第305話 外店 8

 大男の言葉に、海神わだつみが「はて」と小首をかしげている。


 これには真也しんやたちも苦笑いするほかなかった。

 この大男、許しがたい乱暴者ではあるが、その憐れな泣き言には一理あるような気がしてならないのだ。


 「そうだった?まぁ、そう難しいことを言うなよ。いずれにせよきみはこれの支払いもしなければならないんだから。悪い取引じゃないはずだろう。」


 そう言ってあおが店の惨状を示すと、大男は何かを言いかけ大きく息を吸い込んだ。


 奴が何を言いたいのかなんて火を見るより明らかだ。

 なんといっても、幼いこんたちを吹き飛ばそうとしたことを除けば、この大男は完璧にあおという災厄の被害者なのだから。


 もはや吹き飛ばされた痛みすら凍り付いてしまったのだろう。

 厳めしい顎を小刻みに震わせながら、吸い込んだ息をごくりと飲み込み、大男は ガックリと項垂れる。


 転がっていた青年妖鬼を無言で肩に担ぎ、乱暴に扉を蹴り開けると、大男はそのまま出て行ってしまった。


 「つまらない男だ。もう少しばかり何か壊したって大して変わらないんだ。せっかくだからもうひと暴れしてから出ていけばよかったのに。」


 真也しんやたちは呆れて顔を見合わせた。


 他人事のように言っているが、本当に暴れたのが誰だったかなんてことは、言うまでもなく分かり切っている。


 犯人は間違いなく、目の前でこのうえなく幸せそうに海神わだつみの髪をなでている優男なのだ。


 あおのその言葉に、しょうは小さく首を横に振り、ため息交じりに問いかける。


 「ところでさ、角なんて取っちゃって、大丈夫だったのかな?かなり動揺してたみたいだけど。」


 「ああ、これ?大丈夫。生きていくのに支障はないよ。」


 「生きていくのに?」


 含みのあるあおの言葉にしょうが重ねて問いかける。


 「それじゃぁ、一体何の支障があるのさ。」


 「ん?剛鬼は角を壊されると、子を成すための機能が役立たずになるんだ。大丈夫。命には全くかかわらない。」


 「・・・・・・。」


 「おい。そんな顔はやめろ。20年もあれば差しさわりがない程度には生えてくるんだから。」


 真也しんやたちは絶句した。


 彼らだって年ごろなんだから、それが一体なにを意味しているかくらいのことはわかる。


 いまいちピンと来ていない光弘みつひろ都古みやこはさておき、真也しんやしょうは心底気の毒そうに視線を交わした。



 あおの手から角を恭しく受け取りながら小男が口を開く。


 「磨いてぎょくとしても高額で取引されますが、なんといっても精力増強剤としての効果が抜群なんです。とても人気のある超高級薬の材料なのですよ。」


 「まぁ、ボクには一切必要ないけれどね。むしろ分けてあげたいくらいだ。」

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