は随分と触り心地がいいんだね。」


 あおがふわふわの巨体を撫で回しながら言うと、巨大こんは傾けた身体をようやく起こした。


 決まり悪そうに頭を傾け、グローブをはめたままの前足で耳の辺りをかいている。


 「なぁ。あいつに何を言ったんだ?」


 さも大事そうに海神わだつみの腰に手を回したあおが戻ってくると、しょうが待ってましたとばかりに早速問いかけた。


 真也しんやと都古ももちろん気になって仕方がなかったので、小さくうなずくと黙ってあおの答えを待つことにする。


 だが例のごとく、このあおという男の中では、先ほどまでの興味はすっかり過去のものとして過ぎ去ってしまっているのだ。


 「一体何のこと?」と言わんばかりの表情で片方の眉をキュッと上げた。


 そんなやり取りにもすっかり馴染んでしまった真也しんやが改めてあおに問いかけようとした時、意外な人物が先に口を開いた。


 「こんがあなたに、突然忠誠を誓おうとした。なぜです?」


 思いがけず飛び込んできた光弘みつひろの言葉に、あおは仮面の下で大きく目を見開く。


 「驚いた。きみ、彼らのことが理解できるのか。」


 あおは少し乱れていた海神わだつみの髪をゆったりと肩に流してやりながら、微笑んで答える。


 「・・・大したことじゃないよ。もし支払いの約束が果たされない様なことがあれば、遠慮しないでボクのところにおいでと、そう伝えただけだ。」


 「?」


 あおの答えと、懇が彼に忠誠を誓おうとしたこととが一切結びつかず、真也しんやたちはそろって怪訝な表情を浮かべる。


 それまで黙っていたゆいが、光弘みつひろの肩の上で生意気そうに顎をあげ、鼻で笑った。


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