第302話 外店 5

 やはりこの漢字のような模様はここでの金銭の単位を現しているようだ。

 だがこの板には他の板に描かれている数字の部分が書かれていない。


 「もしかして、好きな額をここに書けって言ってるのか。」


 しょうが問いかけると、巨大懇はハッキリと大きくうなずいた。

 

 あおはハハッと笑い、板をこんに返す。


 「金はいらないよ。それよりさっきからこれが気になっていたんだ。もらってもいいかな。」


 言いながらあおは何気ない仕草で、巨大懇に引っかかっていた太い毛を一本引き抜いた。


 あおが触れた瞬間、しなる細い枝のような毛はぼんやりとした青い輝きを放つ。


 「うん。綺麗だ。」


 こんたちがにわかにざわめいたがあおは特に気にした様子も見せず、自分の腕の長さほどある長いひげを楽し気に振った。


 目を丸くしてそれを見ていた巨大懇がようやく一つうなずくと、あおも小さくうなずき返す。


 「ありがとう。交渉成立だね。」


 冥府を巡るためにと黒く色を変えたあおの髪は、常と変わらずとても滑らかだ。

 艶のある長い髪を優雅な仕草でとろりと後ろに流しながら、あおはのんびりと口を開いた。


 「待たせたね。始めようじゃないか。」


 大男は煮えたぎる怒りで血走らせた目をギロリとあおに向ける。

 むしろすぐに襲い掛かることなくここまで利口に待っていたことを褒めてやりたいくらいの形相だ。


 「誰かルールの説明をしてくれると助かるな。」


 あおの言葉に、すかさず小男が歩み出る。


 「そんなに大層なものはございません。ただ一度ずつ殴り合えばいい。降参したらその時点で終了。倍率に応じた掛け金が手に入るという仕組みです。」


 小男はあおの耳元に口をよせる。


 「こんという生き物は非常に打たれ強いのです。小さいとはいえ、あのサイズの懇を泣くほど痛めつけられるというのであれば、この連中弱い者ではありますまい。くれぐれも油断召されますな。」


 あおは仮面の下で楽し気に微笑んだ。


 「ありがとう。きみの心遣い、覚えておこう。」


 あおが一歩前に出ると、大男は馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


 「その面。はずさなくていいのか。壊れるぞ。」


 「ああ、これ。確かに壊れてしまうのは困るね。彼と揃いのもので、とても気に入っているんだ。最も・・・」


 あおは片手の掌を上向け、くすりと笑う。

 その仕草は誰が見ても一目瞭然。

 大男をこのうえなく馬鹿にしているものだった。


 「きみがこれに触れることができればの話だけれど。」


 「貴様っ!」


 あおはハハッと笑い声を立てながら、楽し気に口を開いた。


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